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実験18

 「何故だ……何故こんなにも返事が遅い!」


 狩人の街にある別荘の一室で、カシマル・エル・デルフィニラスは一人不満の声を上げていた。理由は彼の思惑通りに事が運んでいないという、至極身勝手な物である。


 では彼の思惑通りとはどういった状況の事を指すのかというと、魔獣の脅威に耐え切れなくなったセルテ村の人々が彼の助力を乞いに下手にでる状況の事だった。当然の事だが、カシマルが対等な立場で協力するのではなく、あくまで救ってやるという前提が無ければならない。カシマルはそうやって圧倒的な立場の差を見せつけてやるつもりだった。


 だったのだが――


 「どういう事だ? もうブラック・モルファが村を襲っていてもいい頃合いだろう……まさか組するより死を選んだとでも言うのか? ――いや、それはあり得ない。そんな判断を集団で下せるはずがない」


 カシマルは自問自答し続ける。彼は――焦っていた。


 彼の予想では、もう何日も前にセルテ村の村人たちが助けを乞いに来てもおかしくは無かったのだ。イベリッサというイレギュラーの存在は知っていたが、それでも何の行動もないというのはいささかおかしいものがある。


 「だが、頃合いからして既にブラック・モルファに襲われていてもおかしくない……犠牲を覚悟で迎え撃ったか? チッ……おとなしく僕の領地になってればいいのに、人数が減るなんて『勿体無い』じゃないか」


 勿体無い、と。まるで意図せず散財した主婦のようなセリフを吐いた後、カシマルの顔つきが険しくなった。


 「くそ……イベリッサめ」


 そうして悪態をついたカシマルの目の前に、一人の男が立っていた。


 やや猫背でくたびれたような体勢をしているその男は、その姿勢のせいで実際以上に小柄に見える。頭巾のような物で頭を覆っているせいで、年齢ははっきりと推測できない。かなり暗い色合いの服は、肌の露出を強力少なくしているようで夜には闇に溶け込んでしまいそうだった。


 はっきりと言って、異様な風体である。例えば町の中を歩いたならば――それがいかに狩人ひしめく狩人の街とはいえ、目を引いてしまいそうな。故に、そんな姿の彼がいつの間にか部屋に立っていたなど、普通ならばあり得ない出来事だ。


 カシマルの居る部屋が闇の中にあったというわけもなく、その男が扉を開けて部屋に入ったというわけでもない。男は、いつの間にかそこに居た。


 「戻ってきたのか」


 そう問いかけるカシマルに驚いている様子は全くない。目の前で突然に男が表れるのを目撃しておきながらその状態というのは、その男の事をカシマルがよく理解しているからだった。


 二人は長い期間の主従関係、この継承戦の方式にそって呼称するならば、『騎士』と『主』の関係にあった。


 「あいあい、任務は果たして来ましたぜ、カシマル様」

 「なぁ、キジム。僕に教えてくれないか? あのちんけな村で何が起きてるのかさぁ」


 あー、と。若干答えづらそうに、キジムと呼ばれた男は頭をかく。


 「おいらが見てきた感じですけどね、狩人の助けを借りなくてもあの村はやっていけそうですぜ。まぁ永遠にとはいいやせんが、それでもあの王族たちが居る間は平気なんじゃないですかね」

 「どういう事だ? まさか一人でブラック・モルファを相手取れるような奴がいるだなんていうんじゃないだろうな」

 「いやいや、そんな単純な話ではないんです。大体はデンカとかいう騎士のせいなんですけどね――」


 そんな前口上と共に、キジムは村で起きた出来事について語り始めた。ブラック・モルファの来訪からその討伐まで詳細に。その口ぶりはまるでその場にいたかのようだったが、村の人間に聞けば彼のような異様な男の姿は見ていないと答えるだろう。だが、彼はその時間違いなく村にいたのだ。


 とにかく、キジムは村で知ったことについて事細かにカシマルに報告した。


 その結果は語るまでもない。カシマルは目に見える程に苛立っていた。


 「ふざけるな! ブラック・モルファを既に討伐しただと?! しかも無傷で!」

 「へい、まさにその通りで」

 「しかし分からないな、そのレベルの魔道具を揃えるとなると相当な出費がかかるはずだろう? そうまでして僕の邪魔をしたいのかな、イベリッサはさぁ」

 「魔道具じゃぁないみたいですけどね。まぁその辺はおいらの専門じゃないのでわかりやせんが、魔法を使ってるって感じでは無かったんですよね」

 「ああクソ。その辺は僕だってどうでもいいさ。重要なのはそれが上手くいってるって事だよ、まったく……」


 苦虫を噛み潰したような顔をしてカシマルは続ける。


 「なぁキジム。あの村を手に入れるのはもう諦めたよ、いいかい? 僕の物にならないなら、あんな村はもうどうだっていいんだ」


 カシマルは諦めるという部分を強調した。そしてキジムはそこから何かを読み取ったかのように頷いた。


 「幸い手をつけていない村は他にもあるからね。一回だけうまくいかなかったからと言ってこの方法を変える意味もない。キジム、後はこの間命令した通りに――」


 その時、ドアをノックする音がした。誰かとカシマルが問いかけると、帰ってきたのは女の声だった。この屋敷のメイドだろう。


 「カシマル様。イベリッサ様からカシマル様へ手紙を預かっております」

 「手紙? さっさと入って手紙とやらを渡せよ。――これは……」


 乱暴に手紙の封を切って、カシマルはそれを読む。


 「いったい何だってんです?」

 「明日話があるからギルドに来いだってさ、まるで果し状か何かだよね」

 「行くんですかい? おいらも念のためついていきましょうか」


 カシマルは少しだけ考えるそぶりを見せ、答えた。


 「まぁ僕は行くよ。そして君がくる必要はない、イベリッサの性格を考えると戦闘になるとは思えないからね。丁度いいさ、君は僕が話している間に行動を終えてほしい」

 「あいあい」


 そして了解のポーズを取った後、キジムの姿はその場から消えていた。



  =  =  =



 どこかの山の上にそれは居た。命はあるが言葉は無く、言葉はないが思いはある。


 それは最近一つの悩みを抱えていた。いや――抱えると言えるほど悩んではいないし悩めもしないが。だが、それは確かに一つの悩みだった。


 大切な物がどこかへ消える。


 出かけている最中か、はたまた寝ている間にか、それはよくわからないのだが、とにかく物が消えていたのだ。


 無くなると悲しいからこそ大切な物である。だが、大きく悩んでいないのはそれがすぐに見つかるからだ。


 それらの形から匂いまでしっかりと覚えている。だから、今まで物が無くなった時も、すぐにそれらを見つけ出すことができた。


 今もまた、それら大切な物の一つが消えている。


 やる事はいつもと変わらない。それを見つけ出して取り戻すだけだ。


 幸い、居場所はいつだって近くなのだから。



  =  =  =



 セルテ村の中で歩いている二人組がいた。ラジアータとその騎士であるフューレの二人である。そして、ラジアータはふてくされていた。


 「私もデンカ様と一緒に行動したかったですわ!」

 「我慢してください。彼女たちだって、別に遊びに行ったわけではありません。それにそう時間もかからずに帰ってくるでしょう」


 イベリッサとイクアシア、そしてササゲの三人はカシマルと対話するために狩人の村へ向かっていた。ただ、二人は魔動車の運転をすることができないのでリリアが運転の役目を請け負い、リリアが行くので騎士であるデンカも付き添ったのだ。


 これ以上人数が増えても仕方がないと言ったイベリッサにラジアータは残され、ラジアータは子供のようにわめいていた。


 「はぁ……。これだからお嬢様は残されたのだと自覚されたほうが良いと思いますがね」

 「ふんだ! あら――これは?」


 道端に落ちていたのは、黄金色の器だった。庶民であれば、まず最初に金をイメージして恥も外聞もなく飛びついただろう。貴族でありそれなりに裕福な暮らしをしてきたラジアータにとっても、それは珍しいものだった。


 「なんでしょう? これ」


 彼女はただ不思議そうにそれを見つめる。それによって引き起こされる事態など、予想できるはずもなかった。

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