実験18
「俺は確かに心臓をつぶしたはずだがな」
サイネリラの胸を貫通していた右手を握ったり開いたりしながらチョウリは愚痴る。
ほんの数秒前まで右手に浴びていたはずの血は、サイネリラの死体が消えたと同時に無くなっていた。
「ええ、心臓がつぶされちゃいました。だからボクもワタシもさっき死んじゃいましたよ」
「死んだ割には元気じゃねぇか……それがテメェのスキルか、スキャッター」
「いひひひひ。そうです! これがボクのワタシのスキルなんです」
そしてサイネリラはスカートの中から再び武器を取り出す。
それは十一歳のサイネリラが持つにふさわしいサイズの武器で、四、五十センチほどの長さの鎌のような形の剣だった。ただ普通の鎌と大きく異なるのは、持ち手の両端に刃が取り付けられている事だ。持ち手を中心に点対称のその武器は、アルファベットのSのような形をしている。
サイネリラはその武器を右手に持ち、左手にはどこからか取り出した一匹の生き物をわしづかみにしていた。
「ラショウヘビ……」
そう呟いたデンカは、その生物について知っていた。それは地球上に存在するヘビの中でも、強力な毒を持つことで有名なヘビだ。
「ラショウちゃんを知ってるんですか? ならきっとコウカと同じ所から来たんですね!」
そう言ってサイネリラはヘビの下あごを掴み、デンカにそれを見せつける。
デンカの知っているラショウヘビは凶暴な生物で、そのような事をされても噛みつかないなどあり得ない。だがそんな『些細な』異常は、それ以上に異様な物を見せつけられて吹き飛んだ。
サイネリラが『左手』でヘビの下あごを掴み、同時にサイネリラがヘビの上あごを『左手』で掴む。大きく広げられたヘビの口を等分にするように鎌が振り下ろされ、ヘビの体が二つに分かれた。
そして――二つに別れたのはヘビの体だけではない。
「「これがボクのワタシのスキルですよ。これを一言で表すならば『双勢』」」
いつの間にか、居た。そう形容するしかない。
サイネリラの隣にはもう一人サイネリラがいる。服も、髪も、手に持つ武器も、全てを同様にして二人は隣り合わせに立っていた。異なる点はリボンの色と瞳の色。一方は青く、一方は赤い瞳を持っている。
「「そっちにはもう一人見えない人がいるみたいですから、これでも二対三なんです――ねっ!」」
青い瞳のサイネリラが身をかがめながら突進しチョウリと交戦を始める。そしてそれと同時に、もう片方がその場で勢いよく武器を横薙ぎに振るった。
一メートルの半分にも満たないその鎌の間合いには誰もいない。だが、サイネリラが武器を振るった瞬間に持ち手が二つに分かれ、鎌の片割れがデンカに向けて飛翔した。
「武器の方も一対なのか……!」
回転しながら迫りくる鎌を、デンカははっきりと捉える。鎌の持ち手の下端部――ちょうど鎌が二つに分かれた面に、二つの鎌をつなげるように鋼糸がついていた。たとえ鎌をかわしても、その細い鋼糸に触れれば切り傷では済まないだろう。
ならば。
「――撃ち落とす!」
たとえ銃でなくボウガンであっても彼女の射撃は正確無比。回転する鎌の角速度すらも考慮して放たれた矢は狙い通りに柄にあたり、誰かを傷つけることなくはじき返された。
「あはは。随分目が良いんですね」
攻撃が防がれたことを気にしていない様子でサイネリラは鎌を引き戻す。そして今度はそれらを両手に一本ずつ持ち、デンカに向かって走り出した。遠距離武器を持つ人間に対して距離を詰めるのは当然の判断だ。
だが一歩目を踏み込んだその瞬間。
投擲されたナイフがサイネリラの眼前に姿を現した。それはサイネリラが動き始めたタイミングを見計らってビショップが投げたものだ。
「――やあっ!」
可愛らしい声を上げながら、不可視だったはずのナイフに対して余裕すら持ってサイネリラはそれを防いだ。
「見えない攻撃が来るとわかっていればいくらでも対処できちゃいます。それに、『ある程度近づくと』見えちゃいますよね?」
自慢げに手に入れた知識を披露しつつも、サイネリラは再び交戦状態に入る。
鎌を振るい、鎌を投げ、鋼糸を操り――
サイネリラ・エル・デルフィニラスは間違いなく強い。
十一という歳にしては論外なほどに強く、歳を無視してこの国の兵士たちと比べても、問題なく上級に入るほどには戦闘の技術があった。彼の年齢でここまでの力を手に入れるには、『自分と同等の相手』と何回も何十回も何百回も殺し合いを繰り返すしかないだろう。それほどまでに彼は強かった。
だが、三人の上級を相手にできる程強くは――無い。それができるならば特級の領域だ。
チョウリに首の骨を折られて死に、デンカに頭を射抜かれて死に、ビショップに首を裂かれて死んでいる。デンカが全力を出すまでもなく、サイネリラは圧倒的に押されていた。それでも相対し続けられるのは彼の『双勢』の能力があるからに他ならない。
「くそが! 何回再生しやがる!」
チョウリがサイネリラを『殺した』のはこれで四回目だ。だがその度にもう一人の背後から二人目が現れる。何事もなかったかのように、無限に続くとも思われる繰り返し。
その現象をデンカは観察し、仮定した。
「さぁ、実験を始めよう」
ビショップに接近し武器を打ち合っているサイネリラに向けて、デンカは引き金を引く。急所ではなく、膝の関節を狙って。
「うッ……」
膝を射抜かれたサイネリラが呻き声をあげ崩れ落ちる。その隙をデンカは見逃さない。
「ビショップ! 捕まえて!」
「あいよ!」
殺しても再生するのならば生け捕りにすればいい。そして両方を捉えて同時に殺せば死ぬだろう。
その意図を読んでビショップがサイネリラを組み伏せた。その時――
「させません!」
別の場所に居たサイネリラが鎌を投げた。ビショップはサイネリラを組み伏せたまま、わずかに体をそらすことでそれを回避する。だがその鎌は狙い通りの位置――捕まえられていたサイネリラの首を切り裂いた。
やはり――
「あなたのスキルを理解した」
そして再生したサイネリラに向けてデンカは指を一本ずつ立てていく。
「一つ、再生は生きている方に触れられる位置でなければ行えない。
二つ、死ななければ再生は行えない。
三つ、あなたは自殺ができない。」
サイネリラがサイネリラを殺している時点で奇妙な表現ではあるが、一つの個体が自らを死に追いやることができないのだ。自殺できるのなら、膝を射抜かれた時に舌を噛むか鎌で首を切り裂けばいい、わざわざもう一人に殺させる必要はない。
「……」
無言でサイネリラは微笑んだ。そして次の瞬間――
扉に向けて二人のサイネリラが両方とも駆け出す。不利を悟り、弱点を知られ、サイネリラは逃走を選択した。
「チョウリ!」
「あぁ、ガキだからって容赦はしねぇ」
走るサイネリラより早く、チョウリは扉に回り込む。そして不自然な体制で身をかがめると、全身を急旋回させるように蹴りを放った。
「……!」
赤い瞳のサイネリラがもう一人を庇うようにしてその蹴りをくらう。軽い体重で重い一撃を受け、吹き飛んだ――その先にはデンカがいる。
「機械!」
デンカが蹴り飛ばされたサイネリラに向けて腕を伸ばし、手を広げた。そしてその場でサイネリラを受け止めるように、一つの木箱が現れる。
それは棺だ。
一人しか入れず、簡単に壊れない程度の頑丈さを備えた棺。
サイネリラをとらえた棺はがっちりと扉を閉め、床に倒れた。
「今からお前を殺してあっちも殺す」
扉の前でサイネリラとチョウリが対峙する。
棺の中に二人の人間が収まらず再生が行えない以上、ここでサイネリラが殺されれば本当に死ぬだろう。だがその窮地に陥ってなお、サイネリラは笑っている。
「いひひひひ」
「――これでしまいだッ!」
空を抉る勢いで踏み込み、放たれた突き。
だがその正拳突きがサイネリラに当たることは無かった。
「てめぇは……」
サイネリラとチョウリの間に一人の男が立っている。チョウリの攻撃を防いだその男は――
「カイノチ・コウカ――ッ!」




