実験20
雨はやんでいた。
外ではリリアが服を汚しながらも、三号の墓とするための穴を掘っている。わたしが機械を作って手伝おうとしたけど、『私がやらなくてはいけない事』だと言ってそれを拒否した。
わたしには彼女がどんなことを考えているか想像することすらできないけど、きっとそれは彼女にとって意味のあることなんだろう。
わたしはそれ以上何か言うこともできず、彼女がその作業を終えるまで見守ることしかできなかった。
だけど、わたしにはやらなければならない事、いや、やりたい事がある。
もし。
あのゴミのような二人の兄がこの場に居たのなら、わたしの行動を批判したかもしれないし、からかったかもしれない。だけど例えわたしが間違っていたとしても、わたしが不完全だったとしても、わたしの心はわたしにとって間違った物では無い。
わたしはいつだって、自分のために動くと決めている。
「ワスコ、知りたいことがある」
「何でございましょう?」
「この世界のスキルについて、人の強さについて、魔法について」
他人のスキルとか他人の強さとか、今でも大して興味はないけれど、リリアをこれからも守るには絶対に知っておかなければならない。
だって、今回わたしは最初の一撃を防ぐことが出来なかった。
今回だけではない、最初に襲われた時だって、三号が鳴き声を上げなければわたしは気付くことすらできなかっただろう。そういう意味では、三号の方がわたしより遥かに役立っている。アレが危険を察知しているのが野生の勘かスキルかはもう調べられないけど、アレは確かにリリアに迫る危機を防いで見せたのだから。
「ワスコ、わたしは強くならなくちゃならない。どんな敵が襲ってきてもリリアを守ることができるくらい」
わたしは心のどこかで自分の持つ兵器の力に慢心していた。ラッドクォーツにその強さを見せつけられた後も、彼が強さの上限だと決めつけてしまっていた。この世界にどんなスキルが存在してどんな魔法や武器が存在するか、その全てを理解していないと言うのに。
人が透明になれるなんて考えたことも無かった。そしてその固定観念が今回の結果を生んだことは自分でもよく理解している。
「――わたしはこの世界の人間じゃないから」
「どういう意味ですかな?」
わたしの言葉を聞いたワスコは驚愕を隠せずにいる。その反応は正当な物だし、予想していた。だけど、わたしは隠していたこと全て伝えなければならない。その上でこの世界に付いて教えてもらわなければならない。
「言葉通りの意味だよ。わたしの居た世界はね――」
説明したのはあくまで最低限の部分、つまりファンタジー的な要素が皆無であり、この世界のような魔法やスキルや突出した身体能力がありえないという事だ。
「……なるほど」
わたしの話を聞くと、ワスコはそう言って神妙に頷いた。その表情から、わたしが言った事を信じてもらえたかどうかは読み取れない。
「信じたかどうかはこの際どうでもいいよ。でもわたしが何も知らないって前提で説明してほしい」
「かしこまりました。まずは何から説明するべきか――」
「とりあえずスキルについて知りたいかな」
「そうですな。まず、スキルについてですが全ての人が授かっているわけではありません。スキルを授かる権利を持つ者は五十人に一人かそれ以下と言われています」
これはなんとなくわかっていた。単純に周りにいる人でスキルらしき物を使っている様子の人がいなかったからだ。でも五十人に一人なら村の人は何人か持っていても良い気がするが。
「スキルは生まれながらにして持っている人と成長途中で授かる人がおります。ですが、スキルは一人一つしか授かることができません」
「わたしの場合はこの世界に来て授かったって事になるのね」
「はい。突然授かる場合が多いそうですが、条件などはわかっておりません。また、スキルを授かる事ができる場合でも、自分の意志でそれを拒否することができます」
「何故? もらえるなら貰っておけばいいんじゃない?」
やはりと言うべきか知らない事が出てきた。科学を愛する以上、何か決めつけるような考え方はできるだけしないようにしているけど、それでも固定観念を完璧に消すことはできない。
「スキルを授かった者は魔法を扱えなくなるのです。極稀にその両方を扱える方も居るそうですが、それはあくまでも例外でございます」
「でも魔法だと皆同じことしか出来ないでしょ? せっかく珍しいスキルがもらえるなら貰った方が良いように感じるのだけど」
「スキルには当たりはずれが存在して、授かるまでそれがわかりません。それにこの国は他の国と比べても魔法に依存している傾向が強いので、魔法を失うリスクが大きいのです」
「じゃあ殆どの人がスキルを持ってないってわけ?」
「そうなりますな。特に貴族や王族など魔法の訓練が充実しておこなえる方ほど、スキルを拒否する傾向が強く見られます。お嬢様もスキルを授かる素質は持っているようですが拒否しておりますね」
って事は社会に馴染む気の無い犯罪者とかリスクを侵してでも力が欲しい人しか、スキルを持っていないわけか。
「で、肝心な事なんだけど、今日みたいに奇襲を仕掛けられるようなスキルってどれだけ存在するのかわかる?」
その質問にワスコが難しい顔をした。
「スキルは千姿万態でございます。一説によると、一つのスキルは同時に一人しか持たないと言われるほどなのです。デンカ様のスキルのように名の知られたスキルはいくつか存在しますが、全てのスキルを把握することは不可能でしょう……」
これは困った……。何が起きるか想像もできないって事になってしまう。
「なら次はこの世界の人間の身体能力と魔法について聞きたいんだけど――」
残念ながら、そうやってワスコから聞き出すことのできた話の中に有効だと断言できるような情報は少なかった。
身体能力に関しては、魔力で肉体を強化しているので鍛錬さえすれば幾らでも上達するだろうって事しか新しい情報が無い。ラッドクォーツほど素早く動くことのできる人間は居ないだろうって事は強調していたけど。
魔法については、わたしがロールプレイングゲームとかで培ってきた知識と大きく違わなかった。ただ、召喚魔法とかバフデバフは存在しないのと、発動までに赤色の魔力が発生している事が見えるので奇襲には使えないとのことだ。
今まで聞いたことが、今後役に立つかはまだわからない。だけど知識は武器になる。知らないより知っていた方が絶対に良い。
「後は――いや、これはいいや」
「?」
出しかけた質問を止めたのでワスコが不思議そうな顔をした。でもこの質問を聞くのならワスコよりも適任がいる。
「もしかしたら近いうちに出かけるかもしれないけど、気にしないでね」
「……左様ですか」
ワスコへの質問も終わって、食べそこなった昼食もいただいた後、わたしは屋敷を出てある場所に向かった。
ここが日本であったならば、わたしの行動はきっと間違っていると言われるのだろう。あるいはこの世界であっても、わたしは間違っていると言われるかもしれない。
でもそんな事は今更だ。周りになんと思われようと、なんと言われようと、自分自身が行動したいように行動する事しかできない。それに、人の考えている事なんてどうせ理解できるわけがない。
薄暗いその建物の中に入ると、牢の中に入れられた男が声をかけてきた。
「誰かと思ったっしょ! さっきのメッチャ強いお嬢ちゃんがなんのようだい?」
「お前に聞きたい事がある」
さぁ、実験を始めよう。




