実験2
「数週間ぶりでしょうか。私もイベリッサと話しておきたい事がありますが、とりあえずは食事にしましょう?」
リリアの提案に同意するように、イベリッサの腹から音が出た。
この少女は出会うたびに腹で挨拶をするのかとデンカは疑問に思ったが、イベリッサはデンカのそんな考えを気にする素振りもみせない。
「そうしよう……食事も重要だから」
イベリッサのその一言とともに、三人は一階の食堂に向かった。部屋に入ると、机の上には既にスープやパスタなど、1日の最後の食事を飾るにふさわしい料理の数々が並べられていた。量をみるに、イベリッサが来ることを考慮して作られたのだろう。だからといっていつも以上に豪勢だということもなく、いつも通りのワスコの料理だった。
だが一つ、いつもと大きく異なる事があった。
いつも通りなら、給仕を行うのはワスコとメイドの二人のみなのだが、今日はもう一人食堂で動き回っている人物がいた。
二十代前半のその女性は、赤い長髪をその先端近くで一つに束ね、スカートの無いメイド服の様なものを着ている。スカートが無いといっても、もちろん下半身を露出した状態ではなく、単純に下にはいているものがスカートではなくズボンであるというだけなのだが。
食堂に入った三人と目が合うと、そのメイドは三人に駆け寄った。
「お初にお目にかかりま――」
そして彼女はその挨拶を終える事なく、三人の前で盛大にずっこけた。
「彼女はイクアシア……ドジっ子。だけど私の騎士だから私を守ってくれるはず」
「うう……その紹介の仕方は酷いです」
嘆きながら立ち上がるイクアシアだったが、すぐに気を取り直した様子でデンカとリリアの方へ顔を向ける。
「お初にお目にかかります、リリアドラス王女! そしてその騎士のデンカさんですね。 私はデルフィニラ国、中級中位兵士の一人、そして現在はイベリッサ様の騎士、およびメイドを勤めております、イクアシア・リブラウムです!
お二人の話は少しですが聞いております。なんでもリリアドラス様は、辺境の土地しか与えられなかったにも関わらず、短期間で村にまで発展させたとか。しかもデンカさんが村に来てからは以前以上の速度で開拓が進んでいるとか!」
「始めまして。そんな風に評価していただいているなんて、少し恥ずかしいですね」
イクアシアの言葉にリリアははにかみながら照れるが、デンカはドヤ顔を披露した。
「ハハハ! リリアの力にわたしの知識が合わさればこの程度は当然だけどね。むしろ発展はこれからだよこれから」
「デンカさんはイベリッサ様とラッドクォーツ先輩に聞いていた通りの人ですね」
「むぅ……」
少し複雑な気持ちになるデンカだったが、イベリッサがさっさと食卓に着いて食事を始めてしまったので、リリアとデンカもそれに従った。イクアシアは立ったままだったが、彼女はイベリッサの騎士兼メイドであり、騎士兼友人であるデンカとは少し事情が違う。もっとも、デンカがそれを見て平民と王族が同時に食卓を囲むことに疑問を感じたとしても、彼女は迷わずリリアの隣に着席していただろうが。
「うん。やっぱり美味しい……ワスコの料理は」
話があると言って訪れたはずのイベリッサだったが、黙々と料理を食べ続け、結局食べ終わるまで一言も発する事はなかった。三人が食事を食べ終え、二人のメイドとワスコがテーブルを片付けはじめてようやく、彼女は本題に入る。
「話をしよう……話さなくちゃいけないことがあるから。まずはリリアが継承戦について知ってる情報を確認したい」
「そうですね……」
リリアは少し暗い表情をして、継承戦の現状について頭のなかで反芻する。王族と貴族が、ましてや今は兄弟同士となった人達が殺しあっている現状は彼女にとって辛いものだったが、その思いをふりきって情報を整理した。
「私の知っている継承戦の現状ですが。既に十七名の王族が亡くなっているはずです。元王族が九名、元貴族が八名です」
十七人。
王位を賭けた戦いの中で、その人数が多いのか少ないのかは判断の難しいところだ。
だが、継承戦が始まってからまだ一月。開始前に殺害された一人を含めてもその数が二桁を越えるというのは、十分に多いと言えるだろう。
リリアはその数のあまりの多さにため息をつきながら、続ける。
「私たちが王都を出た日だけで、王都の数ヵ所で六名が殺されたと聞いています。しかも、数ヵ所ということは恐らく犯行に及んだ王族が複数名いるということです。
人を殺してでも王になりたいと考える人がこんなにも存在し、即座に行動に移せるとは思いませんでした。
ですがそれよりも重要なのは――スタッカート兄様とアーロンさんが殺された事です……」
知っている情報を再整理して、リリアはさらに表情を暗くする。だが、それを聞いたイベリッサはどこまでも淡々と、完全に無関心で他人事であるかのように頷く。
「正しい……リリアの持っている情報は。今何人が競争相手を殺すことに積極的になっていると思う?」
「当日に死んだ人数と状況、そしてその後に殺されている人数と場所を考慮すると、既に実行に移したのが十組といったところでしょうか。現在殺人を視野にいれている人数ともなると……正直考えたくもありませんね……。せめてスタッカート兄様が存命であればここまで状況が悪化する事も無かったのでしょうが」
「そうだね……三兄弟が生きていれば、貴族達も王位を奪うことの難易度とリスクを考慮して、あの三人のうちの誰かの下につく無難な判断をしたはず。あの日の父様の発表は衝撃的すぎて考えるには時間がなかったけど、冷静になればそれが一番無難な事に気づいたはずだから」
「兄弟と言えばネスタティオからの連絡が途絶えてるんだけど、大丈夫なの? わたしが欲しいって伝えてた鉄とか魔法に関する本とかが来ないんだけど」
「重要参考人だからね……ネスタティオは。スタッカートを殺せる可能性があって、殺して一番得をする人。もちろん父様のあの発表があった訳だから、罪に問われたり拘束されたりはしてないけど、今は他の兄弟を刺激しないように、私たちと連絡を取ることを自粛してる」
イベリッサがここで一呼吸いれる。
今までの会話はあくまでもお互いの知識を再確認しただけであり、既に全員がある程度把握していた事だったからだ。
彼女はリリアの部屋に入った当初から抱えていた袋をおもむろに取りだし、ワスコ達によってキレイに片付けられたテーブルの上に広げた。
それは三十センチ四方の箱で、中には絵のかかれた板のような物が数十枚入っている。その他にも木でできたサイコロや文字がびっしりとかかれた羊皮紙が入っていることから、それが元の世界で言うところのボードゲームではないかとデンカは目星をつけた。
「今までは少し暗い話……これからは少しいい話をしよう。継承戦発表後、それが原因かどうかははっきりわからないけど、いくつかの領は目覚ましい発展を遂げている。リリアの領は人口が少ないから、そこまで目立ってはいないけど、この領地の発展の仕方もおかしいよ……一応いっておく。
話を元にもどすね、すごい速度で発展を遂げている領地にはある共通点があるの。現在発展している領地はどこも何か新しい文化が芽生えてる。画期的な発明とか、そんな程度じゃない、例えるなら『まるで遠い遠い国から』来たみたいに。
デンカ、あなたのように存在すらしなかった知識を持ってる人がいるの」
「それは……あれ? わたしが違う世界から来たって言ってたっけ?」
デンカの質問にイベリッサは首を横に降る。
「驚いた……でも納得。違う世界なんてあるんだね、私は魔法に詳しくないからなにも言えないけど」
異なる世界についての話題など、魔法の存在するこの国であっても衝撃的なはずなのだが、イベリッサは無関心そうにデンカの発言を流した。
そして話ながらもイベリッサが並べていたボードゲームのピースを、リリアが一つつまみ上げ、不思議そうにそれを観察する。
「これも、その発展している領地の物なのですか?」
「そう……このボードゲームは貴族や平民の間で大人気。これを売り出した領では、今までなかった新しい形の娯楽が次々と発表されている。楽しいから……後で遊ぼう」
「可愛らしい絵ですね、これは魔物なのでしょうか? すごくふわふわしてそうです」
リリアのその言葉にデンカは眉をしかめる。
「ちょっとまって。二人ともこの生き物に見覚え無いの?」
「私はない」
「私もありません」
デンカが指を指したその紙に描かれていたのは、柔らかい体毛が服などの材料として利用される動物――羊だった。




