表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/100

実験12

 厨房は悲惨な状態だった。


 結晶の破片はラツィルクの死と共に消えているものの、その結晶が残した傷跡はそのままだ。具体的な状況をあげていくならば、あたり一面の壁という壁に傷跡を残し、調理器具をへこませていた。それらなどはまだましな部類で、食器の大部分は再利用すら不可能な程度まで粉々にされていた。


 だが極めつけは厨房の色だ。


 あたり一面、赤、赤、赤。


 これが元々キッチンの壁の色だったら、趣味が悪い程度ですまされるのかもしれない。だが、それは全て血の色だ。天井からゆっくりと滴るその様子が雄弁とそれを物語っている。


 入り口付近では一人の男が血を吐きながら倒れ、もう一人は頭部を中心に立派な血だまりを作っている。そしてそれから目をそらせば、二人の男が心臓に穴を開けた状態で死んでいるのが目に入る事だろう。


 その四人の内二人を一人ずつ殺害しているビショップとチョウリと言えば、その赤さを意に介さずに、真顔でお互いを見つめあっていた。状況が理解しきれないのだ。


 部屋に入ったばかりのビショップは当然。チョウリについても、何もない空間からビショップが現れれば不思議に思うだろう。


 その場はとにかく悲惨で異様だ。


 だが、彼らが放心している僅かな間に、デンカは脳をフル回転させた。


 自分のとるべき行動は何か。


 リリアの騎士であることを秘匿するのは当然の判断だ、それを話すことによってリリアに生じるデメリットは大きく、デンカが得られるメリットは無い。問題は、デンカが目的を持ってこの島に来た事を話すべきかどうかだ。


 目的について隠す場合、デンカは一般的な高校生のフリをしなければならない。つまり、今現在置かれている血みどろな部屋の様子に恐怖し、失神する勢いで悲鳴をあげなければならないだろう。ビショップの『透化とうか』と彼が平然と人を殺した事に関しては、知らないていでいくしかない。多少無理は生じるが……。


 メリットは自分の情報を完全に秘匿できること、デメリットは何一つチョウリから情報を聞き出せない事だ。ディスレキシアとチョウリの関係については、運よくチョウリが話す事を期待するしかない。


 それはきっと悪手だ。


 その時、チョウリがデンカの方に振り返った。時間制限が来たのだ。


 デンカの行動は――


 「チョウリ、わたしは騎士だ。だから継承戦初日にあなたがディスレキシアと共にいたことを見ている。チョウリは、ディスレキシアの騎士か?」


 単刀直入にそう聞くことにした。リリアとの関係はふせつつ、それ以外はある程度開示する。それがデンカの選択だった。


 その問いにチョウリは少し考え込むようなそぶりを見せるが、すぐに口を開く。


 「俺はごまかすのは得意じゃねぇみたいだからよ、そこまで知ってるなら正直に言うぜ。俺はディスレキシアの騎士だ。……お前は誰の騎士だ?」

 「それは教えない。だけど目的なら教えてもいい。わたしは貴族たちが何を企んでいるのか調べるためにこの島に来た」

 「そうか……なら敵じゃないな。」


 沈黙してしまうチョウリに、デンカは質問を続ける。元々そのために自分の情報を開示しているのだ。


 「あなたの目的は何? さっきの様子だとここにいる全員を皆殺しに来たってわけじゃ無いんでしょう?」


 デンカは先ほどの戦闘を思い浮かべながら言う。スカビオが殺人を命じた時、チョウリはまず説得を試みていた。ディスレキシアを王にするために敵を殺しにきたというならば、その必要はないのだ。


 この点を考慮したからこそ、デンカは自らが騎士であることを明かした――今すぐ戦う事にはならないだろうと。


 「俺の目的か……お前に教えてやる必要があるのか?」

 「必要はないけど義理はあるでしょう? あのスカビオという貴族がここに来た理由は、ディスレキシアの騎士がここにいると考えたからなのだから」

 「む……まぁそうだな。さっきスカビオのやつも言っていた事なんだが。お前、スキャッターって名前を知ってるか?」

 「もちろん、知っている。継承戦が始まってから既に四組を殺しているって奴でしょう? 姿は不明、手口も不明。だけど共通して殺した人間をバラバラにしているから、ついた名前が散らかす者(スキャッター)

 「一応は知っているみたいだな」


 そう言ってチョウリはデンカの情報を肯定する。だがその表情は苦々しく、とてもじゃないが同意している様子ではない。


 「だけどそれは知ってるだけでわかっちゃいねぇ。一足す一は二だとか、太陽が東から昇るとか、そんな情報を並べてるだけだ。

 スキャッターは殺したやつらをわざわざ苦しめてから殺している。――それすらマイルドな表現なんだがな。なんせ被害者の死因は最後の一撃。さっきのあの貴族は恋人を殺されたんだろうな。あんな風に現場を目撃した人間の精神がおかしくなっちまうくらい、スキャッターの殺し方は凄惨だ。

 イカれてなくちゃそんな事はできねぇ」

 「で、そいつがどうしたわけ?」

 「スキャッターは継承戦が始まってから有名になり、名が付けられた。だが、これは一部にしか知られていない事なんだが、実際に活動してたのは二、三年前からだ。その間被害者が最も多かったのがディスレキシアの領、そして継承戦開始後からは一般人の被害者が出なくなった。お前ならこの状況、どう考える?」


 なるほど――とデンカは思った。その情報を持っていたならば、スカビオのようにこう判断するだろう。


 「ディスレキシアが自領にいたスキャッターを騎士として選んだ――かな」

 「そうだ、だが、実際はちがう。あいつの騎士は俺で、俺には人を拷問する趣味はねぇ。ディスレキシアは元々良い評判を持ってなかったからな、スキャッターのやつは罪を全部ディスレキシアにおっかぶせようとしてるんだ。それは許さねぇ。

 長くなったが、俺がこの島に来た目的は『スキャッターを見つけ出して殺すこと』だ。少なくとも一つはな。まだ誰の騎士になったかはわからねぇが、最悪全員殺してでも、スキャッターはここで殺す」

 「そう……」


 チョウリの目的を理解したデンカは、今度は視線をビショップに向ける。


 優先順位の最も高い事項、つまり、『今目の前の男と敵対しなくてはならないかどうか』がはっきりした今、次に警戒しなくてはならないのは外の状況だったからだ。


 「ビショップ。さっき話していた状況を報告して」

 「そうだな! 俺も気になってた所だ」

 「わかったっしょ。俺も何となくここで何が起きたかわかったところだからな。

 まずルストリエとその騎士が殺された。詳しい事は省くが、状態からいってやったのはスキャッター。で、恋人の男がショックでここに殴りこみに来たって感じっしょ。

 もう二人死んだのはパシフラとその騎士。こっちはバラバラにされてねぇから、たぶん同一人物の犯行じゃない。

 最低二組、殺し合いを始めた奴らがいるっしょ。激しい争いの痕跡が見えねぇから殺し合いかはわからんがな。


 ――で、どうする? ボス」


 そしてデンカは考える。仲間割れをしたのなら、何を企んでいるか聞き出す必要もなくなったのだ。このまま勝手に自滅して減っていくのを眺めるのも悪くない。


 だが、『追い討ちをかけてもいい』。


 今、最もリリアに害があり、殺しやすい人物がいる――


 「チョウリ。そのスキャッターの殺害、私たちが協力してもいい」

 「あ? お前らになんのメリットがある」

 「ここにいる人間が減れば減るほど、わたしの王が安全になる」

 「ハッハッハ! さすがボスっしょ!」


 当然の事実を述べるかのように淡々とデンカはそう言った。その姿に、チョウリは警戒を強くする。


 日本にいた時はただの普通の高校生だと言っていたデンカは今、血のかかった服で、死体が転がっている部屋で平然とした顔をしているのだから。


 「……俺は日本にいたころ、輝かしい世界に生きていたってわけじゃねぇけどよ。お前はなんだ?」

 「高校生だったよ、兄にはよく狂っていると言われたけれどね? チョウリもそう思う?」

 「どうだろうな……。で、協力すると言ったがお前には何ができる」

 「スキャッターが誰か突き止めて見せるよ。まだ誰かわかってないんでしょ?」

 「おもしれぇ。なら、今のところは協力しようじゃねぇか」


 あと、とチョウリは付け加える。


 「全く検討がついてないわけじゃない。この島にいる誰かなのは間違いないんだ。そしてスキャッターが活動し始めたのは3年前だから、日本人じゃねぇ」

 「どういう意味? わたし達二人が同じ日に転移したから他の日本人もそうだと思ってるの? それはデータが不足しすぎてる」

 「うぐ……。そう言われたら反論は出来ねぇけどよ、まぁ同じ日だって確率はたかいだろ」


 それはデンカも認める事なので、話を続けるように促した。


 「実はな、昨日の料理は日本人なら『それらしい』クセがでちまうように仕上げたんだよ。だからわかる。サイネリラ・エル・デルフィニラスの騎士は日本人だ、間違いない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ