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実験8

 ヴァミール湖の中央に存在するヴァミラ島に向かって、三隻の船が逆三角形の陣形を取って移動していた。それらには今回の貴族の会合の参加者が乗っており、それらの船の操縦者までもが会合の参加者である事から、無関係の者は一人として存在していなかった。


 その三隻の船の内、先頭の二隻は両方とも同じ形状で、一種の遊覧船のような、小型化した豪華客船のような外観をしている。間違いなく一つ言えることがあるとすれば、それはその船が機能より優美さを優先した物だと言う事だ。そしてそんな船の外観にふさわしく、先頭の二隻に乗っていたのは貴族とその騎士たちだ。


 計十三組――数にして二十六名の者たち。


 彼ら全員が一つの船に乗っても船が沈むことは無かったのだろうが、そこをわざわざ六組と七組の二つにわけて船を用意させる辺り、正に貴族と呼ぶにふさわしいといえる。


 それに対し、その二隻の船に先を譲るようにして後ろに付いている船は、優美な外観をしているとはとても言えないだろう。とにかく積める貨物の量だけを重視したような形状で、外観で前の二隻に勝っている事があるとすれば大きさくらいだろうか。それすらもわずかではあったのだが。


 一時間にも満たないような移動時間にあっても、貴族と平民の間ではここまでの差が生まれるのか。と、そんな事を考えながらデンカは甲板に立っていた。となりにはビショップもいる。


 二人はデンカが生み出した双眼鏡を構え、目の前の船に向けていた。観察しているのは甲板に出ていて姿の見える数人の貴族たちである。


 「右の船のデッキにちっちゃい子がいるんだけど誰かわかる?」


 そう言ってデンカはビショップに問いかける。人の顔と名前を覚える事が苦手なデンカにとっては都合のいいことに、元の職業柄、ビショップは継承戦に参加している王族の名前と特徴を知っていた。


 「あれはサイネリラ・エル・デルフィニラスっしょ」

 「あれがサイネリラ……」


 サイネリラは赤いリボンのついた白色のドレスを着ていて、ウェーブのかかった金髪を風に揺らしながら船の上で踊っていた。何か楽しい事があったかのように踊るサイネリラは、絵画に出てくるような天使がそのまま十歳まで成長したのだと説明されても納得してしまう姿をしている。


 「ちょっと待って――エル? エル・デルフィニラス?」


 デンカは記憶を手繰りよせる。デルフィニラ家の人々は女であれば『ラ』、男であれば『エル』を苗字に着けていたはずだ。つまりサイネリラは……


 「エルで間違いないっしょ。あいつは男だ」

 「すっごいかわいいけど……」


 そして記憶を手繰り寄せたついでに、デンカはサイネリラの名前を前に聞いたことを思い出した。イベリッサいわく、新しい娯楽を広めている元貴族のはずだ。ならば娯楽を教えた人間も来ているのだろうかとサイネリラの周囲を見渡すと、一人だけサイネリラと共に甲板に出ている男が目についた。

 ――が、物陰が邪魔でよく見えない。


 この船の他の貴族たちは船内に引っ込んでいるらしいので、デンカは仕方なく視線を隣の船に移す。すると、まず最初に目に入ったのが船首付近でいちゃついているカップルだった。


 「なにあれ」

 「ありゃスカビオとルストリエだ、仲の良い婚約者って有名だったっしょ」


 赤い髪の男がスカビオで濃い青色の髪の女がルストリエなのだろう。両方ともデンカと同じ十七、十八くらいに見え、貴族の中でも貴族らしい大袈裟な服を着ている。恋は盲目という言葉を体現したかのような様子で、デンカにはその二人が有名な悲劇の登場人物を連想させた。


 しばらくリリアの姿を見ていなかったデンカは、その二人の姿に苛立ちを覚えさっさと目をそらした。


 「あの椅子に座ってるおじさんは誰かの騎士かな」


 船の甲板に並べられていた椅子に、一人だけ座っている人物がいた。彼は三十後半にギリギリ行かないくらいの外見で、茶色からやや色の抜けた髭をたくわえている。非常に落ち着いた雰囲気の人物で、椅子に座っている姿が様になっているとデンカは思った。


 「あれはコルチカ、れっきとした王族だな。今回の継承戦で最年長の男だ」

 「……ガウルテリオの兄弟って言っても通じる年齢でしょ、あれだと」

 「養子になったもんは仕方ないっしょ」

 「まぁそうだけどさ……。というかこっちの船甲板に出てる人多くない?」


 軽く見える位置にいる人を数えると五人いた。こちらの船に七組が乗っているとはいえ大きな違いだ。


 「多分だが、騎士だけ同じ部屋にぶち込んで王族だけは自由行動なんだろうよ。騎士を隔離しときゃ万が一も安心って考えっしょ」

 「なるほどねぇ。んで、次だけどあの風変わりな服装をしてるやつは?」


 大量生産技術が無くオーダーメイドの多いこの世界では、貴族たちの服装は特に個性的なのだが、その中にあってもなお目立っている少女が一人いた。年はリリアと同じ十五歳くらいだが、全身が赤色のドレスのようなもので包まれている。ドレスのようなものと表現したのには当然理由があり、ボタンの必要ない所にボタンがあり、チャックの必要ない所にチャックがあるなど、装飾過多だった。


 「ハハハ、風変わりか。そりゃセロージアのことっしょ。あんなでも同年代の娘がカリスマを感じるらしいから不思議だよな」

 「リリアがあんな恰好してたらショックかな……」


 まぁリリアなら何を着ていても似合うだろうけどね、と思いつつデンカは最後の人物に目を向ける。目に入ってきたのはデンカにも見覚えのある人物だ。


 その男は自らの力を誇示するように船の最も目立つ場所に立ち、半笑いで島をにらんでいる。その堂々とした姿はネスタティオを彷彿とさせるが、物理的にも内面的にも黒い印象を与える男だ。


 「アルヴェンス・エル・デルフィニラス……」


 アルヴェンスが今回の会合の主催者だ。島を真っ直ぐに見つめるその瞳には何を思い描いているのか、それはデンカには予想する事すらできないが、ろくなことであるはずがない。今の王族たちの状況で、この島に集まろうと考えるのがそもそもおかしいのだ。なにせこの島は――


 その時、船が突如として進むことを止めた。船が減速する事無く、瞬きひとつすらできないような間に。


 それはあり得ない事なのだろう。いかにゆっくりとした速度だったとはいえ、これだけの質量を持つ物体がその速度を短時間でゼロにすれば、それだけの反動はでるはずだ。


 だが、船は静止したわけではないのだ。


 船は文字通り『減速する事無く』、かつ、『進むことを止めている』。この筆舌尽くしがたい現象をなんとか言葉で表現するならば、『船は波を立てながら前に動いている』が『島への距離を縮めていない』と書くしかないのだろう。まるで、島と船の間に無限の距離が開いたかのように。


 「始まったっしょ……」


 ビショップが緊張した面持ちでそう呟く。彼もこの現象を見るのは初めてなのだろう、なにせこの現象を引き起こせる人間はこの場所以外にはいないのだから。


 デンカが視線をヴァミラ島から九十度右にそらすと、そこには一つの島があった。ヴァミラ島と陸の間に存在する一つの小さな島。


 その島には一人の女が住んでおり、何代も前のデルフィニラ国王との契約により、女は代々王族の為にある事をしていた。王族からの要請があった時、彼女は希望の期間だけそのスキルで島と陸の間に結界を張り、彼女と島の間にも結界を張る。


 その女とそのスキルについての詳細は省き、重要な結果だけをまとめるならば。


 アルヴェンスが要望した三日間の間、この島とその他全ての間には結界が張られる。そしていかなる状況で中にいる人間が出ようと思っても、いかなる状況で外の人間が入ろうと思っても、それは結界に阻まれて不可能なのだ。


 そして女が島の結界を解くのがわずかな間だけだったため、デンカは使用人として紛れ込むことを選んだのだ。


 「さて、なにが起きるかね……」


 動き出した船を――否。進み始めた船を確認しながら、デンカはビショップに呼応する。


 後ろを見れば、女が住んでいるという島は通り過ぎていた。もうどれだけ前に進もうとも、その島にたどりつくことはできないのだろう。


 三隻の船が向かう場所はもう一カ所しか存在しない。ヴァミラ島に向かい、彼らは三日三晩を会合に費やすしか無いのだ。多くても短くても、確実に三日間。


 それほどの時間をかけてアルヴェンスが何を話し合おうとしてるのか、デンカには予想すらする事ができなかった。

クローズドサークルを形成しましたがミステリーにジャンル変更したわけじゃ(以下略

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