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実験7

 「まぁここで立ち話もなんだからな、俺が泊まってる宿があるんだがそこで話さないか?」

 「構いません――ビショップ、あなたは先に戻って『準備』をしておいて」


 いつも通り貴族の情報を集めてこいという意味を込めて、デンカはビショップに指令をだす。ビショップもそれを読み取ったようで、デンカに目で合図を送った。


 「了解したっしょ」


 そして二組に分かれるようにチョウリはデンカを先導した。


 「さっきの男は日本人じゃねぇのか?」

 「見ての通り日本人でもなければ、地球の人間ですらありません。この世界に元々いた人ですね」

 「なんか随分慣れてる感じだなぁおい。――っと、ここが俺の泊まってる宿だ」


 チョウリが立ちどまった前には一軒の宿があった。この町で数日活動していたデンカがその宿を評価するならば、高級でもなく安くもない、平均的な宿だと判断するだろう。


 木でできた扉をくぐり、木造の建物の中に入ると、受付の前にいくつかの机と椅子が置いてあるような部屋があった。小規模ではあるが、地球に存在したホテルにも存在するロビーと似たようなものだ。


 チョウリがその中の椅子の一つに腰かけ、反対側に座るようにデンカを促す。


 「そんないい部屋取ってるわけじゃねぇから部屋に入れらんねぇけど、まぁここで勘弁してくれ」


 言い訳をするかのように弁解するチョウリだったが、デンカは気にしないと伝えた。

 もし仮にチョウリがデンカを部屋に連れ込んでいたら、三十歳の男が、男装しているとはいえ女子高生をホテルに招き入れるというよろしくない事態が起きたので、ロビーで話すことにしたのはお互い良かったのかもしれないが。


 そんな事はつゆ知らず、チョウリは本題に入った。


 「っとだな。まずはどこから話すべきなのか……。順序立てて説明するならこの世界に来た所から話した方がいいんだろうな――」


 そして一時間近くのやり取りの末、デンカとチョウリはお互いの情報を交換した。


 まずチョウリがこちらの世界に転移した経緯だが、デンカの時と全く状況は変わらない。

 同じ日、そして恐らく全く同じ時刻に、突如として謎の穴が空中に出現し、それに吸い込まれるようにしてチョウリはこの世界にたどり着いた。


 些細な差異を上げていくならば。チョウリの場合穴が出現したのは彼がいたキッチンの中で、その時にいくつか持っていたジャガイモが役に立ったという事。転移した先がデンカの場合森だったのに対し、チョウリは見知らぬ街中に転移していた事があげられる。


 お互い帰る手段どころか手掛かりすら掴んでおらず、日本人に会ったのはこれが初めてだった。


 「しっかし、剣と魔法の世界に来ちまうとはな、まるでゲームかマンガの世界だぜ。新しい食料に出会えたってのは収穫だけどよ。で、お前は今までどうやって生きてきたんだ?」


 来た――とデンカは思った。この流れで会話していれば当然その質問に行き着くだろう。


 王族に救われ、その騎士になり、敵の情報を探るために料理人として参加する事にした。――なんて事を説明するはずがない。


 「元の世界の料理を作ったり、木細工を売ったりしながら旅してた感じですね。貴族に会えれば元の世界の知識がもっと生かせそうですし、今回の募集は丁度良かったですよ」


 実際は兵器を作って、銃を撃っていたのだが、勿論話すはずがない。

 そしてデンカも同じ質問をチョウリに返す。デンカが最も聞きたかった質問だ。


 「チョウリさんはどういう経緯でここに?」


 そう。

 この男は継承戦初日の王の間で、ディスレキシア・ラ・デルフィニラと行動を共にしていたのだ。

 

 知らない町に転移したと言っていたが、ほぼ間違いなくディスレキシアの領に転移したのだろう。そして、もともと料理人の多かったその領で、ディスレキシアの目に留まったに違いない。


 それ自体は別にいい。チョウリの腕を持っていれば領主に気付かれないほうがどうかしている。それほどまでにチョウリの料理の腕は高い。


 だが、よりにもよって『継承戦初日の王の間で』、ディスレキシア・ラ・デルフィニラと行動を共にしていたのだ。


 あの日、王が何を話すかについてはある程度手紙に書かれていた。そしてそれを読んで尚、一人しか連れていくことのできない者としてディスレキシアはチョウリを選んだ。まさか継承戦と聞いて料理を競わせると考えるはずがない。そして辺境の地を領としているリリアと違い、ディスレキシアはある程度の地位も力もある状態でチョウリを選んだのだ。


 デンカはチョウリがただの料理人としてここに来たのではないと考えていたし、かなり高い可能性でデンカと同じように貴族の会合に用があるのだろうと考えていた。ディスレキシアの騎士がこの男という事も否定できない。


 だからこの質問に比べれば、どうやっていつこの世界に来たかなど、どうでもいい。デンカは帰りたい等と欠片も思っていないし、日本人だからと言ってこの世界の人間より親しくしようとも思わない。


 重要なのは、今、彼女の敵と成りうるかどうか。


 そしてチョウリの返答は――


 「色々あってな」

 「……色々ですか」

 「色々だ」


 誤魔化された。


 ここでデンカにまともなコミュニケーション能力が備わっていたのなら、巧妙に聞き出すことが出来たのかも知れないが――デンカの対人スキルは低かった。


 「色々とは……」

 「……まぁ色々だな」


 同じ答えを返し続けたチョウリもまた対人スキルの低い男であった。


 「と、取り合えず明後日からはよろしくな! 同じ日本人同士仲良くやろうぜ」

 「そうですね、ではまた明後日会いましょう」


 その日、この奇妙な世界にあってもなお奇異と括られるだろう、『転移者』に分類される二人の会話は、世間話のような規模で終わった。


 「――で、姉御。あのやたら料理のうまい男は結局なんのようだったっしょ? 姉御と同郷ってのは聞こえたけどよ」


 デンカが宿に帰ると、ビショップが部屋でくつろいでいた。デンカが取っていた宿もチョウリと同程度の場所だったのだが、二人部屋を取っているだけあって少し部屋は広めだ。


 「同郷なのは偶然だから今後考える必要はない。問題はあの男がほぼ間違いなくディスレキシアの関係者だということ」

 「はぁ?!」

 「ビショップ、何か新しくわかった事はあった?」

 「いや……貴族の連中が宿に泊まってるならともかく、全員別荘を持ってるような連中だからな。いくつあるかもわからない別荘を見て回るなんて不可能っしょ。ただ人数の方は貴族が十三人で最終決定だ」


 それを聞いてデンカは考え込む。


 十三人の貴族がヴァミラ島に『閉じられる』。だが、実際は十三組の二十六人、そして料理人のような使用人を含めれば島に閉じられる人数は五十人を超えるかもしれない。


 忍び込んでいる者がいる可能性もあるだろう。

 現に自分たちや、チョウリは招かざれる客なのだ。


 「ひと悶着あるかもねー」

 「何人か死ぬっしょ。何人死ぬか賭けるか?」

 「不謹慎だって言われそうだね」


 まるで何かが起きる事を、人が死ぬ事を、前提にして二人は会話する。


 その島の特徴を考えると、その予想は妥当なところなのだろう。


 それにこの時点ですでに、何も起きないというのはあり得ないのだ。


 イベリッサには情報を持ち帰るだけでいいと言われていたが、何事も起きずに十三組の貴族が企てを起こすのならば、デンカはそれを妨害するつもりでいたのだから――

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