実験9
「狩人の『村』って言ってたけど、『村』って大きさじゃないね」
車から降りて村を見たデンカの最初の感想がそれだった。
彼女の目の前には数々の建築物が並んでいるのだが、それらは村という単語から連想されるような掘っ立て小屋などでは断じてなく、しっかりとした造りの物だった。レンガで出来た壁に、瓦のような部材が敷き詰められた屋根。窓枠も窓もはめ込まれており、物によってはリリアの屋敷と比べても顕色ないようなクオリティの家がいくつも建てられている。道もしっかりと整備されており、整地されていたり石で舗装されているなど技術力の高さがうかがえた。
もちろんこれは彼女たちの目に入る範囲の事であり、彼女たちの居た入口付近の――つまり町の顔とも言える部分の事であったので、町にすむ誰もがこのような家に住んでいるわけではない。事実、デンカの視界の端にはあまり出来の良くなさそうな家だったりがちらりと映った。だが、それでもこの規模であるというのは驚愕すすべき事柄だ。
その光景にしろ規模にしろ、村という単位に収めていい物ではない。
「『狩人の村』というのはこの町の俗称なんですよ。ここの正式な名前は『シデアの町』、れっきとした町なんです。なんでも狩人が集まって作られた村が発展してこうなったそうなんですけど、その名残で狩人の村と呼ばれているんだそうです」
デンカの考えを読み取ったのか、リリアがそう説明する。
狩人の村――正式名称『シデアの町』はその正式名称にあるようにれっきとした町だった。王都ほどではないにせよ大規模で、商店街やホテルなどの施設もある。それらはこの町が単体で十分にぎわっている事を示すだけでなく、他の場所からこの町に訪れる人々の存在もほのめかしていた。
だが、普通の町と比べて一つ異質な特徴があり、それは彼女たちが進めば進むほどはっきりと現れた。狩人の村はその俗称にあるように、狩人の物だったのだ。
彼女たち六人が町を歩くと、当然のように何人もの狩人とすれ違った。巨大なハンマーのような武器を持つ者、剣を担ぐもの、弓を抱えるもの。筋骨隆々の大男から華奢な少女まで様々な外観の人々が武器や防具を持った状態で街中を歩いていた。
町の中へ中へと進めば進むほどに、町の様相はよりいっそう狩人らしく変わっていく。街道をはさむように店が並びはじめ、それらは武器屋、道具屋、鍛冶屋といった『いかにも』な店が多くなる。
……まるでロールプレイングゲームにでも出てきそうな感じだ。
ゲームに例えるのは変だろうかとデンカは思ったようだが、彼女の住んでいた世界に住み、彼女と同じような知識を持っていたならば誰だってそう考えただろう。狩人の村はそんな町だった。
「私、こんな所初めて来ましたわ。あんなに大きな武器……あれは盾かしら? あっ! あそこで魔獣の解体をやっていますわ、私たちが食べてるお肉ってあんな感じで作られてたんですのね」
「うふふ……。国の国境沿いにいくつかこのような町はあるのですが、ラジアータさんの領は王都に近いですから、こういった町に来たことが無いのも仕方ないですよ。取ったばかりの新鮮なお肉を使った料理はこの町の名物なので、あとで食べてみるといいですよ。とっても美味しいですから!」
「リリアさんはこの町に来たことあるんですのね」
「はい、私の領にも魔獣が出ることはありますから。殆どの場合は私の魔法で対処できるんですけど、数が多いときは依頼をしに来てますよ」
リリアがそう言うと、それに同意するように後ろであはあはあはと笑い声が上がった。
「ちょーわかる! この町にいる人たちってめっちゃ強そうな人いるもんね! ムキムキマッチョっていうか、なんていうか映画に出てきそうな感じ。映画だよ映画! デンカちゃんならわかるでしょ~、作ってよ映画さ」
「映画は流石に無理だって」
「でもホントに強そうだよね……この町の人たちは。狩人って国の兵士と比べてどうなんだろうね……少なくともイクアシアよりは強そう」
イベリッサの言う通り見た目だけならば国の兵士よりも狩人たちの方が重武装である。多くの人が簡単な制服しか身に着けていないデルフィニラ国の兵士と違い、狩人たちの武装は大きさからして目に付きやすいものだ。
「そんな事はありませんよ!」
イクアシアが抗議の声を上げる。
「対人を想定している国兵と対魔獣を想定している狩人では、装備が異なるのは当然です。確かに狩人をしてる人の中にも強い人はいるらしいですけど、基本的に国兵は上位互換ですよ。私だって一応魔獣討伐の訓練はしましたし」
「話では知ってるんだけどね。でも狩人も何人か混じってるのかな……この継承戦にさ」
「それは否定できません。狩人っていろんな人がいるらしいですから」
そんな事を話しながら歩いていると、彼女たちはやがて目的の場所にたどり着いた。
狩人たちをまとめ、依頼を斡旋するギルド。この町においてその施設は、町役場のような機能も備えている。
デンカたちはその建物の中に入ったが、特に変わった様子は無さそうだと彼女たちは判断した。変わった様子は無いというのは、少なくとも近くの村からの依頼を断らなければならないような緊急事態に陥っている様子ではないという意味だ。
ギルドの中には狩人がいて、何人かがたむろし、何人かは掲示板に張り付けられている依頼らしき張り紙を眺め、何人かは受付のようなところで係員と話していた。
これが異常であるならば何が正常だと言うのか。ギルドの中ですべての歯車はかみ合っている。
「ねーねー見てよこれ! 一、十、百、千、……めっちゃ大金持ちになれるじゃん!」
掲示板の前で指を差しているササゲに、他の全員が近付く。そこに貼ってあった物の中でも一番目立つ色合いの紙には、出没したらしい凶暴な魔獣の情報と、それにかけられた懸賞金について書いてあった。ササゲの言う通りかなりの大金である。
「うわっ、ドラゴンじゃないですかドラゴン。これだけの大金が懸けられているならすぐに討伐されそうですけど、私じゃ絶対無理ですよー」
イクアシアはそれを見てハハハと笑うが、リリアとイベリッサはそれを見て別の事を考えていた。それ単体ではなく掲示板全体なのだが、見れば依頼は問題なく掲示されているようだ。
特定の依頼はダメ、特定の区域が多いという事も無く、依頼はまんべんなく様々な物があるのだ。
「どういうことでしょう? ギルドは問題なく機能しているようですけど……」
「直接聞いてみるしかなさそうだね……ここの責任者に」
そうですね、とイベリッサに同意しながら二人は受付へと向かった。残りの四人もくっつくように付いて行く。
「こんにちは、何かご依頼でしょうか?」
受付嬢がそう問いかける。六人の服装を見て狩人ではないと判断した彼女は、依頼を受ける方ではなく出すほうだろうと判断したのだ。
「そう……ですね。実はセルテ村付近に魔獣が集まっているようなのですが、その討伐をお願いできませんか?」
本来、今のように依頼を出そうとすれば、その金額や討伐する魔獣の種類について話し合うのが普通だ。だが、リリアがセルテ村と口にしたとたんに受付嬢の表情が曇る。
「申し訳ありません、セルテ村からの依頼は現在受け付けられないのです……」
「―-ッ。私個人からの依頼としてもですか?」
「はい、セルテ村付近での依頼は受け付けることができないのです」
「……なぜ?」
断言する受付嬢に、イベリッサが問いかける。だが受付嬢は曇った表情を続けるばかりだった。
「それも、お答えする事は出来ません」
答えられない。答えが無いのではなく答えられない――はっきりと受付嬢はそう言った。




