実験1
「さぁ、実験を始めよう!」
村の外れ、まだ開拓がそれほど進んでいない地域で、上神電荷は盛大にそう叫んだ。彼女の声は彼女の前にうっそうと生い茂る森の中にこだまし、後ろで彼女を見守っていた数人の村人、兼生徒たちは、怪訝な顔をしてデンカの行動を見守っていた。
デンカが村に訪れてからまだ一月ほどしか経っていないが、彼女の実験を一度でも見たことのある人間は1人残らず理解していた。
彼女が実験をすれば、またとんでもないことが起きる。
彼女が産み出すものは、時として村にはっきりと目に見える形で利益をもたらす便利な農具であったり、大きな音を出して高速で動き回る鉄の怪物であったりしたが、彼らのような村人でも確かに言えることは、どうせデンカの考えは理解出来ないだろうということだった。
つまり、今現在デンカが『奇械』によって作り出した種子島銃を、十メートルほど離れた位置に生えている木に向けていても、生徒たちにできることはただ黙ってそれを見守る事だけなのだ。
「よーし! そろそろ発射するよ!」
発射とは何か、そもそもその道具が何なのか。生徒たちの疑問は尽きないが、質問をする者等いるはずもない。
デンカが引き金を引くと、轟音が響き、種子島銃が火を吹いた事が村人にも確認できた。流石に銃弾は視認できなかったが、それでもデンカのその行為が、どのような結果を狙った木に及ぼしたかは一目瞭然である。
十メートル離れた位置の木。
つまりデンカのスキルの射程圏外の木に、銃弾はしっかりと命中し、めり込んでいた。
これって結構危険な物なんじゃね、と言う感想が、それを見ていた多くの生徒たちの脳裏に浮かぶが、それについてデンカに質問しようとする者もいない。
聞いても理解出来ない言葉の羅列が、彼女の口から出てくるだけなのだ。それに、生徒たちも何だかんだで彼女の事を信用していた。
村人たちも慕っている領主、リリアドラス・ラ・デルフィニラのために、デンカが命をかけて悪い貴族を倒した事は有名になっていたのだ。それは一種の英雄譚であり、若い村人たちにとって、デンカはまさに英雄だった。
「ふふふふふ、ハッハッハッハッハ!」
故に、彼女が木に銃弾を撃ち込んで高笑いをあげていても、高笑いがどれだけ村の中に響き渡ろうとも、それを見ていた生徒たちが顔をしかめるだけですんでいるのだ。
かろうじて。
もちろんデンカにとって周囲のそんな葛藤など知ったことではない。たとえ彼女が周りの顔をみて複雑な心境を悟っても、その原因を推察することはデンカには出来なかっただろうが、それ以前に。
彼女は実験の結果に歓喜していた。
「これで射程圏外の敵でも撃ち殺せるぞ!」
彼女の物騒な言葉に、彼女の生徒たちはさらに顔をしかめる。むしろ、デンカが高らかに殺害予告をしているにも関わらず、顔をしかめるだけですんでいる生徒たちの胆力の方がおかしいのかもしれないが。
兎に角。
デンカは大変満足していた。
「良かったですね先生。何が良かったのかはわかりませんが」
「本当に良かったよ。今までわたしのスキルで作ったものは射程を出るとすぐに消えちゃってたけどさ、ようは『わたしのスキルで作られた物じゃなければ』いいんだよね」
「はぁ」
デンカがこれ以上叫ぶ前に落ち着かせようと話しかけた生徒は、早くもその決断を後悔していた。デンカが説明を始めてしまえば、後はおとなしく頷き続けるしかない。
「いやーなんで気付かなかったんだろうね。気付いてたら最優先で作ったのに、銃弾」
「はぁ」
「これはあれだな、レールガンとかも作れば撃てそうだな」
「はぁ」
「あぁでも大きさとか考えると、銃器のほうが作り出せる速度も早いし、威力も不満ないしなー。今は火縄銃以外の銃の弾丸作る事に専念しますか」
「はぁ」
「それに頭のなかで機械をイメージする練習もしなくちゃね。今の速度だと、武器を持ち変えたときに隙が大きすぎるし。そうそう、それに魔方陣についても多少わかってきたしそれを使ってなにか作るのもーー」
「先生!」
頷くだけの機械と化した生徒を助けるべく、一人の少女がデンカの話に割り込んだ。
「今日は畑にまいたコップンの様子を記録するのではありませんでしたか?」
「あーそうだった、そうだった」
デンカが思い出したように立ち上がると、今度は彼女が作り出した種子島銃を通して、『奇械』が声をあげた。
「それにマスター。マスターの予定では森林の開拓、金属の加工技術の向上、木造の建物の建築、農業の発展などなど目的が大量にあったはずですガ」
「確かにその通りなんだけどねー……」
『奇械』が言っているように、現在デンカのなかでは、彼女の知識とスキルを総動員させて村を発展させていく壮大なアイディアが展開されていた。その計画はここ数週間、問題なく進んでいたのだが、最近になって一つの問題に直面していた。
「どう考えても人手が足りないよね」
目覚ましい発展を遂げる村のなかで、人口だけはそう簡単に増やすことの出来ないものだった。生徒同士をくっつけてしまおうかと考えた事がデンカにもあったが、彼女のその計画は実行に移されるまでもなくとん挫した。
デンカ自身に恋愛経験が存在しなかったというのも要因の一つだったが、なにより、どんな手を使ってどれだけ村人にをくっつけようが、人口に影響を及ぼすまでに数十年はかかってしまうというのが大きい。
「先生?」
「うん。今は今できることからこなしていこうか!」
考えを切り上げて、数人の生徒たちを引き連れながら、デンカは今日も村へと向かう。木々の伐採や、データの採取など、道具がそろってきているので村人たちに任せられることも増えてきていた。急がなくても、間違いなく村は発展しているのだ。
デンカが一日の仕事を終えると、時刻は午後の六時ほどで日が沈み始めていた。彼女が三階建ての屋敷に向かうと、いくつかの部屋の明かりが既についている事が見えた。
「ただいまー」
デンカがそう言いながら屋敷の扉を開けると、リリアの執事であるワスコが彼女を出迎えた。
「おかえりなさいませ。お嬢様がデンカ様に話したいことがあるとおっしゃっておりました」
「リリアが?」
どんな用事なのか若干の疑問を抱きながら、デンカは屋敷の三階にあるリリアの部屋の前に行って軽くノックをした。中から返事が聞こえ、デンカが扉を開けると、リリアが彼女を出迎えた。
「おかえりなさい、デンカ。村の調子はどうですか?」
「順調だよ、今日はね――」
そしてデンカが今日の成果をリリアに伝えてゆく。
これはここ数日で二人の間に生み出された日課のようなもので、デンカが報告を済ませると同時にリリアはうんうんと頷き、彼女もその日の仕事に一段落つけるのだった。だが今日はいつもとは少し様子が違い、デンカが進捗を伝え終わった後も二人の話は続いている。
「やはり人口が不足してきましたか」
「そうだね、わたしが一人でやりすぎてるのが原因なんだろうけど、このままだとどこかでほころびが出て急停止しちゃうと思う」
二人の懸念は、なにも人手が足りないという事だけではない。
百人の為に千人が住める村を作ってもそれが機能しないように、デンカがむやみやたらと技術のレベルを引き上げても、現状の小さな村のままでは機能しない。現在は彼女が歯車となってある程度の無茶を可能にしているが、歯車が無くなってしまえば変わりが必要になるし、いかに優秀な歯車とはいえ接続できる物の個数にが限度というものが存在する。
「それに関してなのですが、実は一つ試してみたい事があるのです」
「そうなんだ、どんな事なの?」
「それは――」
リリアがデンカの質問に答えようとしたその時、扉が数回ノックされ、リリアの返事を待つことなく扉が開けられた。
「やっほう。いろいろ話に来たよ……あと遊びに」
入ってきたのはイベリッサ・ラ・デルフィニラ。相変わらず眠そうな顔をする少女は、遊びに来たと言っておきながら気怠さを隠そうともしていなかった。
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