実験17
ネスタティオは皆のお腹が減ってる事を見越して、食堂の料理人達に晩御飯の用意をさせていた。イベリッサを先頭に食堂に移動すると、既にコース料理の準備が整っていたから驚いたものだ。驚いたわたしたちに向けてドヤ顔を決めてきたネスタティオはうざかったけど。
後、ラッドクォーツに言われて食堂に飲み物を取りに行っていたはずのワスコは、食堂で給仕を手伝っていた。なんでもネスタティオがラッドクォーツを使って人の腕を見るのは珍しいことではないそうで、こうなる事を予想していた彼はわたしたちが来る準備を整えていたらしい。
そんなこんなで直ぐに料理にありつけたわたし達は、ネスタティオによってシェフたちが作らされた高級料理にしたづつみを打った。リリアの所の料理が不味いなんて言うつもりは無いけど、やっぱり金持ちが高級食材使って作らせた料理はおいしい。
食事の間ネスタティオは殆ど食材の自慢話しかしなかったけど、同盟の概要も少し説明した。
話の割合が九対一だったのは逆にしろって思ったけどね。
説明された同盟の内容を要約するとこうなる。
まず、ネスタティオは資金や資材の面で他の領の発展を援助し、その代わりに領の発展という功績をネスタティオの物として主張する権利を得る。そして晴れてネスタティオが王になった暁には、彼の下で協力した功績を認め、イベリッサとリリアを望む地位に付けるというものだ。
まぁ他にも細かい部分はあると思うんだけど、ややこしくてわたしにはわからんね。わかろうとする気も特にないし。
そして今。
わたしとリリアとワスコとイベリッサは飛空艇にのって帰路についている。
「まさかネスタティオ兄様が飛空艇を貸してくれるとは思いません出した。ねーサンゴウさん?」
王都に向かった時に乗った飛空艇より体積に換算して五倍近く大きいあたり、第二王子の地位という物の力を改めて感じる。中は豪華なホテルの一室のようになっていて、リリアは三号を抱きながらソファーでくつろいでいる。
いつもなら羨ましいとか思ってわたしもリリアの隣に座るんだけど、今はそんな気分になれず窓の外の夜空をただ眺めていた。空には相も変わらず地球とは異なる位置で星々が輝いている。
「話そう……暇だから」
考え事をしていると、意外にもイベリッサが声をかけてきた。
目の前の少女は眠そうに目をこすっていて、何を思って声をかけてきたのかよくわからない。
「イベリッサ様?」
「様はいらない……。それよりも気にしてるの……? ラッドクォーツに言われたこと」
確信をついてきたと思った。
わたしが考えていたのはイベリッサの言う通り、城で別れる直前にラッドクォーツが言ってきた事だ。あいつはわたしに戦闘の経験がない事、スキルに弱点がある事を見抜き、それを改善するように伝えてきた。そして最後にこう言った『君は強くなれるはずだ、そして強くならなければならない。僕はその瞬間が楽しみで仕方ない!』と。
「ラッドクォーツの事は考えない方がいい……。あれは特別……変態」
イベリッサはそう言って、多分、わたしを励ましてくれた。
事実、ラッドクォーツほど強い人間、特級の戦闘能力を持つとされている人間はこの国に三人しか存在しない。第一、第二、第三王子の騎士達がそうだ。それより一つ下の上級でも、国で百人いるかいないかだとワスコは言っていた。
つまり近代兵器を扱えるわたしは、既にトップクラスの評価を得ているという事になる。その辺のチンピラを撃退するだけなら、現状でなんの問題もない。だけど――
「もしラッドクォーツとネスタティオが本気だったら、リリアは殺されていた」
そしてラッドクォーツでなくても、わたしに勝てるかもしれない人間が百人近く居る。最悪の場合、継承者が選んだ騎士全員が上級者という事もありうる。わたしが慢心すればそれだけでリリアの命が危うくなる。
わたしの言葉を聞いたイベリッサは、元々不機嫌そうな顔をさらに不思議そうにしかめた。
「そんなにリリアが大事なのは……なんで? あなたは騎士ですらないのに」
「リリアが『素敵な人』だから、かな?」
「……変態かもしれない……あなたも」
むぅ……。おかしいと言われるのはよくあることだけど、あれと同列にされるのは心外だ。
「まぁいいわ。デンカ。伝えておきたい事があるの……あなたに」
「わたしに?」
「そう。貴族殺しについて……あなたは知っておいた方がいい事がある」
貴族殺しはリリアの命を狙っていた奴らの事だ。二人とも殺したはずだけど、なにかあったのだろうか。
「貴族殺しは名前の知られた盗賊……貴族を狙う以外にも村を襲ってたりしてた。でも最近は全く活動していないみたい」
「そりゃだって、わたしが二人とも殺したし」
そう言うと、イベリッサは静かに首を横に振る。
「もっと多いはずなの……貴族殺しは。それが一か月以上なにもしていないのは少しおかしい……仲間が減ったにしても。もしかしたら、どこかの貴族に雇われているのかもしれない」
「またリリアを狙うかもしれないって事?」
「可能性は高い。アセビリオが殺されてる。序列の低い王族から狙っている貴族がいるかもしれない……アセビリオは三十五位だったから」
思わず手に力が入る。
誰かがリリアの命を狙っているかもしれないのだ、ただ王族であるというだけで。
「また来たら、またわたしが殺す。リリアは絶対にわたしが守る」
「本当にリリアが好き……あなたは。でも気を付けて、貴族殺しのリーダーの戦闘能力は上級って言われてる……もしかしたら中位の」
それが本当であればわたしよりも強いという事になる。
ならば尚更、わたしは強くならなくてはならない。わたしの目の前でリリアが殺されてしまったら、自分がどうなってしまうかわからない。
「ありがとうイベリッサ。貴族殺しについては警戒しておくよ」
お礼を言うとイベリッサは少し満足げな表情をした。おそらくこの事を伝えるために話しかけてきてくれたのだろう。
「……ネスタティオからはこの事……聞かなかったの?」
「ラッドクォーツは強くなれって言ってたけど、ネスタは何も言ってなかったかな」
「それは不思議かも……彼は優秀だから気付いていると思ってた」
優秀? あの高笑いばかりしている男が? そう評価されてる理由がわからないな。
そんな事を考えていたが顔に出ていたらしい。
「フフ……。優秀だよ? ネスタティオは。 彼ほど寛大で人望のある王子は居ない……スタッカートも優しいけれど」
まぁわたしが急に敬語使うの止めたり、誘いを断ったりしても怒った様子ではなかったからな……。ラッドクォーツみたいな部下を持っている事もそうだけど、人を噂とか見た目じゃなくて能力で判断してる感じはある。
「あれ、でも王様の発表があった時すごい取り乱してなかった? 特にあの女の人とかに対して」
そう、確かディスレキシアと呼ばれていた黒いドレスの女が出てきた時だ。
「よくわからない……ディスレキシアとネスタティオの事は。でも、あの人は……」
イベリッサが何かを話そうとしたタイミングで、船長が到着の合図を出した。リリアの領に到着したのだ。
イベリッサとの話も重要な部分は聞き終えた後だったので中断し、わたしも船から荷物を降ろすのを手伝った。イベリッサの領はリリアの領に近いが、歩いていけるような距離ではないので、船に残って送ってもらうようだ。
「じゃあ……また今度会おうね」
船から降りるわたしとリリアに、イベリッサはそう言いながら手を振っていった。
大地に降り立ったわたしは村や屋敷を見渡した。
そこまで時間がたったわけでもないのに久しぶりに帰ってきたように感じる。
「なんだか色々ありましたね、デンカさん」
「……うん」
さぁ気を取り直して行こう。
やらなければならない事はいくらでもあるのだから。