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実験13

 継承戦最年長、コルチカ・エル・デルフィニラスは焦燥感を抱きながら歩みを進めていた。


 その理由は――この状況にあっては一つしか理由などあげようが無い。


 この特異な島の中で、二人の元貴族、ルストリエとパシフラが殺害された。そしてその影響か、スカビオが恐慌状態に陥り、料理人数人を殺害して屋敷の外に飛び出していったのだ。


 三組の貴族が殺し合いを始めた、それは間違いない。


 ふぅ。とコルチカは深い息を吐く。


 彼の三十五年の人生の中で、慌てて良い結果が出たことなど無いのだ。それに――この状況はある程度想定していた事でもある。


 この閉ざされた島の中だ。アルヴェンスの言葉を借りるならば、『向上心』のある貴族にとって競争相手を減らす絶好の機会。今回の参加者で襲われる可能性を考慮していなかった者など、一人として居なかっただろう。実際、コルチカも警戒をおこたる事はなかった。


 そして――現実として人は殺されたのだ。


 「コルチカ様、やはり今回の会合はアルヴェンスの罠です。来るべきではありませんでした」


 早足で歩くコルチカの後ろから話しかけるのは、上級の剣士であり彼の騎士、バーナバスという男だった。

 二十代半ばの剣士である彼は、眉をしかめながら苦言を申し立てる。だが、返ってきたコルチカの反応は彼に同意するものではなかった。


 「いや、その判断は早計と言う物だ。それに、彼らを殺したのがアルヴェンスかはまだ分からないだろう。第一、アルヴェンスにはアリバイがあったではないか」

 「それはそうかもしれませんが……」


 渋々ながらもバーナバスは同意せざるをえなかった。


 つい数十分前、事件が起きた事を知った十人の貴族が集まった時、誰が誰を殺したのかについて話し合いが行われた。


 話の焦点は、犯行に及んだと思われているスキャッターが騎士の内の誰なのかについて。最初に疑われたのは順当に、この会合を主催したアルヴェンスとその騎士だ。だが犯行が行われたと思わしき時間帯、つまり昨日の夜に、サイネリラとアルヴェンスが話し合っていたとサイネリラ自身が証言した。それは当然、騎士を連れて。


 しかし、それでもバーナバスのアルヴェンスに対する警戒が軽くなることはなかった。


 「アルヴェンスは手段を選ぶような男ではありません。スキャッターだろうと強ければ構わない。そういう男です」

 「確かにそうだ。だが、私はアルヴェンスの騎士はスキャッターではないと考えている。スキャッターに相当な強さがあるとわかったのは継承戦が始まった後、実際に数人の騎士が殺されてからだ。それ以前の実力不明の状態で、アルヴェンスがリスクを侵してまでスキャッターを勧誘するとは思えんのだ。

 アルヴェンスは手段を選ばない。それは正しいが、あくまで『勝つためには』手段を選ばないだけで、積極的に人を殺そうとは思っていまい。アルヴェンスが協力を求めるために我々を集めたというのも間違いないだろう」

 「ですが、他の誰がスキャッターのような者を騎士にするというのです」


 その質問に、暫くの沈黙が訪れる。


 スキャッターが誰なのか、皆目見当がついていないのだ。


 なぜなら、現在この島に呼ばれている騎士たちは全員、身元のわからない者だけなのだから。


 それをアルヴェンスは出来るだけ強い者を選んだ結果だと言っていた。確かにそういった面もあるのかもしれないが、ここにいる過半数の貴族に関しては違うだろう。アルヴェンスがそう考えたのは、彼の家がまだ歴史の浅い貴族だったからだ。

 十代も続いてるような貴族であれば、だれだって国にも知られていないような私兵を持っている。コルチカにとってバーナバスがそうであるように、強い者を選んだ結果ではなく、信頼できる者を選んだ結果がこれなのだ。


 いずれにせよ、この状況で騎士の誰がスキャッターか特定するなどは無謀なのだ。会話して何かが明らかになるわけでもない。それぞれの騎士が手の内をさらせば何かわかるかもしれないが、このような立場にあってそのような事をするわけがない。


 スキャッター以外にも人を殺した者がいる以上、他の全員を警戒し、己の身は己で守るしかないのだ。生き残りで集まった時も、結局その結論に達し、全員バラバラに分かれてしまった。


 「誰が誰を殺そうとしているのだとしても、私の目標は変わらん」


 まるで自分に言い聞かせるかのように、コルチカはそう呟いた。


 彼の目標。それは――生き残ることだ。


 人間としてあまりにも当然、貴族としてはあまりに最低限なその願いを、アルヴェンスのような人間が聞いたならば、向上心のない奴だと失望したことだろう。


 だが、王になれるかもしれないこの戦いでコルチカが望むことは、本当にそれだけだった。現在すでに三十五歳であり現国王と十歳の差しかないコルチカにとって、激務に追われる王という立場は、たとえどのような権力と引き換えであっても、命をかけるほど魅力的には思えなかったのだ。


 後十年若ければ、もしかしたら彼も積極的に何かをしようと思ったのかもしれない。だが、自分の最も能力のある時期は既に過ぎ去ったのだと、彼自身が一番理解していた。


 この会合だって、いち早くどこかの陣営の下に付き、自分に王を目指す気はないとアピールするために参加したのだ。


 その事を理解していたバーナバスは、理解しているがゆえに疑問を感じずにはいられなかった。


 「コルチカ様の考えは理解しています。ですが生き残るだけならば、他の者全員から隠れればいいではないですか。わざわざ仲間を探す必要はないのでは?」

 「いや、必要はある。お前の実力を低く見ているつもりは無いが……事件を起こした騎士はお前より遥かに強いだろう」

 「どういう事です?」

 「二組の貴族たちが殺された時、それに気が付いた者は一人もいなかったのだ。何人も集まっているこの屋敷の中であるにも関わらずな。もしお互いの力がある程度拮抗していたならば、一対一の無茶はせず、騒ぎを立てて他の者の応援を待つのが普通だろう。それが出来なかったのはつまり、抵抗すらしなかったほどに油断していたか、応援を呼ぶことすらできないほどに相手が強かったという事だ。そしてこの島の中で、油断している者などいるはずがない」


 それを理解したバーナバスは、自分の背中に嫌な汗が流れるのを感じた。船で見た騎士たちは少なくとも上級下位はあるように感じた、それが抵抗すらできなかったと言う事は、つまり。


 「まさか特級? 王国の兵士の中でさえ三人しかいないのに?」

 「可能性はある。そしてそうだった場合、お前ひとりでは対処できん。だから仲間が一人は欲しいというわけだ」


 そして二人は一枚の扉の前にたどり着いた。残った貴族たちの中で最も安全だろうとコルチカが判断した人物だ。


 そしてコルチカが右手を上げ、ノックをしようとし……その手を空中で止める。


 この人物ですら安全かどうかは不確定なのだ。彼の『スキル』で確かめるつもりではあるが、その過程で或いは、と考えずにはいられない。


 暫くの間ドアの前で佇んでいたコルチカの目に入ったのは、右手首に付けている紐のような形のお守りだった。生き残った貴族が集まったとき、事件を知った使用人の少年が貴族たちに配ったものだ。


 それを見て、コルチカは再び決意する。


 自分は生き延びなければならない。生き延びてみせる。


 そしてコルチカは扉をたたいた。

 サイネリラ・エル・デルフィニラスの部屋の扉を。

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