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実験19

 ギルドに併設された酒場の中、設置されている机の中でも一等立派な物を囲んで四人の男女が座っていた。イベリッサ、リリア、ササゲ、そしてカシマルの四人だ。四人というキリのいい数字であるにも関わらず、彼らは一対三で向かい合うように座っている。その三人の後ろでデンカとイクアシアの二人は立っていた。


 「騎士を連れてきていないんだね……あなたは。怖くないの? 私たちが今ここであなたを殺しても、一切罪に問われることは無いのに」


 イベリッサの言う通り、カシマルは騎士を付き添っている様子は無い。たった一人で、誰も連れずにその場に座っていた。


 「僕は君の事はなんとなく知っているつもりだからね。君は人を殺すほど何かに関心を持てないし、命をかける程に何かに情熱を注ぐことも無い」


 カシマルはイベリッサをあざ笑うかのようにそう言った。イベリッサはカシマルの損な態度に少し眉をしかめるが、特に口出しする事もなく、カシマルが話し続けるのをおとなしく聞いていた。


 「第一さ、最初にこの村で会った時にも言ったけど、他の貴族を暗殺しようだなんて野蛮な行為だろう。僕は継承戦だとか以前に、貴族としてふさわしい振る舞いを心がけるようにしているんだよ」

 「笑わせる……民を虐げ、利用するだけのあなたの行為には反吐が出る。あなたは結局のところ自分を中心にしか考えていない……正しい王は民を一番に考えるはず、だからあなたは王にふさわしくない」

 「お前がやってもいない事を理想として語られても困るんだよ、イベリッサ。大体さぁ、僕たちみたいな貴族の為に有象無象が奉仕するのが正しいあり方ってもんだろう? その上でしっかりと奉仕する人間には見返りをくれてやる、いつだってそうさ」


 言い争う二人は完全な平行線をたどっていた。どちらが妥協するはずもなく、どちらが一方を認めるはずもない。だから、イベリッサは説得しようとも思わない、ただ否定するだけ。


 「カシマル……あなたがそう考えるならそれはあなたの自由。考えるだけならば、文句を言う気も起きない。だけど、もしそうやって正しくあろうとする人を馬鹿にするのなら、私はあなたを許せない」

 「はっ! お前が許そうが許さまいがどうだっていいさ。――で? 本題に入れよ。わざわざ僕を呼び出したんだからさぁ」

 「カシマルさん、あなたはセルテ村の依頼を受け付けないよう、ギルドに命令していますよね。すぐにその命令を解いてください」


 そう答えたのはイベリッサではなくリリアだった。


 「待ってくれ、僕はそんな事しちゃいない。依頼を受けてくれないってのは、ギルドの方で何か理由でもあるんじゃないかな?」


 そのてきとうな理由づけは、言い訳の体すらなしていない。そしてそれは本人も良く理解しているのだろう、カシマルはへらへらと笑いながらそんな事を言った。


 「そんな事言ったって通用しないんだから! イベリッサちゃんがしっかり調べてるんだからね、証拠があるんだよ証拠が!」

 「証拠?」


 ササゲの発言にカシマルが反応する。


 証拠とはいったいどういう事か。デンカがいた世界であれば科学捜査や写真や映像を記録に収める事が出来たが、この世界でそう言った事をしようとした場合、かなり高価な魔道具が必要となる。だから、証拠と言われてもピンとくるものが無かったのだ。


 「証拠ってなんだよ、イベリッサ。まさか目撃証言があるとか言うんじゃないだろうな、そんなのはいくらでもねつ造できるんだからさ」

 「証拠とは少し違うかもしれないけどね。でも、あなたがやったことは正確に把握している」


 そしてイベリッサは一枚の紙を取り出し、それを広げると内容を読み上げた。


 「ギルド支部長、バローディア。王都文官、ラック。ギルド職員――」


 それは、役職と人名だった。ただただ淡々と箇条書きにされているそれらの固有名詞、その意味をカシマルは理解していた。


 「以上十一名……あなたから賄賂を受け取るか、圧力をかけられている人間」

 「……驚いたな。まさか尋問か拷問でもしたって言うんじゃないだろうね。それならそっちの方がよっぽど罪が重いんだが」

 「そんな事するはずがない……スキルは使ったけどね。いずれにせよ……わかってるんでしょう、あなたが不正をした証拠はしっかりと手に入れている」


 カシマルにはイベリッサのスキルが何かなど、わからないしわかるはずも無かったが、それを使って人々の口を割らせているらしい事は理解できるだろう。そして口を割らせることができるとはつまり、彼らに証言をさせる事が可能かもしれないという事だ。


 「ああ、分かったよイベリッサ。確かに僕はセルテ村が依頼を出せないように手を回していた、理由は君が考えている通りさ」

 「認めるんだね」

 「認めるとも、そして手も引こう。セルテ村の依頼をいままで通り受理出来るように命じておくとも。で、君はどうする? その証拠を使って僕を国につきだすかい――まぁそんな事をしたところで金を払ってしまえばすぐに解放されるだろうけど」


 人によっては反感を買うような言い方で――現にイベリッサは苛立ちを覚えていたが、とにかくカシマルは手を引くと宣言した。


 賄賂の受け渡しがあったと報告したところであまり大きな騒ぎにはならないと言うのは、イベリッサも理解していた事だ。今回の目的は単純にカシマルに不正をやめさせる事にあったし、その目的はこれ以上なく完璧な形で達成された。


 だが、イベリッサはカシマルに対する苛立ちとは別に違和感を感じていた。


 ――あまりにもあっけなさすぎる。


 カシマルが元々取捨選択の特異な人間だった事はイベリッサも知っている。だが、だからと言って平気で負けを認める人間でもない。自分が敗北したという悔しさを、イベリッサはカシマルから感じられなかった。


 何か企んでいるんじゃないか、と。イベリッサがそう思った瞬間、ギルドの奥から受付嬢が大声で叫ぶ音が聞こえた。


 「ドラゴンが! 龍種が現れました! クアルト山から東へと向かっているようです!」


 その声を受けて、ギルドの中がどよめきに包まれる。


 ドラゴン、あるいは龍種。生きる災害であり、呼吸する暴風であり、天災。それは魔獣の中でも上位に位置する生物であり、並大抵の狩人では傷一つ負わせることすらかなわない。


 それを聞いた狩人たちは、自分では絶対にかなわない魔獣の存在に恐怖し、そしてドラゴンが『向かっているのがこの場所ではない』という事実に安堵した。


 そう。


 ドラゴンが向かっている位置、その最終到達地点はドラゴンのみぞ知る所だが、クアルト山の東に位置する村は狩人の村ではなく――セルテ村だ。


 「ドラゴン……まさかあなたが」

 「なんだよ、ドラゴンなんて僕がどうこうできるはずがないだろ。それより村を守るように依頼でもした方がいいんじゃないかい? まぁこの時間にギルドに残っているような狩人じゃドラゴンの討伐なんて不可能だろうし、そもそもドラゴンが着く前に村に行くなんてできないだろうけどさ」


 カシマルのニヤニヤとした笑みはイベリッサの疑惑を肯定しているも同然だった。だが、そんな事に文句を言っている時間は無い。一刻も早く対処しなければ、村ごとドラゴンに滅ぼされる可能性すらある。


 「イベリッサちゃん! もしかして村がやばい感じ?」

 「やばいなんてもんじゃない……ドラゴンが村に降りてきた場合のことなんて考えたくもない」


 打つべき手は何か……どうすればいい……。


 イベリッサは考え、そして一つの結論に至る。


 「デンカ! 急いで村に戻って村の人たちを非難させてほしい。そして……できればドラゴンの撃退も」

 「私からもお願いします! デンカ、村の方々を助けてください!」


 出来るかどうかなど分からない。その二人の願いに対し、デンカは力強く頷く。


 「わかった!」


 そしてイベリッサとリリアの願いを叶えるべく、デンカはギルドの外へと駆け出した。

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