実験21
マスケット銃による銃撃――火薬の爆発によって押し出された弾丸が空中を高速で飛翔する。立ちふさがったキジムに向かって真っ直ぐに。
それは『この世界』には存在しなかった技術であり、存在していなかった類の攻撃だ。デンカによってその攻撃を見せられた者の大半は死んでいたし、それゆえにこの世界で生まれ育った人間が彼女の攻撃に付いて知る方法は直接見る他に無かったと言っても過言ではない。
そして銃に付いての知識が無いために、地球の人間ならとっさに銃口から体をそらそうとするその当然の反応がこの世界の人間には備わっていないのだ。事実、デンカがこの世界に来て最初に殺害した暗殺者の男は、銃口から顔をそらすどころか近づいてきたが為にデンカに殺された。
もし銃を警戒していたら、それかただ単純に距離を取っていたならば、回避する事ができただろう。そしてその時は、この世界の人間が銃弾を回避するという事を知らず、スキルにも慣れていないデンカの方が殺されていただろう。
それだけに知識という物は力になる。そして知覚外からの一撃――奇襲という物はだからこそ、単純に、恐ろしいまでに、有効なのだ。
だから――
「おいおい、いきなり攻撃してきちゃうかよ。っつても最初にクナイを投げたのはおいらの方だっけな、へっへっへ」
――キジムが弾丸を回避したとき、正確には『発砲と共に射線上から身をそらした時』。デンカは驚きを隠すことが出来なかった。
それは引き金を引くという原因と、弾丸が放たれるという結果を知らなければできない芸当だから。
「あなた地球から来たの?」
デンカが最初に思い当たったのはその可能性だった。キジムという名前も海外ではあり得るのかもしれないし、そもそも偽名の可能性だってある。それならば銃を知っていたって何もおかしくない。
「あ? どこだ、それ」
だが、キジムは質問を質問で返して、心底不思議そうな顔をする。
これが『銃を知っているのか』といった直接的な質問であれば、キジムはなんの迷いもためらいもなくはぐらかしただろう。情報は力になる。故に、デンカに彼について少しでも知られないように立ち回ったはずだ。
自分がデンカの行動を監視していた事によって銃の存在を知ったのだと、知られないように。
だが、デンカはその一言で、それを理解した。
「ササゲ、危ないから下がってて」
「了解した! 後は任せちゃうよ、デンカちゃん」
ササゲが安全そうな木の影まで移動する間、キジムは攻撃する様子を見せなかった。彼も目的はあくまで足止めであり、不用意に攻撃に転じる必要が無いと判断しての事だろう。実際、ササゲが下がっている間、デンカはキジムに対して注意をはらっていたので、その攻撃が大きな意味を生じさせる可能性は低かった。
それに、ササゲは継承戦の関係者ではない。
キジムがササゲを攻撃する意思を見せないというのは、継承戦の最低限のルールを守る意思があると解釈することもできるだろう。
――魔物が村を襲うのを待つのもそんな理由か。
デンカは納得する。キジムの行動に対して、カシマルの企てに対して、そして現状に対して。
そして――前方に疾走する!
「おいおい、もう来ちゃうのかよ、判断速すぎじゃねぇ? 少しはお話ししようぜ」
軽口を叩くキジムに向かってデンカは走る、そして彼女と足並みを合わせるように、両手にマスケット銃が現れては火を吹いて消えていく。
それらの攻撃はキジムに回避され、時には気を盾にするようにして防がれ、そしてキジムの投げた棒クナイと相打つように空中で音を鳴らす。
一進一退ではない。
デンカはキジムに退かせる事なく、前へ、前へと距離をつめる。
(後二メートル……)
デンカの狙いは、キジムが初撃を回避した天で決まっていた。別段いつもと違うわけではない、自分の有利な距離で戦うといういたってシンプルな考えだ。
つまり。眼球から五メートル二十三センチ、その円周上に相手を固定する!
「――クッ……」
頭を覆い隠す頭巾の間から、キジムの苦しそうな顔がはっきりと見える。
その距離がデンカの有効射程だと理解しているのだ。その距離に入れば、デンカの武器は進化する――
「奇械――!」
デンカに呼応するように、黒い霧が森の中で渦巻く。まるで何か恐ろしい物が召喚される前触れのように、悪魔が地獄からの扉を開くかのように。
それは――銃器が奪ってきた人間の命の数を考えると、あながち比喩ではないのかもしれない。
「――ッ!」
パラパラとパーカッションでも鳴らすかのような音が響く。それは、デンカの両手に握られた短機関銃が奏でる音に違いない。
一射目――キジムによって銃弾がかわされる。
二射目――木々を盾にして防がれる。
三射目――クナイで銃弾が弾かれる。
だが四射目、五射目、六射目――その全てを防ぐことはできない!
「やべぇな、おいッ!」
全身をコマのように回転させながら、キジムは弾丸の雨の中を踊る。デンカの器械体操の動きのように、魅せるためではなくかわすための動き、だが――
器用に飛び回るキジムの服が裂け、軌跡を残すように弾丸が赤い線を描く。
致命傷を裂けているのは流石と言えるのだろう、だが攻撃を重ねる度に傷は深くなり、動きもそれにともなって鈍くなる。
キジムは、ギリリと歯を噛み鳴らす。
「……ここまでかよっと!」
そう叫ぶと、キジムは懐から手のひらに収まる大きさの黒い球体を取り出し、それを地面に叩きつけた。
「――!」
口を袖で塞ぎながら勢いよくデンカが後ずさると、そこには煙幕が張られていた。
毒かもしれない、可燃性かもしれない。その疑念があるゆえに、デンカは発砲を一瞬躊躇する。
そして『その中で』動く気配すらなく、キジムは立っていた。
「あぁ仕方がねぇな。おいらも多少腕に自信があったからよ、普通に戦ってみようって思っちゃったんだが……。まぁプライドとか言う物ほど無駄な物もねぇやな。あんたは強い、俺が普通に戦っても敵わねぇ」
それはまるで敗北宣言だ。
しかしデンカは薄まっていく煙幕の合間から、キジムの口角が上がるのを見た。降参する男の態度では断じてない。
「戦うのが『普通に』ならおいらの負けさ。こっからはもう少しおいららしく戦わせてもらうとしようか」
「どう戦おうが構わない、どう戦おうが――あなたは負ける!」
デンカの行動は早かった。
叫び終わった瞬間には既に散弾銃が生成され、数えきれない弾が面のような密度でキジムに襲いかかっていた。
回避する隙間など有りはしない、全てを防げるはずもない。
それら一粒一粒の暴力の嵐が目前に迫る中、キジムは――ニタリと笑った。
「土遁地中界の術、一言で表すなら『地化』ってところかね」
直後。するりと、あるいはポチャンという擬音がふさわしいようなあっけなさで、キジムは地上を落下していた。
地上『に』落下したのではなく、地上『を』落下している。まるで彼が元々立っていた場所が海上か何かで、自然の法則に従って下に吸い込まれたかのようだった。
だが一方で、デンカの放っていた銃弾は、キジムの立っていた地面に当たると同時にすさまじい抵抗力でせき止められていた。大地がキジムを受け入れるように変質したのではなく、キジムが大地に受け入れられるように変質したのだ。
普通ならば、また魔法を使ってですらも不可能なその現象は、まぎれもなくスキルによって引き起こされた現象だった。
そして今は誰も立っていない地面の下から、揺れるようにキジムの声が発された。
「さぁ――第二ラウンドの開始と行こうか」




