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彼女は奇怪な機械の女王

 二人の男、ネスタティオとラッドクォーツは薄暗い牢獄の中を歩いていた。


 「ネスタ様の計画通り、ですか?」

 「計画通りだと? ははっ、馬鹿を言え。あいつは期待を一回りも二回りも上回って見せた、予想など出来るものか」


 二人は軽快に言葉を交わしながら歩みを進める。


 「俺が予想していたのは、リリアとサルカンドロが対立状態に成るだろうという所までだ、こんな事態は予想できん」


 ネスタティオがメルカルダ領の監獄に訪れた表向きな理由は、数日前に起きた事件の詳細を知ること。すなわち、サルカンドロ・エル・デルフィニラスと謎の男一名が死亡し、謎の少女一人が瀕死の重傷を負った事件の調査だった。


 だが二人がわざわざ監獄まで来た本当の理由は違う。二人は、この事件の重要参考人であり唯一の容疑者であるデンカの様子を確認する為にここにいた。


 「対立って言いますけど、リリア様は殺し合いとか戦争とか積極的にするタイプじゃないと思いますけどねぇ。デンカも戦いに慣れてない感じだったし、二人とも死ぬってのもあり得た気がしますけどね」

 「その時はそれまでだ。リリアは民を思う事、治める事は出来ても上に立つ器ではないのだと諦めた。だがリリアは積極的ではないにしろ、やるべき事はきっちりこなす女だ。

 サルカンドロが貴族殺しを雇って攻撃を仕掛けていたと知れば、何らかの方法でそれを追及して『貸し』を作っただろうさ。

 本当はそのタイミングで我々が介入しようと思っていたんだがな」

 「理想通りにはいかなかった、って事ですね」


 ラッドクォーツの言葉を聞いて、ネスタティオは静かに笑い出した。


 「理想通りじゃない、理想以上だ! 俺は同盟を思いついてから常々思っていたんだ、リリアドラスに足りないのは武力と攻撃性だと。だがウワガミ・デンカを拾ってあいつはその両方を手に入れたんだ。

 ははは! まさかデンカが単独で乗り込んで全てを潰すとは予想していなかった! 最初あの女について聞いたときはどんな狂人かと思ったが、存外に役に立つじゃないか」

 「なら今の状態は大分不味いんじゃぁないですか? このままだとデンカ殺されちゃいますよ」


 二人が得た情報によれば、駆けつけた衛兵たちの治療により、被害者の一人だと思われていたデンカの傷は問題ない状態まで回復している。だが、すぐに彼女がサルカンドロ殺害の犯人なのではないかと判断され、サルカンドロの父親、アルガンドによって処刑されようとしているらしい。


 「その時は、それまでだ」


 いつになく真剣な顔でそう言って、ネスタティオは立ち止まる。

 彼の眼前にある牢の中では、デンカが仰々しい魔方陣の中央で手枷を付けられて拘束されていた。それは魔力の行使とスキルの行使を阻害する高度な魔方陣で、強力なスキルを持つ者を高速する場合に使用されている専用の牢だった。


 「……」


 ネスタティオとラッドクォーツが牢に近づくが、デンカはそれに興味が無いといった様子で、魔方陣に描かれた文様を観察しながら、ぶつぶつと呟き続けていた。時折彼女の周囲に黒い煙のようなものが渦巻き、何らかの形を作ろうとするが、それらはすべて霧散していった。


 スキルは間違いなく魔方陣によって阻害されている。

 だが、もし魔法に詳しい人間がその光景を目にしていたら、あまりの驚愕に言葉を失っていただろう。デンカは試行錯誤を繰り返すことで、事前の知識が全くないにも関わらず、着実に魔方陣を理解しつつあった。


 「ウワガミ・デンカ」

 「なに?」


 ネスタティオが話しかけて、始めてデンカが彼の方を向いて反応する。


 「サルカンドロを殺したのはお前か?」

 「そうだよ」

 「このままだとお前は処刑されるぞ」

 「そうだね」

 「元の国に帰りたいとは思わないのか?」

 「別に」

 「死んでもいいと思っているのか?」

 「そんなわけない」

 「こうなる覚悟があったのか?」

 「勿論」

 「……」


 そこまで質問してネスタティオは閉口した。彼の人生で出会ったどのような人間と比べても、デンカは異質であるように見える。まるで自ら感情を抑え込もうとしているかのようだ。

 だけど今の彼女を見ても、あれだけの事をしでかした人間と同一人物のようには思えない。彼女の中には何かある。――いや、なければ説明がつかない。


 「そんなにリリアドラスが大事なのは何故だ」

 「彼女が『素敵な人』だから」

 「……? お前がここで死ねばリリアを守る者は居なくなるぞ」

 「そうならないように、わたしは全力をつくす」


 それを聞いて、ネスタティオは部屋中に響き渡るような大声で笑い出した。


 「フハハハハハ! なるほど、少しだが理解したぞ、お前を! 何処かもわからぬ国にきて、訳の分からぬままに殺されかけ、それでも喜々としてこんな事をやってのけたお前の行動原理がよくわかった。

 やはりお前は狂っているんだな。

 俺の下に来るように再び勧誘するつもりだったが、この様子では無駄足だったか」

 「笑いに来ただけなら不快だから帰れ、ネスタティオ」

 「そうさせてもらうとしよう」


 そう言ってネスタティオはあっさりと踵を返し、その場を後にした。牢屋から少し離れた位置で、ラッドクォーツがネスタティオに問いかける。


 「デンカを牢屋から解放するって言ってたのに、あれで良かったんですか?」

 「仕方がないさ。そんな手間をかけても、あれは今の状態では使い道が無い。あれを救えるのはきっと世界で1人だけ。助からなければ、その時は、それまでだ」


 そして二人がデンカの視界から完全に歩き去った次の日、看守がデンカの入っている牢を訪れ、裁判を行うと言われて連れ出された。


 牢獄から連れ出されたデンカが見た物は、法廷のような空間が作り出されている広場だった。

 そこには裁判官らしき人物がいて、周囲には何が起きるのか興味を持った野次馬がいる。だが、法廷と大きく異なる点を一つ上げるとすれば、それはその空間の中央に絞首台が存在することだ。


 デンカがその絞首台に立つと、裁判官が小槌を打ち鳴らした。


 「被告人の罪状は――」


 そして裁判官はずらずらと長い前口上を並べていくが、デンカはそれを聞こうともせず、反対方向にすわっている男に目を向けた。


 サルカンドロの父親、アルガンド。


 その男がデンカをすぐにでも処刑しようとしていた事をデンカは知っている。現在行われている裁判のような茶番はすべて、デンカを公開処刑するための前座に過ぎなかった。


 「この者を死刑とする!」


 そして再び小槌が音を鳴らした。


 弁護人など付けられるはずもなく、デンカはただ絞首台の上に立たされた。しかし、これから処刑されるというのに、彼女の表情は静かに平坦だった。


 そして彼女を支えている床が外されようとしたその瞬間――


 「待ってください!」


 ――それを止める声がした。


 死ぬ寸前にあっても一切の感情を見せなかったデンカが、その声を聞いて動揺を目に表した。


 彼女には何も伝えずに来たはずだった。彼女に迷惑をかけるつもりは無かった。


 「リリア!」

 「サルカンドロ・エル・デルフィニラス、及びその騎士の殺害を命じたのは私です!」


 その場に集まっていた群衆がどよめきを上げる。

 そしてそれ以上に、デンカの心は揺れ動いていた。自分のミスが彼女に被害を加えるのかと思うと、心臓が締め付けられるような錯覚を覚えた。


 「そこにいる女性は私の騎士です! そして騎士同士ならば、『あらゆる犯罪行為は許可』されています!」


 騒ぎを無理やり押し付けるように、アルガンドが音を立てて立ち上がりリリアを睨み付けた。


 「そのような言い分が通じるはずがないだろう! 貴様に騎士を選出する気が無かったのはわかっているんだ!」

 「国王陛下は騎士の選出に猶予を設けました! 第一、先に攻撃を仕掛けてきたのはサルカンドロさんの方です、私には正当なる防衛として反撃する権利がありました!」

 「ぬぅぅ……」


 アルガンドは拳を震えるほど強く握りしめ、顔を怒りで赤く染めた、そしてフンと鼻を鳴らすと、デンカの背後に立っている処刑人に命令する。


 「かまうな! その女を吊るし上げろ!」

 「止めて――」


 デンカが立っていた床が引き抜かれ、彼女の体が重力で加速した。ゆっくりと落ちていくのを感じながら、デンカは思う。

 目の前で自分に向かって手を必死で伸ばす、顔を恐怖でゆがめた彼女の姿が、自分の記憶に残るリリアの最後の姿になるなんて、嫌だ。


 そして彼女は落下し――地面に着地した。

 本来絞首刑に処されればぶらぶらと宙に浮くはずの受刑者の足は、しっかりと地面に降り立っていた。


 絞縄は切断されていた。


 「ラッドクォーツ!」

 「ラッドクォーツさん!」

 「やぁやぁデンカ、それにリリア様。助けに来たよぉ。正確に言えば不正をただしに来たんだけどね」


 どこからともなく一瞬で駆けつけたラッドクォーツは、デンカの首を絞めようとしていた縄を切断し、絞首台の上で堂々と立っていた。

 そして群衆の間から現れた男の顔を見て、アルガンドが顔をしかめる。


 「ネスタティオ第二王子ッ……」

 「父上の命に従えぬような愚か者でも、俺の名前は憶えているようだな、アルガンド。貴様と貴様の息子がしでかした犯罪の数々については証拠がそろっているぞ」

 「というわけだからデンカ、後は僕たちに任せていいよ」


 デンカを拘束していた手枷をラッドクォーツが切断する。


 そしてデンカとリリアはお互いに駆け寄り、無事を確認するように抱き合った。


 「デンカさん! 朝になったらデンカさんが居なくて、捕まってるって話を聞いたときは、私、どうしようかと思って」

 「ごめんリリア……。わたしはこんな風にあなたに迷惑をかけるつもりはなかった」

 「わかっています、デンカさんが私のために傷だらけになっている事を」


 とっさにデンカは自らの腹を隠すように抑えた。腹の傷は完全に治癒した訳じゃなく、まだ生々しい傷跡を残している。

 リリアはそれを見て、傷を負ったのが彼女ではないにもかかわらず、苦しそうな顔をした。


 「私にはわかりません……。なぜあなたが私のためにここまでしてくれるのか」

 「リリア。この世界に来たときわたしは独りぼっちで、独りぼっちのまま死んでいくんだと思ったんだよ。それまでは他人なんてどうでもいいと思ってたんだけど、この世界の中でたった独りかと思ったら寂しくて悲しくて心細かった。

 だから、あなたがあの森の中でわたしを見つけてくれた時、起きた私を優しく抱きしめてくれた時、本当に本当に本当に嬉しかった。

 あなたが笑ってくれるだけでいい。

 あなたが存在してくれるだけでいい。

 あなたが幸せでいてくれるだけでいい。

 その為ならわたしはどんな事でもしてみせる」

 「デンカさん……」


 余りにも真剣に、真っ直ぐに見つめてくるデンカの様子にリリアは目を伏せる。そして、何かを決意したように顔を上げ、リリアもまたデンカに向き直った。


 「私は、それほどまでに思ってもらえる事をできた自信がありません。これ程の恩と無償の愛をあなたに返せるかもわかりません。だからせめて、私に可能なすべてであなたを肯定したい。

 だから、もしあなたさえ良ければ、本当に私の騎士になってください。あなたという得難い友人にふさわしい私になれるよう、私も全力を尽くしたいから」


 その時デンカが浮かべた表情は、彼女の冷たい人生の中で最も暖かく、最も歓喜に溢れていた。


 「もちろん!」


 そして抱擁を交わしながらデンカは決意した。


 彼女の笑顔を守って見せる。

 彼女の命を守って見せる。

 彼女を幸せにして見せる。


 たとえどんな手を使っても、論理的に合理的に、そのためだけに。


 だって、森で助けられたその日から。


 彼女は奇怪な機械の女王。




 王位継承戦、その最後の参加者、上神電荷はこうして戦いに脚を踏み入れた。


 歯車の回り始めた機械のように、彼女は決して止まらない。


 目的を達成するか、壊れるまで。

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