実験5
デルフィニラ国王都とは文字通り王の住む都であり、この国でもっとも力のある国王が直接治めている土地でもある。それ故に、王都は他の領地と比べても段違いに広大だった。単純な面積だけなら王都より大きい領土はいくつか存在したが、人間が住み活動できる面積のみを比べた場合、王都は他のどの領土よりも二倍以上は大きい。
広大な面積は小型の国ほどもあり、王都の中だけを見ても多様な人々が活動している事からしても、まさに小さな国と言っても過言ではないだろう。
そして王都の中でも、一般的に富裕層と呼ばれるような人々が多く住んでいる地域があった。
その町の中央にはヴァミールという巨大な湖があり、その湖を囲むようにして町並みが形成されている。その湖の圧倒的存在感から、その町が湖から名前をとりヴァミアと呼ばれるようになったのも無理のない事なのだろう。ヴァミール湖とそこに生えている木々のおかげか、真夏でも暑さを感じさせず、貴族たちの避暑地としても人気が高い。ヴァミアの町はそんな場所だった。
そんなヴァミアの町の、湖に面した商店街の一角に、一つ周囲と馴染んでいない露店があった。その露店では見慣れない木造の工芸品を取り扱っているようで、店主らしい少女が周囲に声をかけている。
デンカだった。
「いらっしゃい! ねぇそこのお金持ってそうな人、面白いものあるよ!」
王都に来てからまだ三日ほどしか経過していないが、デンカは中央都市での用事を全て済ませている。
領の人で募集の張り紙を商業ギルドなどに張りだし、彼女が求めていた魔法や魔法技術に関する本も数冊手に入れた。機械に使えそうな材料は帰りに買っていけばいいので、残る任務は貴族の集会の情報を集める事だけとなっている。
貴族の情報集めは着々と進んでいるはずなので、現在彼女は資金集めも兼ねて、領で生産した品々を売っているところだった。
今も、彼女が売る奇っ怪な品々を見て、一人の男が興味を引かれたようだった。
「この箱はいったいどんな物なんだい?」
「これはからくり箱って言ってね――」
そうして彼女が商品の説明を始めると、初めて見る品に、男は目に見えて心を引かれていく。
デンカが用意していた物はカラクリと呼ばれる、木で作り出すことの出来る機械とも呼べる品々だった。だが魔法に依存した世界では、それすらも未知の技術なのだから珍しいのも無理はないだろう。
「面白いな! これを一つ買おう」
「ありがとー!」
そうして少しずつではあるが、確実にデンカの商品は売れていった。デンカにとって想定外だったのは、これらの品がかなりの高値で買われている事だ。ヴァミアに住んでいる人々が金持ちばかりだからなのだが、なんにせよ嬉しい誤算だった。
売れた商品を手渡して客が離れると、デンカは魔法についての本を読む作業に戻り、魔方陣を組み込んだ機械の製作にいそしんだ。
道を通っている人たちに積極的に話しかけても良かったのだが、デンカにとって露店を出している事はついでのついでであり、興味を持って立ち止まった人にしか声をかけなかった。
なにより、魔法機械の製作は少しずつではあるが順調に進んでおり、まさに今結果を出している所だったのだ。
デンカの目の前でレーダーのような画面を映し出す機械が声をあげる。
「マスター、後二十メートル程に接近しています」
「うんうん、うまくいってるみたいだね」
デンカが満足そうな声をあげた数秒後、デンカの隣――誰も、何もいなかったはずの空間に一人の男が立っていた。そこに移動してきたわけじゃなければ、突然出現したわけでもない。元々あったものがその姿をゆっくりと現したかのようだった。
それは『透化』のスキルであり、かつてデンカとリリアを殺害しようとした人物の持つスキルだ。
「色々情報集めてきたっしょ。……あんま驚いてないって事はこいつはしっかり働いてるって事かね」
ワックスを金髪に塗りたくり、いくつものベルトを巻いた軽薄そうな男――ビショップ・シューエルはそう言いながら首にはめられた赤色の輪を指差した。
それは魔方陣の仕組みについて多少なり理解したデンカが作り出したもの一つ。木で出来た輪の内側に魔方陣を書き込んだ、身に付けた人物の魔力をごく少量つかい微弱な電波を発生させる道具だった。この道具から電波を発生させ、彼女の目の前に置いてある機械がその電波を受信すると居場所が特定できる。
「そうだね、こっちの画面でしっかりあなたの場所は確認できる」
「それで俺が少しでも怪しい動きすれば爆発って……姉御は冗談きついっしょ」
ビショップの首に巻かれた機械はデンカの任意で爆発させる事が出来る――とデンカはビショップに伝えていた。
それは正しくない。
彼女の魔法知識ではまだ電波を送信する程度の事しかできず、受信させる事は不可能だった。ましてや爆発させるとなると、首に巻ける程度の面積では魔方陣の量が足りないだろう。
当然デンカの機械知識も組み合わせていいのならば話は変わるが、現在の彼女にはそれを一から作る材料も時間もなかった。
しかたがないので、デンカはスキルで産み出した仮の首輪をビショップの目の前で爆発させて見せ、それでビショップを警戒させている。
「まぁせっかく捕まえたのに、使わないのは勿体ないしね。あとその姉御ってのは何なのさ」
「給料払ってもらってる間は姉御が新しいボスだからな、ちゃんと忠誠誓うっしょ」
「でもビショップは拷問されそうになったらすぐ喋っちゃうもんね」
「そいつはしょうがない!」
そう言って笑いだすビショップからは、忠誠の欠片も感じることはできないだろう。だがデンカにとってそれはどうでもいい事だった。彼女は、別にビショップを信頼しているわけではないのだから。
潜入して捜査するならビショップは利用価値がある。そして仮に何らかの理由で裏切ったとしても、ビショップのスキルを把握している自分は、近付いたタイミングさえわかれば簡単に対処出来る。ビショップの『透化』のスキルには弱点がある。
それが。それだけが。デンカの判断基準だった。
「で、何かわかったんだよね」
「ああ、貴族たちがヴァミラ島に集まるってのは間違いないっしょ。そして期間は――」
「――二日後から三日間」
「なんだ、わかってたっしょ?」
「わたしもわたしで何もしなかったわけじゃないからね」
デンカはそう言うと少し考え込む。場所と時間を特定できたのは良い。だけどまだヴァミラ島に乗り込む方法を決めていない。湖を渡るだけならデンカのスキルと機械でなんとでもなるのだが、『あの島には、集まる貴族たちと同時に乗り込む必要がある』。
その方法を考えるデンカの心を読んだかのように、ビショップがなにやら意味ありげに指をたてる。
「実はもう一つ、かなり有益な情報を手に入れたっしょ」
「……なに?」
デンカはまだその情報を手に入れていない事を確信し、ビショップは勝ち誇った。
「貴族たちと一緒に島に『閉じられる』はずだった料理人が、半分以上こられなくなったらしい――そして腕の良い料理人をこの町で募集するそうだ。残った料理人から何人かとすりかわっちまえば、全員他人の厨房の出来上がりっしょ?」
自信たっぷりにアイディアを披露するビショップだったが、「いや」とそれを否定してデンカが不敵な笑みを浮かべる。
「その募集って一般から人を集めてるんだよね?」
「なんでも実際に料理させて、料理が美味かった奴を数人選ぶらしいが……」
「なら問題ない、わたしたちは堂々と料理人として乗り込もう」
デンカはまるでそれが決定事項であるかのように話す。その根拠がどこから来るのかわからないビショップはただ首をかしげた。
「どういう事っしょ?」
「料理っていうのは突き詰めれば化学反応の連鎖。わたしは結構料理が得意なほうなんだよ、ビショップ」
よく見る異世界メシウマにジャンル変更したわけじゃありません(笑)。
最後までジャンルは異能力バトルロワイヤルにするつもりです。




