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実験9

 「今夜のディナーを最高の物にする用意はいいかてめぇら!」

 「「はい、シェフ!」」

 「食材に感謝を捧げろ! 俺達が食うために殺した生き物たちの命を無駄にするな! こいつらの死を最上のものにしろ!」

 「「はい、シェフ!」」


 ヴァミラ島に建てられている立派な別荘の厨房では、そんな掛け声がこだましていた。彼ら料理人たちの指揮をとっているのはチョウリだ。本来ならば審査をしていた人物が料理長となる予定だったのだが、デンカの知らないうちにチョウリがリーダーとなっている。彼の料理を食べたときに何らかの心境の変化があったのだろうとデンカは考えたが、彼女にとって誰が料理長になろうとどうでもいいことであった。


 ただ与えられた役割をこなしていく。


 それに今特にやりたい事もなかった。現在、島に到着したばかりの貴族たちは集まっているわけではなく、一時間後のディナーまで各々の自由に時間を潰している状態だからだ。いつ話し合いを始めようとしているのかはわからなかったが、少なくとも食事が終わるまでデンカが積極的に行動していく理由もない。


 「そう言えばお前はなにしてんだ?」


 デンカの後ろで立っていただけのビショップにチョウリが訪ねる。現状だと通路を塞いで邪魔なだけなので当然と言えば当然だったが。


 「俺は皿洗い専門っ――す」

 「あ゛あ゛? かわむきでもやってるか?」

 「いえ、彼はまだ見習いなので人に出す料理は任せていないんです」

 「そういう事なら良いんだけどよ」


 優しさからか、ビショップに何か仕事を振り分けようとしたチョウリを、デンカがすかさず止める。ビショップを楽させるためではない。ビショップに料理見習いの腕すらないことがばれるのを防ぐためだった。チョウリならばかわむき一つからもそれを読み取ることが出来るのだろう――そうデンカは考えたのだ。


 そして料理の下準備をすませ、数十分ほど時間がたつと、厨房には常に怒声が鳴り響くようになった。


 「てめぇ! 火の通りが足りねぇだろうが!」とか。

 「これを人に食わせようと思ったのか?! てめぇが全部食っとけ!」とか。

 「お゛ら゛ぁ゛あ゛あ゛あ゛!」とか。


 時に皿を叩き割り、時に壁を蹴り飛ばし、チョウリはわずかでもミスがあればそれを許さなかった。他人にも自分にも厳しいからこそ、あれほどの腕を手に入れたのかとデンカは納得せずにはいられなかった。だがそんなチョウリの姿をみてデンカがまず思ったのは、『この男ヤクザの関係者か何かだったのではないだろうか』だ。


 すべての料理を出し終わり厨房から解放されたときには、さすがのデンカも安堵の声を漏らした。


 「大変な目にあってしまった……」

 「ハッハッハ! あれはたしかに同情するっしょ、やっぱ何人かとすりかわってバックれるべきだったっしょ?」


 デンカは少しばかり考えてしまった。厨房の惨事を考えると、知らんふりしてどこかに隠れてしまうのは魅力的な提案だ。だが――


 「でも料理人って事にしておいたほうが便利だよ、だって貴族が食べてるあいだ自由に出入りできたし。屋敷の中で見つかっても不自然じゃないし」


 デンカが言った通り、料理を出しているあいだは万が一の不備に備える意味でも、料理人が数人食堂で待機していた。挨拶や料理の説明などは全てチョウリがこなしたが、デンカたち他の料理人が食堂で貴族達の話に耳を傾けていても不自然ではないのだ。


 「まぁわたしたちがいる間は料理の話ばっかで、重要なこと喋らなかったけど」

 「で、貴族共がいる部屋から追い出された今どうするっしょ? まさかこの壁に耳を当てて中の音を聞くって言うんじゃないだろう」


 ノックするように壁を叩きながらビショップは言う。現在二人がいる部屋は食堂のとなりの空き部屋だが、彼の考えではかなり分厚い壁が食堂を覆っている。それこそノックをしても中にまったく伝わらないくらいには。


 「それなら問題ないよ」


 そしてデンカは壁の厚さを推測する。彼女が食堂に出入りして、現在いる部屋までの距離を考慮し、行き来した全ての部屋の寸法を目測で頭の中に書き込んでいく。変則的に分厚く作られていた食堂の壁だったが、彼女はその空間把握能力で厚みを数パーセントの誤差で求め、それよりわずかに先に小さな盗聴器を作り出した。


 そして彼女は受信機を二人分作ると、片方をビショップに手渡した。


 「なんだこれ?」

 「それを耳につけると中の声が聞こえるはずだから」

 「姉御の便利アイテムは流石だな」


 そして二人が耳を傾けると、中で貴族達が話しているのが聞こえた。まだ世間話や料理の素晴らしさについて話しているようで、ガヤガヤと全体的に騒がしい。このままだと誰が喋っているかわからないので、ビデオか何かを仕掛けようかとデンカは考えたが、大きすぎて目立つだろうと思い、その考えを引っ込めた。


 しばらくするとアルヴェンスが咳払いをし、食堂が静寂に包まれた。


 「さてお集まりの諸君。食事も終わったところで本日のメインイベントに入ろうか! シグレ、扉を閉めて鍵をかけてくれ」


 『わかったわ』という声とともに扉がしまり、鍵のかかる音がした。


 「これでこの部屋にいるのは我々十三人の兄弟と、それを守る十三人の騎士だけとなったわけだ!」

 「さっさと本題に入ってくれない?」

 「そうだな、俺も回りくどい無駄は好きじゃない。単刀直入に言おう、ここにいる諸君には俺の配下となってもらいたい。俺に協力し、敵を打ち倒す手伝いだ。俺が王になった暁には地位でもなんでも約束しよう」


 その言葉にしばらくの沈黙が流れる。


 「……敵を打ち倒すというのは、仲間以外を殺すという事かな?」

 「そうだ! 何も法を敗れと言ってるわけじゃぁない、あらゆる手段を使っていいんだからな。それに殺すのは全員じゃなくていい、俺より優位に立ってる奴らだけだ」

 「なるほど、それでこのメンバーですか」


 アルヴェンスの言葉に納得したように、一人の男が呟く。


 「どういうこと?」

 「私はなぜこの十三人なのかと疑問に思っていたのですよ。アルヴェンスに関わりの深い人間ならば他にもいますからね。ですがこのメンバーには共通点があるのです」

 「元貴族ってこと?」

 「それもそうですがもう一つ。我々はこの国の戦士を騎士として選んでいないのです。出来る限り強い人間を、出来る限り広い範囲から選び出したのでしょう?」


 その言葉に反応してアルヴェンスは不敵に笑った。


 「そうだ。俺がそうしたように、他にもラッドクォーツの打倒を目指して騎士を選んだ者がいると期待したんだ。あいつは化け物だが何人かで協力すれば倒せるはずだろう。そしてそれ以外の王族も退ける事が出来るはずだ」


 再び部屋に沈黙が訪れる。


 「……殺してでも、かい? 申し訳ないけど僕の騎士はこの国の戦士じゃないだけで、他の国から選び抜いたってわけじゃないんだ。もちろん出来るだけ強い人物を選んだけど、王族を殺そうとは思えないな」

 「そうね、あたしも遠慮するわ。親は期待してるみたいだけどあたしは王になるのは最初からあきらめてるの。あなたを支持するだけならまだしも、そんな恨みを買いそうな事は遠慮しておくわ」


 彼らに続くように、他の貴族たちもアルヴェンスの申し出を断っていく。それに対してアルヴェンスは――


 「まぁいいだろう。せっかく三日間あるんだ、ゆっくり考えてくれ。少しでも協力してくれるなら後で話そうじゃないか」


 ずいぶんと潔く引くのだなとデンカは思った。それはアルヴェンスという男の印象とは程遠い行為だ。ビショップもそれを感じたようで、デンカに目配せする、


 「ぜってぇ本心じゃないっしょ、なんか企んでるんだろうな」

 「そうだよねぇ……」


 だが、盗聴している二人の考えとは裏腹に、アルヴェンスは話題をさっさと変えてしまう。


 「話をかえよう。今までの犠牲者について、特にスタッカートを殺したのが誰か知ってる奴はいるか? 体の一部が切り取られた状態で死んでたらしいが」

 「…………だれも知らないみたいね。私はあなただと思っていたけれど。個人的には拷問されて殺されてる方が気になるわ、だって四人同じ方法で殺されているんでしょう?」

 「そちらもやった人間がわかったという話は聞かないですね……。後は――」


 そうして彼らが話し出した事は、デンカも既に知っている事だった。十七人の犠牲者がおり、その全員について加害者が不明なまま。


 もっとも、そのうちの一人はデンカが殺したので彼女は当然覚えている。世間的には、彼女は冤罪をかけられただけで、真犯人は他にいるという事になっているはずだ。ネスタティオがどんな魔法を使ってそうしたのかはデンカにはわからなかったが。


 彼らが話終わり解散するまで犠牲者についての話は続いた。結局アルヴェンスの真意がわからないままだったが、デンカは割り当てられた部屋に戻り睡眠をとることにした。


 デンカは眠りにつきながら考える。島に来てからまだ一日、重要な事はこれから起きるだろう――

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