実験4
辺りに轟音が鳴り響いた。
空気をたたき割るようなその音は爆発音であり、銃弾を発射する際に火薬が化学反応を起こして生じた物だ。そして更に元をたどるならば、その発砲音はデンカが銃のトリガーを引いたことによって引き起こされた物だった。
「うーん……」
デンカは少人数の手伝いを引き連れ、領の中でも人気のないところで銃弾のテストを行っている。周りに待機していた数人の手伝いたちは、緊張した面持ちだったり、未知への好奇心に溢れていたり、それぞれの反応を示していた。
だが、肝心なデンカは行き詰っているような表情をしている。
「……」
沈黙し、考える。
ほんの少し前には、銃弾を作りそれを射程圏外へ飛ばすことができただけで叫び出すほどに喜んでいたのに。同じ結果を出している現在、デンカはその武器に対して大きな不満を持っていた。
――遅すぎる。
それが現在の、デンカの銃に対する評価だった。
別に性能が悪くなったわけではない。性能に限った話であるならば、デンカも多少手を加えているので向上したと言っていいのだ。
つまり、変わったのはデンカの周囲に対する評価。
「先生『ドウン!』
放たれた弾丸が軌跡を描き、着弾するまでの一部始終をはっきりと視認しながらデンカは考える。
この世界の人間は――というよりどうやら存在するらしい人間以外の知的生命体も含めて、強すぎる。再認識させられて再認識させられてその繰り返しだ。魔力が存在する影響なのか分からないが、身体能力が異常すぎる――自分の動体視力も含めて。アルヴェンスですらマスケット銃の一撃を弾く事ができたのだ。この世界で強いと言われているような人間は自分以上に目が良いかもしれない。
「先せ『ドウン!』
――ならば、これでは遅すぎる。
自分が視認できるか視認できないかギリギリまで速く、攻撃を届かせなければ相手に対処される。近距離ではダメだ、きっと銃口の動きだけで攻撃が読まれてしまうから。遠距離から一方的に攻撃できてこそ、銃の本領が発揮できるというものだ。
「先『ドウン!』
――だから、これでは遅すぎる。
射程範囲外への攻撃をする以上、少なくとも銃弾は実物を作り出さなければならない。一応火薬も作ってはいるから、『奇械』のスキルをつかって様々な形状の銃弾を作れると言えば作れるが、一人が作るには技術的な限界がある。
ただの丸い鉄の弾だった文字通り弾丸状態からは脱したものをいくつか作ってみた。だが――
「せ『ドウン!』
デンカはため息をつく。
「これでも遅すぎるよなー。弾幕を張ろうにもマシンガンの弾は技術的に量産できないだろうし、かと言ってとにかく数を用意した散弾をつかえば速度が落ちるし。そもそもそんな数の弾を毎回用意するわけにもいかないし。理想はライフル系でとにかく速度と威力を上昇させることなんだけど」
一撃必殺なら一発勝負ですら構わないとデンカは考えていた。現在の彼女の視力をもってすればどれだけ距離が離れていようと命中させられるだろう。それこそスコープすら必要ないと判断していたほどだ。
「まぁ空気抵抗とかでそんな速度でないんだけどね」
軽く考えてみたところ、それが結論。それ以外のアイディアを思い浮かぶまで、座っているだけよりは実際に銃を撃っていた方がいいと思って彼女はひたすらに撃っていた。
そして次の弾を込めようとしたその時。
「先生!」
デンカの助手の一人が、ようやく銃声に遮られることなくデンカの注意を引き付けることができた。
「なに?」
「領主様がお呼びですよ、屋敷に集まるように、とのことです」
「リリアが? それならもっと早く言ってくれてもよかったのに。あはは」
「……」
笑いながらさっさと屋敷へ向かってしまうデンカを見る助手の目は、少し不満そうだった。
= = =
「デンカ様~」
デンカが屋敷に戻って早々、ラジアータが飛びつくようにデンカに駆け寄ろうとした。
が。ラジアータは見えない壁にぶつかり、跳ね返るように転倒。潰れた猫のような声を上げてその場で横転。色は白。ドレスとは思えない俊敏さで立ち上がり、後ろにいたイベリッサに詰め寄った。
「イベリッサ! この結界を解いてくださいまし!」
ラジアータがぶつかった見えない壁は、見えないが見て分かるという摩訶不思議な物で、つまりイベリッサのスキルである『欠界』によって生じたものだった。家の中なので壁のように見えてしまうが、よく見ればイベリッサを中心に立方体を形成している事がわかる。
イベリッサに宣言された概念が消え去る『欠界』の中からラジアータが出られないという事はつまり――
「『ここから出るのを禁じたわ』。ちょっと目を離せばデンカのストーキングをするからね……ラジアータは。デンカがかわいそう。それに……ラジアータは滑稽。ぷぷぷ」
「絶対にそっちが本音でしょう! 大体あなたいつ帰るんですの? デンカ様が領に戻った今、あなたがこの領に残る理由は無いのではなくて?」
ラジアータの言う通り、イベリッサがリリアの領を訪れた理由は領を出たデンカの役割を代わるためであり、デンカが帰ってきた今その理由は消えている。そばに控えていたイクアシアも同じことを疑問に思い、口にした。
「そうですよ、イベリッサ様。そろそろ領に戻らないと仕事が溜まっているんじゃないですか?」
「ほら、あなたのメイドだってこう言ってるではありませんの。さっさと帰るべきですわ」
ラジアータは勝ち誇った顔でホコリを払うような手振りをする。
しかし、イベリッサはこれを予想していましたと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべた。
「ふっふっふ……残念ながらそうはいかない。リリアと私の領はお隣さん……つまりここに居ながらでも仕事はできる。実際してた」
「そうだったんですか?!」
「イクアシア……あなたには言ってない。だってこういうのであなたは役にたたないし……」
「ふえぇ……」
イクアシアが悲しそうに、ラジアータが悔しそうにする中、リリアは困ったような表情を浮かべていた。
「えっと。全員集まったみたいなので話しを始めてもいいですか?」
「……ごめん……いいよ」
= = =
「コホン!」
全員の着席を確認して、リリアが咳払いをする。厳格な会議の始まりを予感させる行為のはずだが、リリアがやると園児の徒競走の開始合図のようなほほえましい感じになってしまっていた。
だが最低限注目を集める効果はあったようで、全員の視線が彼女に集まった。
「デンカが島から帰ってきて――後ラジアータさんを連れてきた事で、色々な出来事が起きたと判明しました。特にサイネリラさんの件は即急に対処をしないと一般国民にまで被害が出る可能性があります。ですが、私たちだけでどうにか出来る事ではありませんし、忍び込んで見たのだと主張するには証拠も無いのでネスタティオ兄様に判断を仰ぐ事にしました。それ次第では――」
「――私が発言する事になるかもしれないのでしょう? まぁあの島にいた貴族の中では唯一の生き残りですものね、断るかもしれませんけど、考えておきますわ」
「ありがとうございます。それ以外島での件は、ネスタティオ兄様の連絡があるまでなんとも言えませんね。手紙が届くまでしばらくかかるでしょうし」
ただ――とリリアは続けて一枚の手紙を取り出した。こちらが本題なのだといった様子で。
「私たちが今すぐ動かなければならない事態が来たかもしれません。先日、私宛に届いた手紙なのですが……そうですね……説明するより読んでいただいた方が良いでしょう。特にデンカには」
「わたし?」
なぜ特に自分なのか。そんな疑問を抱きながらデンカはリリアから手紙を受け取った。
その手紙にはこう書かれていた。
= = =
エライっぽい人へ
ハレルヤ!
結構近くに住んでる感じなんだけど、今あたしが居る町って言うか村がわりかしヤバいかも!
ぶっちゃけこのままだと村全滅とか全然ありだし、超助けが欲しいデス。ってか誰か来てくれないとマジしんじゃう。あ、あたしじゃなくて村の人たちの事なんだけど、見殺しにできないしイコールあたしもしぬっていうか。
ホント来てほしいからセルテ村の教会で待ってます。
この世界の全ての生命に神の御加護がありますように。アーメン。
ガサイ・ササゲ より




