実験4
「わたしに王都に行ってほしいの?」
「そう、実はある情報が入った……元貴族が何人か王都で大規模な集会を開こうとしている。主催者は恐らくアルヴェンス・エル・デルフィニラス。忍び込むのは難しいだろうけど、何人くらい集まったかわかるだけでも収穫だからね。それにこの情報はリリアのためにもなる」
イベリッサの言葉――特に最後の一言を聞いてデンカは考え込む。口をはさんだのはリリアだった。
「ですがイベリッサ、そういった理由でしたらデンカである必要はありません。ワスコの方がそういった集会が行われる可能性のある場所にも詳しいでしょうし」
「場所はほぼ目星がついているから問題ない。それにサルカンドロの事があったとはいえ、デンカの顔はまだ知られていない……少なくともワスコよりは。潜入する場合は適任」
「でも――」
「リリア。あなたがデンカの処刑を防ぐために彼女を騎士にした事は知っている。でも、デンカがあなたのために行動しているのも知っているはずでしょう? 彼女を選んだのだから、もっと彼女に頼るべきだわ」
いつもと別人かと思うぐらいはっきりとイベリッサが断言する。彼女のそんな様子にリリアは沈黙するが、デンカが手を挙げて会話に割り込んだ。
「興味深い話だけど、わたしは行く気ないよ」
「……どうして? あなたはリリアの為ならどんな事でもすると思ってた」
「勿論どんな事でもする。でも今はこの領の警備も緩いし、いつ敵が来てもおかしくない状態でリリアのそばを長時間離れるつもりは、無い」
デンカの言葉を聞いて、そういえばと、イベリッサは何かを思い出したような顔をした。
「私が悪かったね……これは。伝え忘れてたよ。デンカに王都に行ってもらってる間、リリアの事はワスコと――私とイクアシアで守る」
「イベリッサ達が……?」
デンカが困ったような、憐れむような表情をして続ける。
「バカにするわけじゃないけど、中級中位の戦士とイベリッサの二人が、わたしの代わりにリリアを護衛できるとは思えない」
デンカは自己を過大評価する事なく、過小評価する事もなく、出来るだけ正確に客観的に判断している。それは彼女がリリアの為に行動する上で、最も合理的に最適な選択を行うために重要だからだ。そして、ワスコやラッドクォーツからこの世界の強さの基準を聞き出していた彼女の分析は概ね正しかった。
中級中位と平均的な貴族――下級上位の魔術師相当の人間――二人が合わさった所で、最低でも上級中位の戦闘能力を持っているデンカの足元にも及ばないだろう。中級上位を打倒できればいいところだ。
だが彼女たちにリリアを任せる事にデンカが躊躇する理由はそれだけではない。
「それに――あなたたちがリリアの命を狙う可能性もあるでしょ?」
「デンカ?! イベリッサとは昔からの付き合いですからわかります、彼女はそんな事をする人ではありません」
「ううん、心配しても当然……デンカの立場だったら。強さに関してもそれに関しても、実際に知ってもらった方が早い。来て、イクアシア」
イベリッサが心細い音量の声でイクアシアを呼びつけると、赤毛のメイドはしっかりとそれを聞き取ったようで、速足で三人のいた場所に駆けつけた。今回はこけること無く。
「なにか御用ですか? イベリッサ様」
「うん……デンカ、私に攻撃してほしい。イクアシアはそれを防いで」
「ええっ?! デンカさんって上級でしたよね……私じゃ歯が立たないですよ!」
「イクアシア……バカ。勿論スキルを使って。そうしないと私が死んじゃう」
「ああ! そうに決まってますよね、了解です」
イベリッサとイクアシアは二人で納得するが、当然のようにリリアとデンカは困惑したままだった。
「いいの?」
「本当に安全なんですか、イベリッサ? デンカのスキルは何と言うか……滅茶苦茶ですよ?」
「大丈夫だし安全……爆発とか屋敷が傷つかない攻撃の方がいいけど」
心配する二人とは反対に、イベリッサは自身ありげにそう保証する。
「そこまで言うなら」
そう言ってデンカはスキルを使い、手の中に武器を生み出す。そしてラッドクォーツに放ったのと同じ散弾銃を、イベリッサとその前に立つイクアシアに向けた。
もしかしたら、と、万が一を考慮していなかったわけではない。目の前の二人が何をしようとしているのかデンカにはわからないが、彼女達が傷つく可能性もあるのだろう。
だけど、デンカは銃を撃つことに躊躇は感じない。万が一二人がこれで死んだとしても、こう考えればいいだろう。
――その分不相応な自信でリリアを守れると豪語し、彼女を危機にさらした罪を死によって贖ったのだと。
轟音と共に、散弾が放たれる。
宙に散らばった数十粒の鉄塊は、その一つ一つが致命の威力を持つ攻撃であり、どの一つをとっても無視できる物ではない。それが、音を超えた速度で、丸腰のイクアシアに迫る。無傷でいたいのならば、何か盾になる物の後ろに隠れるか、ラッドクォーツのようにデンカのスキル射程圏外に逃げるしかないだろう。だが、イクアシアが取った選択はそのどちらでもない。
「ハアッ!」
掛け声と共に彼女は――あろうことかその全てを空中ではじき落とした。一粒すら残さず。指で突くだけで。
戦士最強と言われているラッドクォーツでさえ、デンカが散弾を放った時は射程圏外に逃げたのだ。少なくともそれは、中級に分類される人間に出来る行為ではない。
だが、デンカが感じた違和感はそれだけではない。彼女に至近距離で撃たれた散弾を防ぐ実力があるのも十分おかしいが、問題はその防ぎ方。
まるで光を反射する鏡のように、あるいは『彼女自身が散弾となったかのように』、すべての弾に正確に、同等の攻撃を加えている。少なくともデンカにはそのように見えた。
デンカは逡巡する。イベリッサは攻撃を加えてくれと言ったが、攻撃を続けるべきかどうか。そしてその一瞬の思索の末出した結論は、追撃。デンカはより強力な銃を作り出し、引き金に指をかける。
そして引き金を引こうとした時――イベリッサの体から透明な『何か』が拡散した。それは物理的には存在せず空気のように完璧な無色透明だが、イベリッサを中心に確かに存在し、一辺十メートルほどの立方体の形をしている。
「『攻撃することを……禁じます』」
イベリッサがそう宣言した瞬間、デンカ達四人を包み込んでいるその『何か』はイベリッサの声で波打つように波紋を作った。
「これは何?」
小銃を構えたままデンカは質問する。彼女は引き金を引くことができない。引かないのではなく、引けない。
「私たちのスキル……それを今見せた」
「イベリッサはスキルを授かったのですか?!」
「リリアと違って魔法を使うのが上手だったわけじゃないからね……少し悩んだけど、授かることにした。この戦いはきっと弱いままでは生き残れないと思ったから。ハズレだったらネスタティオの所に引きこもるつもりだったけどね」
イベリッサが座ったままイクアシアに目配せをし、イクアシアはその意図をくみ取って話し始めた。
「ハイ! 私のスキルは『戦等』です! 合計で三十分間。一日につきそれだけの間なら、私はどれだけ強い相手にも引き分け続ける事ができます!」
「そして私のスキルは……『欠界』。この中では、私が禁じたあらゆる行為が『欠ける』。つまり私達二人が協力すれば、例え誰が相手だったとしてもイクアシアが時間を稼ぎ、私が戦闘を禁じられる。絶対不敗の組み合わせ」
二人は満足そうに自らのスキルを宣言する。
「すごいじゃないですか! イベリッサにこんなスキルが有ったなんて!」
「それって生きることを禁じたら最強なんじゃない?」
「世の中はそんなに甘くなかった……命に関わる行為に関しては干渉不可。『欠界』のなかでは私も影響を受けるから、私の心理的に干渉できないのだと思う。呼吸を止めるとかも厳しい」
イベリッサの説明を聞いてデンカは考える。この二人のスキルならば、確かにどのような相手がこようとも、リリアを守ってくれるだろう。デンカにとっては少し不本意だが、リリアを守ることだけに限るのならば彼女以上にこの二人は適している。
ならば懸念は――
「わかるよ……デンカが考えている事。だから『嘘をつくことを許しません』。あなたがいない間、私は全力でリリアの事を守るよ。ほら、イクアシアも」
「私も全力で二人を護衛するつもりです!」
デンカは『兄達の事が好きだ』と嘘を言ってみようとするが、その言葉を口から出すことはできない。そして確かに『欠界』の力が働いている事を確認した彼女は、イベリッサのスキルの説明に嘘があった場合の事を考えた。
彼女だけが制約を受けていない場合、制約を受けるのが一人だけの場合……。
だが彼女の中で結論は出ている。もし他人の行動を根本から禁じるスキルがあったとして、使用者自身に抜け道のあるような強力な物ならば、回りくどい事もせずに自分たちを殺せるだろう。少なくともデンカにはそうしない理由が思いつかなかった。
「わかった、王都の方にはワスコの代わりにわたしが行くよ。やりたい事もあったし、他にリリアを守ってくれる人がいるなら心配もないしね」
「ではお願いします、デンカ。ワスコにお願いしようと思っていた事は後で文章にまとめて渡しますね」
「ありがとう……デンカ。そしてお願いしておいて言うのもなんだけど、気を付けて。きっとこれからあなたの前に現れる騎士たちも、想像できないような力を持っているだろうから。無茶はしないでね」
デンカは頷き、真実を語ることしかできないその空間の中で、宣誓する。
「安心して、わたしはどんな事があっても必ずあなたの元に帰って来るから」
その時にリリアが見せた微笑みは、まるで太陽のようにデンカには感じられた。




