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実験23

 まるで窓の外から野球ボールが投げ込まれたかのように、それは部屋の中に侵入してきた。


 大きさは光っているためはっきりとは分からないが、スイカより一回り小さいほどだ。目がくらむほどの光を全方向に放っているその様は、小型の太陽が浮かんでいるようにも見える。だが太陽の赤い光とは違い、やや青白く黄色がかかったその色は人魂ひとだまと表現するのが最もふさわしいだろう。


 矢のような速度で飛来したそれに直撃すれば、無傷では済まないのは誰が見ても明らかだ。


 「そいつから離れろッ!」

 「言われなくても……!」


 人魂が現れた時には既にラジアータを避難させていたフューレが警告の言葉を叫ぶ。彼にそれを言われるまでもなく危険を察知したデンカとビショップは、人魂の通り道を空けるようにその軌道上から横にそれた。


 真っ先に人魂に気が付いたフューレと、窓が割れた瞬間には既に人魂を視認していたデンカは勿論、ビショップも一足遅れてではあるが人魂を回避した。横を通り過ぎる人魂を見ながら、デンカがそう思った――その瞬間。


 ピシャリと。何かを叩き割ったような鋭い音が鳴ると共に、人魂が上下から圧縮されているかのように平らに潰れ、無くなった。それらはすべて瞬きすらできないほどの短い時間の内に起こったことであり、普通の人間には突然人魂が消えたかのようにしか見えなかっただろう。


 だが、フューレ、デンカ、ビショップの三人は全員が優れた戦士であり、個人差はあれど見ることができた。人魂が消えるその瞬間、人魂から鋭い光がビショップの右腕へ向けて放たれた事を――


 「なにぃッ!」


 光が直撃した右手を抑えながらビショップは悲鳴を上げ、その場に倒れる。


 「ビショップ!」

 「ぐ……とりあえずは大丈夫っしょ。だが……」


 そしてデンカに見せるようにビショップは右手を軽くあげた。腕に力が入っていないかのように震えながら掲げたその腕は、まるで焼け焦げたかのように薄黒く変色している。


 「これは――広間にいた死体と同じ……」

 「死んだ奴らほどダメージは酷くないがな。ただ何が起きたのかは分からねぇし、右手は暫く使い物にならないっしょ……」


 直撃すればその程度では済まなかったのだろう。だが何よりもデンカを警戒させたのは、このレベルのダメージが直撃していないにも関わらず発生したことだ。人魂がつぶれた瞬間、ビショップと人魂の間に一メートルは距離が開いていた。


 ビショップの受けたダメージを見たラジアータが、自分を抱きしめるように腕を回して震え始める。怯えたその様子は、この部屋にデンカが入った時とは比べものにならない。


 「ア……アルヴェンスが来た……。いや……いやだ。死にたくないの、私はまだ死にたくない……」


 ボロボロと大粒の涙を流し始めた彼女に、フューレが近づいた。そして、相変わらずラジアータの事などかけらも気にしていない様子で、現状すらどうでもいいのだと言う風に、フューレは彼女に問いかけた。


 「広間での攻撃と同じ、今のはアルヴェンスの騎士の攻撃だ。さぁどうする、お嬢様。この様子だと逃げてもまた追われるでしょう。話しますか? 逃げますか? それとも――戦いますか? 私はあなたの選択に従おう」

 「うう……ぐす……私は――」

 「――!」


 再びフューレがラジアータを抱えてその場から跳躍する。そしてそれを合図にするように第二射が放たれ、ラジアータが寸刻前まで座り込んでいた場所を正確に撃ち抜いた。今度は人魂がつぶれる事は無く、壁に当たるとそのままはじけるように消えてしまった。


 デンカとビショップを狙っているわけではない、無差別ではなく貴族を対象とした攻撃だ。それを認識してわずかに安堵したデンカは、本棚の後ろに身を隠しながら、攻撃を仕掛けてきている人物を把握するために窓の外に視線を向けた。


 窓の外には庭があり、美しいいろどりの花が何種類も植えてあった。その花を際立たせるよにいくつかの木々が生えており、それらは庭師によって手入れされているのか、均一な形状で一列に並んでいる。そしてそれらの木々の間に一人の和服の女がいた。


 年齢は二十代前半のように見えるが、何歳だと言われても納得してしまいそうな老齢の佇まいをしている。落ち着いた紺色の着物に身を包み、長い黒髪は真っ直ぐに伸びていた。この世界にもそう言った文化があると事前に知っていなければ、日本人だと一瞬で決めつけてしまうだろう。だが、チョウリが食事の姿からそう判断したように、彼女は紛れもなくこの世界の住人だった。それに、彼女は『日本人より日本人らしい』。デンカより数世代前の、日本に海外の文化が入ってくる前の日本に住んでいたかのような静かな雰囲気をまとっているのだ。


 彼女の名前はシグレ。紛れもなくアルヴェンス・エル・デルフィニラスの騎士だった。


 彼女は自らの周囲にいくつもの人魂を浮かせながら立っていた。『恐ろしい』ほど美しいという言葉が似合う彼女のその姿は、さながら怪談の具現化と呼ぶのにふさわしい。


 そんな彼女が左手に弓を構え、右手で弦を引いた。だが、『矢をつがえていない』。このまま後ろまで引いている右手を離したとしても、弦がただ悲しく空を切るだけだろう。――普通ならば。


 彼女が弦を引ききったその時、彼女の周りに浮いていた人魂が彼女の右手にふわふわと移動した。そして、第三射が放たれる。


 「お嬢様!」


 叫ぶフューレがラジアータを抱えて三度目の攻撃を回避する。だが、このまま攻撃を受け続けていてはいつか命中する時が来るだろう。フューレが、決断をせまる。


 「お嬢様、私は死ぬことがこれっぽちも恐ろしくありません。このまま私の『出来る限り』あなたを守り、義務を終えて死ぬならばそれで構わないと思っている。だが、私の『出来る限り』では今回ばかりはあなたも死ぬだろう、それが嫌ならば何か行動を起こすべきだ」

 「やはりあの女性はフューレより強いの?」

 「あの攻撃を防ぐすべが私には少なすぎます。あなたを守りながらでは近づくことすらできない、そして近づけなければ攻撃する事ができない」

 「……私は……死にたくありませんわ」


 そして何かを決意したかのようにラジアータは立ち上がり、割られた窓に駆け寄った。部屋の中へ正確に人魂を放っている人物にとって、その状態のラジアータは格好の的だ。だが、次の攻撃が放たれる前に、ラジアータは叫んだ。


 「アルヴェンス! 話をしませんこと?!」


 ただそれを言うためだけに、彼女は窓まで出る危険を冒したのだ。


 弓を構えていたシグレは、そんなラジアータの様子にあきれ半分驚き半分といった顔をして、武器を降ろし後ろを振り向いた。彼女は指示を仰いだのだ。窓の外、彼女の後ろで待機していたアルヴェンスに。


 「アルヴェンス、どうしますか?」


 その呼びかけに答えるように木の陰からアルヴェンスの姿が現れる。


 黒い髪に黒い瞳。それらはシグレと同じように日本人らしい特徴なのだが、アルヴェンスの顔立ちは整った西洋人のものだ。豪華だが暗い色をした服を身にまとい、それを風にたなびかせながらギラギラとした野心的な瞳を前に向けている。


 その瞳でラジアータを睨んだアルヴェンスは、遠くからでもはっきりとわかるほどの笑みを浮かべ、ラジアータに返答した。


 「命乞いか? ラジアータ。良いだろう、聞いてやろう、話をしてやろう。俺の目的は想定以上に順調に、理想よりも理想的に進んでいるんだからな。

 さぁ話せラジアータ。『お前で最後だ』」

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