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実験25

 デンカは目の前の敵に向けて、マスケット銃を三メートル程まで伸ばしたような形状の武器を構えていた。


 『銃』を、構えていたのだ。


 彼女はこの島に来て以来、『一度たりとも銃器を作り出していない』にも関わらずだ。


 チョウリと行動を共にしてから、彼女はボウガンにせよ、棺にせよ、なるべく木造のものだけに限定してスキルを使用してきた。それは『木械きかい』とでも言ってスキルを弱い物にごまかすためでもあったし、金属の機械を生み出せると地球人にこの段階で悟られたくないためでもあるのだが、それ以上に。わざわざ自らの全力である銃器の生成を行って手の内をさらすほどの目的がなかったからだ。


 完全に正当防衛だったラツィルクは勿論、サイネリラとコウカについても、『減っていれば都合がいい』といった程度の認識しかなかった。


 もしデンカが善人であったならば。それは英雄的なレベルの善性である必要すらなく、人並みに悪を悪と思える程度の善性さえあったならば。チョウリと共にサイネリラを追い詰めた際に、銃器を作り、全力を出して彼を殺しただろう。三対一で圧倒的に有利を取れているならなおさらだ。普通の人間であればサイネリラを殺してでも止めようとする、それほどまでにサイネリラの生み出した現場は凄惨だった。


 サイネリラにとっては幸運な事に、デンカは善悪によって何かを判断するような人間ではなかったのだ。サイネリラを悪と『理解』しつつもそれを認識の外に追いやり、彼を殺す事とチョウリにスキルがばれる事だけを天秤にかけた。


 そんな彼女がなぜ今になって銃を作りだしたのか。その場に地球の人間が居ないからでもなければ、ラジアータを助けたいからでもない。第一、デンカとビショップはその場から逃げてしまえば追われる事もないのだから、ラジアータのように追い詰められている側に付く理由がそもそも無いのだ。


 デンカの基準は一つ。

 リリアの敵となり得るかどうか。


 サイネリラは無差別殺人者だ、対してアルヴェンスはアゼルとネスタティオを敵対視していると発言している。しかもサイネリラのような人間を味方に引き入れた以上、それは――ネスタティオを手を組んでいるリリアの命を脅かすと宣言しているにも等しい。


 状況は正当防衛。

 戦力は三対一。向こうは一対一だと思っている現在、完全に不意をつける。

 ならば――殺すか。


 そう考えたからこそ、デンカは拳銃を作り出した。

 この島に来てから一度たりとも出していなかった『全力』を、ここで出すことにしたのだ。


 「わたしが援護するから全力で走って」

 「ほう。料理人のお前の実力を信用していいのかな?」

 「どうせ一対一だったでしょ」

 「それもそうだ――なっ!」


 フューレは鋭い息を吐き出すのと同時に書庫の中をジグザグに走行し、既に割られていた窓の一つから飛び出した。一階の書庫から地上に出ただけなので華々しい飛翔というわけにはならなかったが、中から外へと飛んだその瞬間にフューレは華麗に身をひねり、腰の左右に一本ずつ携えていた剣を抜いていた。


 それはナイフより若干長い程度の長さで全長四十センチほどしか無く、十字架を模したような形状をしている。もっとも、この世界に十字教は『つい最近』までなかったので、その形状に宗教的な意味合いは無かったが。


 「さぁ、お手並み拝見といこうか」

 「私に近づけるとお思いですか?」


 外に飛び出たフューレにシグレは問いかける、いや、それは挑発と言ってもいいだろう。書庫から出るとはつまり、遮蔽物を失うということだ。そして、攻撃を遮るものが何もない庭でシグレがフューレを見逃すはずなど無い。


 宙を舞う人魂の一つがシグレの右手に憑りつくかのように移動し、弓の弦が引かれる。そしてそれが放たれるその寸前、轟音が鳴り響く。


 それは火薬が爆発を起こす音であり、銃弾が打ち出される音であり、デンカが割れた窓を通して攻撃を行った音でもあった。


 距離は三十メートル以上――デンカのスキルの射程圏外。だが、それはスキルではなく実際に作り出されていた銃弾にとっては射程圏内だ。


 「――ッ?!」


 それは彼女にとってあらゆる意味で予想外だっただろう。見たことも無い武器による攻撃が、想定していなかった人物から飛んできたのだから。


 だが、驚きながらもシグレは銃弾を横に回避する。


 フューレの言葉を借りるのならば、流石はアルヴェンスが選んだ騎士という事になるのだろう。だが、それを見てデンカは確信した。シグレの攻撃の本質に、そして――彼女の攻撃は銃弾を弾けない。『物理的に』不可能なのだ。


 デンカも窓から飛び出し、フューレの斜め後ろを追いかけるようにして走った。一度使用した銃をすて、懐に忍ばせていた銃弾を取り出し、指で空中にはじいた銃弾を中心にして二丁目の銃を作り出す。


 新たに現れた敵にシグレは若干の驚きを見せるが、すぐに冷静さを取り戻して弓を構えなおした。


 「料理人……? まぁいいわ、敵はここで倒すだけなのだから。アルヴェンス、念のため安全な位置まで下がっていて下さい」


 そう言うと彼女の手に再び人魂が吸い込まれる。だが、今までと違ったのは右手に宿った人魂が一つではないという事だ。現在、彼女の弓には三つの人魂が『つがえて』あった。


 「さぁ、戦いを始めましょうか」


 まるで今までは殺し合いですらなかったかのように、それだけを告げると彼女は後ろ向きに走り始める。そして、引いていた弦を離した。


 放たれたのは三つの攻撃だ――単純に計算してもその脅威は当初の三倍になったと言ってもいいだろう。しかも精度が落ちているわけじゃなく、正確にデンカに一撃、フューレに二撃が射られている。


 だが、先頭を走るフューレも、それに続いて走っているデンカもそれを回避する。そしてお返しといわんばかりにデンカの銃が火を噴いた。


 これもまた、シグレによって回避される。


 当然と言えば当然だ。まだ二十メートル以上の距離がある状態ならば、彼らにとってそれを回避するのは造作もない事。――だが、造作もないとは一切力を裂く必要がないという意味ではない。


 シグレが距離を離そうと逃げ、デンカとフューレがそれを追いかけようとする。そんな中、弓を引く行為、弾を撃つ行為、それらを回避する行為。その一挙一動は間違いなく負担となっていく。ましてやシグレは後ろ向きで走っている状態なのだ、何回か同様のやり取りを繰り返した結果、その距離は間違いなく縮んでいた。


 後十メートルほど、地球の短距離選手でも一秒もあれば走破できる、その距離になった時、シグレは笑った。追い詰められて苦し気な表情をするでもなく、攻撃を回避されて悔し気な表情をするでもなく、微笑んだのだ。


 「お二人とも、興味深いスキルを持っているのですね。とても――素敵だわ」


 そして、彼女の手に人魂が集まっていく。最初は一つ、今までは三つ、そして今度は――五つ。


 「――ッ!」

 「三つまでじゃ無かったのか……!」


 デンカが悪態をつく。それも当然だ、一つでもある程度距離をとって回避しなければならない攻撃が、三つ同時に放たれるだけでも脅威なのだ。それが五つ。


 攻撃が放たれた。


 「……!」


 その全てがフューレに向かう。彼の方がよりシグレに近いからだろう。だがデンカの銃撃を回避し、走りながら放たれたその攻撃の精度は一つの時に比べれば落ちていた。加えてフューレにも『スキル』がある。もてる限りのすべてを使い、彼は五つの攻撃を回避する事に成功した。


 無事に回避した。


 だが、フューレの警戒はさらに強まる。シグレが再び弦を引いたからだ。


 「さぁ、殺し合いをしましょう。五つまででも無いですよ。そして――七つでもありません」


 九つ。


 彼女の右手にそれだけの人魂が集まり、それら全てが同時にフューレを襲った。


 最初の攻撃を雨が降るようだと表現するのならば、それは空そのものが降ってくるような攻撃だ。


 不味い。

 冷や汗を流しながら、フューレは持っていた考えを改める。


 最初、彼はシグレを上級の中でも上位だと判断した。だがこれほどの規模の攻撃を繰り出せるのならば、それは上級すら超えている。彼女は間違いなく――特級の射手だ。


 迫りくる攻撃に回避する場所を見いだせず、フューレはその場に立ち尽くし――


 そして、後ろから声がした。


 「そのまま突っ込んで!」

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