実験2
「ぐえっ」
謎の穴から吐き出されるように出てきたわたしは、倒れながらそんな声を上げてしまった。
うっ、少し土が口に入った……。
いや、そんな場合じゃないよ!
慌てて穴の方向へ振り向いたが、何事もなかったかのように穴は消えている。
「うっそでしょ」
そんな事を言ってみるが、何も起こる気配はない。
穴のあった場所で手を動かしてみても、虚しくからぶるだけだった。
……。
これはもうどうしようもない。気を取り直して状況を整理しよう。
わたしの周囲、三百六十度全方向には、モニターに映っていたような代わり映えのない森が広がっているだけだ。
わたしが別の場所に飛ばされてしまったのは間違いがなさそうだ。
つらいね。
さて、人が瞬間移動する類のオカルト話でありがちなパターンは三つある。
一つ目は一瞬で長距離を移動して、どうやって移動したのか不明なパターン。
わたしが巻き込まれたのがこれなら、人に出会えれば何とかなる。英語も話せるし、ワープした国の人に事情を説明して保護してもらえばいいからね。そして帰ることが出来れば、わたしも都市伝説の一員となる事ができるし、悪いことばっかじゃない。
二つ目は神隠しとかよく言われる、別の世界に行っちゃうパターン。
これの場合は謎の世界に行くけど数週間後とか数年後とかに帰れる話が多い気がする。
まぁ帰ってこれなかった人の話が残らないだけなのかもしれないけどさ。
三つ目は過去にワープしてしまうパターン。未来に飛んでしまったって話はあまり見ないけどそっちの可能性もあるかな。
最近のドラマとか映画とかでは、未来の知識を使って活躍して帰還みたいなのが多いけど、オカルト話的には未来人の記録があるだけで、戻れたって話はあまり聞かない気がする。
いやー。
この手の話は結構好きな方だけど、まさか自分が巻き込まれてしまうとは思わなかったよね。
「ね、三号」
被害者同士わかりあえる事もあるんじゃないかと思って三号に話しかけてみるが、三号はキュイと鳴きながら睨み付けてくるだけだった。
いや、そんなに睨まないでよ、ほんの少し反省してるから。
まぁ畜生に話しかけても仕方がないか。
気持ちを切り替えて次の行動を思案する。
さて、遭難した場合は同じ場所で救助を待つのが鉄則って聞いたことがある気がするけれど、わたしの場合救助なんてあてにならないからなー。
とりあえず周りに人工物らしきものがないか確認してみますかね。
決断したらすぐ行動。わたしは三号が入っているカゴをつかみ、適当に歩き回ることにした。
そして、三時間ほどが経過し、日が落ちる。
川を見つけることができたのは大きいんだけど、人どころかその痕跡も見つけられない。
まさかアマゾンに来てしまったんじゃないだろうな。
少しネガティブになってきたわたしは夜空を見上げながら横になる。
夜中の森を歩き回るのはエネルギーの消耗が激しいし、何より眠い。
……ん?
あ!?
やばい。
これは絶対にやばい。
雲ひとつない夜空に浮かぶ数多の星々、それらの位置が地球で見られる星の位置と大きく異なっている。
天文学はそこまで詳しくないけど代表的な星座くらいは知っている。
だから間違いない。
わたしがいるのは過去や未来ですらなく――もはや地球ではないのだ……。
== == ==
わたしが異世界に来てから、そろそろ四十時間が経過する。
あれから必死に川沿いを歩いて人を探し回ったが、成果は全くない。
そしてそれに反比例するように、異世界であるという根拠は次々に見つかった。
例えば虫。
昆虫は通常足を六本もってるんだけど、この世界には四本足のものや八本足のやつらがいる。まぁ地球なら八本足はクモに分類されるんだけど、この世界のそいつらは見た目からしてクモには見えない。
少なくともわたしの記憶の中にそんな生物はいない。
他にも木とか花とか見覚えのないものはいたけれど、そんなのより決定的なものについさっき遭遇した。
それは像を二頭並べたくらい大きい癖に、ワニみたいな口を持っていて、ゲームに出てくるドラゴンみたいなやつだ。
あんなの地球にいてたまるか。
ここまでくると、そもそもこの世界には人がいないんじゃないだろうかという考えがわいてくる。あんな恐ろしい生物がいる世界で、人間が生きていけるわけがない。
この大きな世界で人間がわたしだけ、それはあまりにも恐ろしい考えだ。
わたしもこっちに来てから何も食べていないし、そろそろ死んでしまうかもしれない。
「あぁ、ローストビーフが三号に見えるよ……」
「キュイ……」
なにか声を出して抗議しているようだが、その声も弱弱しい。
……遠くで音が聞こえる。
何かが近づいてくる。
人?……幻が見えているのかもしれない。
「おい、お嬢……が倒……るぞ」
そこで、わたしの意識は途絶えた。
== == ==
「おん?」
死んでないぞ?
目を開けると見えるのは白い天井。
わたしは豪華そうなベッドに寝かされていた。
するとさっきまでのは夢……なわけがないよね。
見たことのない部屋にいるし、お腹もまだ減ってる。
すると、ガチャリと音がして、ドアが開いた。
「良かった、意識を取り戻したのですね」
人だ。
本当に……良かった。
この世界にも人が居る……。
「あなたは森で倒れていたんですよ。今メイドが栄養になるものを作っていますから」
優しく微笑みながら、わたしの寝ているベッドの隣に彼女が座る。
年齢は十七くらいで、長い金髪と青い瞳が日本人ではないと明確に物語っていた。
初めて人間を美しいと思った。
このわたしが、そう思えた。
外見的にだけではない。
「もう大丈夫ですよ、ここは安全ですから」
そういって私をなだめてくれた彼女はこの世界の何よりも美しく見えた。