実験4
産業革命。
目指せそうにありません。
いや、前言撤回早すぎるかもしれないけど、これはどうしようもない。
なぜかって?
とりあえず話は一時間ほど前にさかのぼる――
== == ==
「リリア! 前いた国ではわたしは研究者 (になる予定)だったんだ。このまま何もせずにいるわけにはいかないし、そっち方面ではかなり役に立てると思うよ」
朝食の時間、リリアと一緒に食事をとっている最中に昨日の思い付きを伝えることにした。
部屋の中央には大きな机があるけど、わたしとリリアしか座っていない。執事とメイドが一人ずついるのだけど二人ともリリアの後ろに立っている。
わたしの思い付きを聞いて、真正面に座っているリリアが不思議そうな顔をする。
「研究者ですか? デンカさんは魔法についてあまり知らないご様子でしたけど」
む、この国では研究イコール魔法って認識なのか。わたしも魔法がある世界ならそっちを優先的に研究するだろうけど。
「いやいや、わたしの国では魔法(なんてそもそも無いから、そ)の干渉が無い状態の物質についての研究が進んでいてね? その分野ではわたしそれなりに有名だったんだよ」
「そうだったんですね! デンカさん私とあまり変わらないくらいの歳なのにすごいです。この国は特に魔法に頼ってばかりの傾向が強いので、デンカさんの知識はきっと知られていない事ですよ」
う、ここまで褒められると誇張したのに少し罪悪感を感じるな……。
「デンカさんがに行くあてがないのなら、私が一時的にメイドとして雇おうと思っていたのですが、その必要はなさそうですね」
ホワット?!
わたし一番堅実なルートを自分で潰しちゃったんじゃない?
いや……落ち着けわたし。メイドより技術提供した方がこの国のため、ひいてはリリアの役に立てるって。
「あ、でも魔法を使わないとなると、魔法工房より鍛冶屋の方に紹介したほうがよろしいのでしょうか?」
「どちらかと言うと鍛冶屋とか、機械をつくってる所がいいかな。あ、でもそれを決める前に一回お城の外を見てみたほうがいいかも、どの程度の技術を使っているのか知りたいし」
「お城……?」
リリアはきょとんとした顔でこちらを見ている。
あれ、わたし何か変なこと言った?
少しばかり静寂が流れるが、リリアはすぐになるほどという顔をした。
「そういえばデンカさんは意識の無いままで屋敷に運ばれましたもんね、たしかに一度も村を案内していませんでした」
どゆこと?
食事中わたしの疑問は膨れ上がるばかりだったが、案内すると言ったリリアについていって外を見た瞬間にすべてを理解した。
目の前に広がるのは小さな村だ。視界に入る建造物はほとんどが木造の小屋で、後は畑が広がっているだけ。その小屋でさえ、数えられるほどしか存在しない。五百メートルも行かない位置で既に森が見える事から考えて、人口五百人も居ないだろう。
ふと後ろを振り返ると、今までお姫様がすむようなお城だと思っていた場所には、三階建ての屋敷が建っている。
うそっ、この国の技術力低すぎ?
村の様子とか数百年前なんてレベルじゃないぞ……。
産業革命なんてとうてい無理ですわ。
――というわけだ。
リリアってお姫様じゃないの?
とか
屋敷事態はそんなに技術で劣ってる訳じゃないじゃん?
とか疑問はかなりあるんだけど、リリアから巧妙に聞きだした話をまとめるとこうなる。
まず魔法なんだけど、わたしのイメージしていたゲームに出てくるような魔法よりも使い道が多い。
火、風、水、土の四属性が主流で、細かく分類するともっと種類があるってのはゲームでも出てきそうな設定だけど、攻撃だけじゃなくて日常生活でもかなり使われているらしい。例えば水魔法、火魔法なんてのは特に使われていて、貴族に仕える人たちだと必須だそうだ。
で、この魔法が余りに万能で、訓練さえすれば一部の例外を除いて誰にだって習得可能らしく、この国では魔法の技術がその他の技術よりも圧倒的に高い。
まぁそんな便利なものがあったら当然だよね。
ただ、技術のレベルが不揃いな事には勿論欠陥がある。
わかりやすいのが貧富の差。
魔法で色々加工するのが楽なのかもしれないけど、所詮一つ一つ手作りなので、機械の生産ラインには絶対に速度でかなわない。量が足りないから下級層にはいきわたらない。
なのに、魔法の技術力はあるもんだから、クオリティの差が激しくなってしまうわけだ。
目の前の村にあるのが、しょぼい感じのほったて小屋ばかりなのはしょうがないね。
次はリリアについて。
リリアはデルフィニラ王族の一員なのは間違いないのだけれど、そもそも腹違いの兄弟姉妹が多すぎるせいで序列の低い彼女には大した領地が与えられていない。なんでも父親が結構な人数と営んだせいで、殆どと顔を合わせたことすらないようなきょうだいが三十六人いるらしい。
大体、三十七人子供がいるって考えなさすぎでしょ、それとも王って皆そんな感じなのかな。
とにかく、この領地が辺境の地にあるもんだから王都と比べても非常に貧しい。
二つの要因のダブルパンチでこの村が出来上がったということになる。
昔はリリアの母親がこの領地を切り盛りしていたんだけど、リリアが幼いころに母親が亡くなってしまって、今はリリアが一人で何とかしているそうだ。
ううう……そんな悲しい出来事があったのにこんなに優しいなんて、同じ人間とは思えない。
勝手に感動していると、リリアがわたしに提案する。
「デンカさんの知識を活かすなら、王都に行った方がよろしいでしょう。三日後に商人が来て下さるので、その時にご一緒させて貰うのがいいと思いますよ。私からも紹介文を書いておきますから」
王都……。そこに行けば確かに私の知識は使えるだろうし、簡単な機械ならば作り始められるかもしれない。
でも、それはこの領地から離れた場所で勝手に暮らすということだ。
わたしの中で、それは何か違う。
わたしはわたしを助けてくれた人――リリアに何か恩返しがしたい。彼女のために何かできることがあれば、わたしはそれがしたい。
そのためには、村の事をよく知っておいた方がよさそうだ。
「ありがとう、でも王都の方に行くのはいいよ、ここでなにか役に立てる事がしたいんだ。とりあえず村の人たちにも挨拶しておきたいよ、特にわたしを見つけてくれた人とか」
「はい!では案内しますね」
わたしの考えを知ってか知らずか、リリアは笑顔で村を紹介してくれる。
とは言え小さな村だから、家畜小屋とか食料がある蔵とかしかなかったけど。
そして最後にわたしを助けてくれた村長のところに連れて行ってもらった。
「あ、ひめさま!おはようございます」
「ええ、おはようございます」
この人が村長?
思っていたよりだいぶ若いな、三十歳はいってないだろう。
黒くて短い髪と、筋肉のついた色黒の体が印象的な男ってイメージ。人付き合いよさそうな雰囲気も感じる。
その村長がわたしに気付いて話しかけてきた。
「あんたはあの時倒れてたお嬢ちゃんでねーか。無事意識を取り戻したんだべな」
「あの時見つけてもらったおかげだよ、本当にありがとう」
わたしは心の底から感謝する。
「デンカさんは遠い国の学者さんだそうです、何か事故に巻き込まれてこの国に来てしまったらしくて……。」
「学者さんだべか!それは拾いもんだべ。なんならおいら達の畑が良くなるよう魔法でも教えてほしいだな」
「いえ、デンカさんは魔法は――」
使えない。
リリアはきっとそう言おうとしたんだろう。
でもわたしがそれを遮る。
「勿論さ!わたしの国の技術を披露しようじゃないか」
技術を進めるには人手が必要、そして人手を集めるには信頼が不可欠だ。
信頼をどうやって築いていくか考えていたが、向こうの方から提案してくれるなら話が早い。
これは絶好の機会。見せてしんぜよう、地球の科学の真髄を。
その日の夜、わたしは何をどんな順番で教えていくか悩んでいた。
できるだけ実践しやすくて効果が高いものが望ましい。
今は魔法で水を撒いているそうだけど、いずれ水路も引ければそちらの方が効率がいいだろう。
そんなことを考えながら寝ていたからだろうか。
私は屋敷の中で起きていた事件に気付くことができなかった。
三号がガタガタとケージで暴れ出した時、全てが手遅れになるその瞬間の寸前まで。