実験22
デンカの周囲に発砲音が鳴り響いき、硝煙の匂いが立ちこめる。彼女は今まさに、目の前の男、ダズガンザ・カマスとの交戦を始めていた。
スキルの射程圏内ギリギリにダズガンザが居るように位置を取り、追いかけてくるダズガンザに向かって銃弾を撃ち込む。屋敷の廊下を半ば走りながら行われたその難事の中にあっても、彼女の瞳は恐ろしい動体視力でダズガンザの動きを捉え、正確な射撃を可能にしていた。その命中率は凄まじく、ほぼ全ての弾丸がダズガンザに直撃している。
だが、その全ての弾丸は命中したのと同じ回数だけダズガンザの体表ではじかれた。ガキンと。まるでとてつもなく硬いものに当たったかのように。
デンカが使用していた銃は拳銃。移動しながら片手だけで打てるその機動性から彼女はその武器を選択したが、そのメリットは威力の低下というデメリットを伴ったものだ。
とはいえ、拳銃の威力がいかに低くとも、それが武器である以上、当然人体に損傷を与えるだけの性能は有しているはずである。ましてや五メートル以下の至近距離で、薄着しか着ていない人間に対して無傷など本来あり得るはずのない事だ。
ならば――
デンカは銃口をダズガンザの眼球に向けて発射する。正確無比に打ち出されたその弾丸は、彼女の計算通りの軌道を描き――ダズガンザの頬に当たって弾かれた。
ラッドクォーツには到底及ばない速度ではあるが、ダズガンザも一流の戦士であり、弾丸を見てから回避する速度を持っている。デンカの作り出している機械はダズガンザにとって見たことも聞いたことも無い物だったが、デンカの一挙一動に彼の視覚を集中させる事で最低限の動きでダメージを避けていた。
再び、二人の距離がゼロになった。
ダズガンザの巨体から拳が繰り出され、空気を引き裂くような速度でデンカの真上から床へと振り下ろされる。
「……!」
だが、今回は不意を打たれたわけではない。
デンカはバク転するように後ろ向きに飛び、空いている左手で地面に着地、右手に持った拳銃をダズガンザに向けて撃ちながら、二回転ほどして距離をとった。
「奇妙な動きに見たことのないスキルだ。お前は誰だ? ビショップの代わりに来たって事はあいつを殺ったか」
彼女の動きはすべて、地球で身に着けた器械体操の技術がもとになっているので、ダズガンザが見たことが無いのも当然だ。拳銃は言わずもがな。彼の疑問に答える必要はないのだが、デンカはあえて口を開く。
「ウワガミ デンカ。あなたのそのスキルは『体殻』だね」
半信半疑だったが、間違いない。ダズガンザのスキルは『体殻』、それは文字通り体を殻で覆ったかのように硬化させるスキルだとデンカは聞いていた。しかし、話から想像していたより厄介だ。殻のように硬くなっているだけで、実際にそれをまとっているような動きになるわけではない。薄着の機動性に優れた状態で、鎧以上、少なくとも銃弾をはじくほどの防御力を手に入れている。
「……ビショップの奴がしゃべりやがったな」
「指の先端からやすりで削り落とすって脅したらペラペラ話し出したよ、直ぐに話したから危害も加えてないし命も奪っていない。あなたも、今すぐこの屋敷を出ていくなら殺さないんだけど」
デンカのその言葉に反応し、物陰に隠れていたサルカンドロが怯えながら顔を出した。
「ダズガンザ! 俺を守りながらそいつを殺せ! 報酬は弾むからな!」
その声を聞き、顔を見てデンカは眉をしかめる。
この男を殺さなければならない。そうすればきっと自分の中で渦巻くこの感情も収まるのだろう。いつだって、そうだった。
「落ち着きな坊主。あんたは金を払って、俺はそれに乗った。それを途中で投げ出したりしないのが俺のポリシーだ」
状況は振り出しに戻った――かのように見えた。だがダズガンザは動かない。
彼は金の為ならどのような聖人でも、どのように不幸な人物でも容赦なく殺す悪党だが、馬鹿ではない。彼は自らの強さを自覚しているが、最強だとおごってはいない。
ダズガンザは数回の戦闘でデンカのスキルのおおよその射程を導き出していた。何かが燃えるような匂い、すなわち硝煙の匂いが途切れるその境界で飛来する彼女のスキルも消えていると。
そして、彼には一対一でデンカを倒そうという気は無かった。一対一でも負けるとは思わないが、わざわざ相手の射程距離に入らず、単純に衛兵の応援を待って包囲させるのが確実だからだ。デンカと衛兵では相手にもならない事はダズガンザも理解していたが、衛兵が来て数秒でも隙が生まれれば、この戦いは決着する。
「どうした? 坊主を殺すんじゃなかったのか?」
ダズガンザがデンカを挑発する。そしてデンカが取った行動は――攻撃。
彼女は片手で持てる機動性を捨て、威力を伴う小銃を両手で持ち、ダズガンザに照準を合わせた。
一歩。
二歩。
ダズガンザを射程に入れるためにデンカが距離を詰める。
そして彼女の三歩目が地面に着地するその瞬間、同時にダズガンザも彼女に向けて踏み込んだ。
凄まじい速度での踏み込みだが、それを見失うほどデンカの動体視力は低くない。ダズガンザの心臓に向けて、ライフルは発砲された。
「――ぐッ!」
踏み込みながらダズガンザが身をよじった事により、銃弾はダズガンザの心臓をわずかにそれ、彼の体にを沿うようにして進んで横にそれた。拳銃の何倍もの威力を持つライフルの弾丸は、確かにダズガンザの体を抉る事に成功した。だがその傷は命に関わるほどの深さでは無く、ダズガンザの突進は止まらない。
三度目。二人の距離がゼロになる。
同時に攻撃を行ったデンカに回避するすべも防御する手段も存在しなかった。真っ直ぐに指を伸ばしたダズガンザの手刀が――デンカの脇腹を貫いた。
「ウグッ……」
手刀による突きを食らい、デンカは体をくの字に曲げた。辛うじて身をそらし、穴をあけるような形ではなく横腹を切り裂くような形になったが、傷は小さくない。ドクドクと血を流し続けているその傷を放っておけば、彼女は間違いなく死ぬだろう。
ダズガンザが勝利を確信したその瞬間、デンカの頭上、体を曲げた彼女の背中側に、彼の見たことの無い物が黒い渦を巻きながら現れた事に気が付いた。
「むっ……!」
それを警戒したダズガンザは、そこからどんな攻撃が繰り出されるか注意深く観察しながら、射程圏外に逃げようとデンカから距離を取った。
常人を超えた速度で後退するダズガンザだったが、それが作動した瞬間に五メートルの距離を取ることは出来なかった。そして、彼が射程圏外に出る事が出来なかったとわかった瞬間、デンカは勝利を確信した。
――『光』より、早いものは存在しないのだから。
閃光弾が破裂し、すべてを消し去るかのような光が空間を支配した。
「ガァッ!!」
閃光を凝視していたダズガンザは、あまりの光量に目を抑え悲鳴を上げた。たとえどのように硬い体を持っていても、仮に彼の眼球までもが鋼鉄のような強度を誇っていたとしても、光を感受する機関である眼球がその役目を放棄することはない。そしてそこに数秒の隙が生まれた。
「さぁ、実験をしよう! お前を貫く火薬の量を!」
それは、勝利の宣言。
デンカは一時的に視力を失ったダズガンザにライフルを向け、引き金を引いた。
そして岩が砕けるような音とともにダズガンザの心臓に穴が開き、辺りに血が噴き出す。
サルカンドロが悲鳴を上げる中、ダズガンザ・カマスは絶命した。




