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実験16

 「動けませんよね、お兄様?」


 サイネリラが微笑みを絶やさずにコルチカにそう問いかける。彼の言うとおりコルチカの体は動かないのだが、口すらまともに動かせず呼吸すら意識しなければ出来ないような状態で、『ああそうだ』と返答できるはずもなかった。


 そんなコルチカの様子を見て満足げに踊り出したサイネリラは、先程コルチカが振り払った黒い生物を左手に乗せると、両手にそれぞれ乗せた生物――クモとヘビを自慢げに披露した。


 「すごいでしょうこの子達! この子達の名前はですね……あれ――なんだっけコウカ?」

 「こちらがコクシグモでこちらがラショウヘビになります。どちらも私の世界の動物ですので、この世界に生きてきたコルチカ様は、クモもヘビも見たことが無いとは思いますが。

 別に私がつれてきた訳ではありません。先程お見せした現象が私の本当のスキルというわけです」

 「コクシちゃんにラショウちゃんは両方ともすっごい毒を持ってるんですよ! 全身しびれちゃいましたか?」


 わくわくという文字が目に見えるほどに、サイネリラは年相応の子供のような喜びかたをしている。何も知らない者が見れば、やんちゃな少女が庭で見つけた虫を父親に自慢しているような、ほほえましい光景にも見えただろう。


 だが、身動き一つ出来ないコルチカにとって、そんなサイネリラの天使のような笑顔も恐怖を引き立てる物でしかなかった。


 この貴族の少年はこんな人物だったのか……?

 いや、少なくとも今朝集まって事件について知ったときは悲しんでいるように見えた。あれは演技だったのだろうか。


 コルチカはサイネリラについて持っていた情報を記憶の海から吊り上げていく。そして、危機的状況に置かれているが故にできた事かもしれないが、一つの事件を思い出した。


 無名の貴族の少年サイネリラが話題に上がった事が一度あった。それは珍しい出来事ではあるが、全く聞かない事でもなく『たいした被害も出ていないので』、時間と共にコルチカの記憶から薄れてしまった出来事だ。


 サイネリラとその双子の妹キネリアラは、三年ほど前に誘拐された事があったはずだ。だが二人とも無事に助かった『はず』だ。


 もしかしたら――。


 コルチカは考えてしまった。

 それを確かめる方法が彼にはあった。


 「どうかしました?」


 そう言って近づいてくるサイネリラを対象に、コルチカは『空劇くうげき』のスキルを発動させる。


 部屋の中の景色ががらりと変わり、劇の幕が上がった。


 「なにこれ?」

 「これはコルチカ様のスキルですね、あなたの過去を再生しているのでしょう。実は私もあなたの過去に何があったのか知りたいと思っていたので丁度いいですね」

 「あぁ、懐かしい!」


 始まったその劇は、あまりに残酷で。


 「これは『ボクがワタシが初めて死んだ時だ』」


 あまりにも救いがない。だから――


 「なるほど、誘拐された時に兄妹を死なせてしまったからあなたは狂ったんですね。それでもう一人の演技をしていたのですか」

 「演技じゃないよ、ボクはワタシは二人で一人、一人で二人だもの」

 「それであなたが幸せならば私が口を出すのは止めておきましょう。私はあなたほど幸せそうに笑う人を見たことがありませんし、私のような人間が文句を言うべきでは無いでしょうから」


 この二人は間違いなく狂っているのだ。

 なんの罪もない子供二人が痛め付けられている映像を見ながら、片や無表情で片や笑っていられるのだから。


 そして劇がすすむにつれ、コルチカは自分達二人が未だに殺されていない理由に気が付いてしまった。バーナバスのような上級の剣士が、コウカの行動に集中していたとはいえサイネリラに背後をとられた理由に気が付いてしまった。スキャッターが誰か気が付いてしまった。


 何人もの国民の命を奪い、何人もの王族達を殺してきたスキャッターは騎士ではなく、貴族――サイネリラ・エル・デルフィニラスだと。


 今すぐ死ななければならない。自害しなければならない。


 だが腕も脚も手も指も、酷く粘性の高い泥の中で溺れているかのように動かない。舌を噛みちぎろうとしても顎に力が入らず、感じるのは優しい痛みだけだった。


 痛み。


 「突然ピクピクしてどうしたんですか、お兄様?」

 「今の映像であなたがスキャッターだと理解したのでしょう」

 「ありゃりゃ、ばれちゃったか。でも皆騎士の中にスキャッターがいるって思ってるし、ボクはワタシは上手く演技できてたよね」

 「演技はともかく、貴族の中にあなたのような人物がいるとは普通考えないでしょうから」


 それもそうだね、とサイネリラが少し笑う。そして彼は見た目にそぐわない怪力でバーナバスを持ち上げ、コルチカの隣に並べた。


 「またバラバラにするつもりですか? サイネリラ」

 「今度はもっと楽しい方法思い付いたの! これならコウカも楽しいって感じるはずだよ!」


 ピョンピョンとジャンプしながら笑顔で提案するサイネリラの姿を見て、コウカは顎に手を当てる。そして彼の中でなんらかの結論を出したのか、跳ねていたサイネリラを制止した。


 「今回は『約束』の時間もあるし、それはまた今度にしましょう。私も数人拷問してみましたが、楽しさは感じませんでしたし、時間までは別行動することにします」

 「えーっ!」

 「次の機会に必ず一緒にやりますから。今はセロージア様を強姦してみようと考えているのですよ。そういった行為に楽しみを見出だす人もいますから、私も試してみようと思ったのです。

 コルチカ様で試してみても良いのですが、一般的には男性は女性に欲情しますからね」


 事務的に言葉を並べていくコウカに、サイネリラはきょとんとした顔をする。


 「ゴーカンってなーに?」

 「あぁ、失礼しました。サイネリラのような子供の前で話すような事ではありませんでしたね。あなたはまだ知らなくて良い事ですよ」

 「そうなんだ」

 「……しかし、世の中には幼い子供に性的な知識を与えて喜びを得る輩も居るそうですし、私も試してみるべきかもしれません」

 「えっ、じゃあやってみなよ!」

 「サイネリラに試すのは止めておきましょう。私はあなたの騎士ですから」


 そう言い終わるとコウカは立ち上がり、部屋の扉に手をかける。そして仕事に出掛ける親が子供にするように、コウカはサイネリラに注意する。


 「時間を考えて手早く済ませて下さいね。後、サイネリラなら大丈夫だとは思いますが、襲撃を受けて危ないと判断したときはいつもの方法で連絡をとって下さい」


 そして扉が閉められた。


 部屋の中に居るのはサイネリラ、コルチカ、そしてバーナバスの三人。震える二人に微笑みかけながら、サイネリラはスカートの中から隠していた武器を取り出した。


 それで何をしようとしているのか、コルチカには想像する事しかできない。だが、彼の思い描く最悪の想像より酷い事が起きるのだろうという確信があった。


 「フフフ。二人とももっと笑ってくださいね。きっと素敵な体験になりますから。だってボクはワタシはこんなに幸せなんですよ。

 あはははは」








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 コルチカとバーナバスにとって幸いなことに、彼らは一時間後には絶命していた。

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