実験15
わたしは目の前で嗤っている男を睨み付ける。
「今、なんて言った?」
返答次第では撃ち殺す。
わたしはそのつもりであるし、それだけの殺意を込めて質問したはずだ。冗談ならこれ以上は止めておけと、そう伝えるつもりで。
だが、ラッドクォーツは嗤い続ける。
その瞳は何かを渇望するように、何かを主張するかのように、わたしに焦点を合わせたまま。
その口は返答にもなっていない戯言をうそぶいて。
「なぁデンカぁ。リリアドラスの序列がなんで王族の中で最下位だったかわかるかい? それはさ、あの女の母親がみすぼらしい売女だったからだ。あばずれの子供はあばずれに決まってる、そんな女が王族を名乗れるなんておかしいじゃないか」
――あぁ、視界が赤い。
「ネスタ様のような高貴なお方がさぁ、そんなあばずれと手を組むなんてするわけがないだろ? 騙されたんだよお前らは! 今頃あっちの部屋でリリアドラスは虐殺されてるんだよ!」
……聞くに堪えない、嫌悪感しか感じない。
「その口を閉じろ! ラッドクォーツ!」
銃弾が放たれる。
その距離はわずか五メートル。銃弾の速度をとっても距離をとっても、およそ人間の反応できる余地は残されていない――はずだった。
自らに急速に迫る鉄の塊を、ラッドクォーツは確かに『視認』する。そして腰に携えた剣の柄を取り、弾丸の下から上へ、音速を超える速度で切り上げた。二つに等分された一つの弾丸。だが、それをなした絶技すら、続く一撃を考えると驚くに値しない。
ラッドクォーツは恐ろしいまでの反射神経と運動神経をもって振り上げた腕を動かし、二つに分かれた銃弾を、更に真横から分断した。弾は剣圧で軌道をそらされ、かすめる事すらなく彼の横を通り過ぎる。
驚いた?確かにそうだ。だが、思考を止めるほどではない。この世界に銃弾に反応できる人間がいることも、空中で止めることのできる人間がいることも、わたしは既に知っている。ならば最強を名乗る人間にそれができないはずがない。そして何よりも――
――『何故かわたしにも弾丸が見えている』。
だがその事について考えている暇はない。
次の手を打て――
次の攻撃を撃て――
最初に使用した銃を右手から手放し、今度は左手に握っていた銃をラッドクォーツに向ける。
一発目、そして二発目……。
同じ種類の拳銃から放たれた全く同じ攻撃を、今度は横に駆けることで奴は回避した。
「アハハハハハ! それが君のスキル、それが君の武器か、デンカ! 面白い! 面白い面白い面白い! 剣技に迫る速度で放たれる飛び道具なんて聞いた事が無いよ!」
心の底から闘争を楽しんでいるといった具合に、ラッドクォーツは歓喜の声を上げる
目の前で笑う男に無性に腹が立つ。何が面白いだ、クソ野郎め。
それに聞いた事が無いと言うならあいつの剣もそうだ。
「あぁ、この武器が気になるかい? これは僕のお気に入りの武器なんだ」
わたしの視線に気づいたのか、ラッドクォーツはこれ見よがしに剣を構えて見せつけてくる。
その剣は奇妙だ。豪華な柄に、半径五ミリほどの太めの針金が取り付けられたかのような形状をしている。最も近い形状の剣を挙げるとするならば、ワスコも持っていたレイピアと呼ばれる種類の剣がまず思いつく。だが、ラッドクォーツの持っている剣の先端は平らで、レイピア特有の突くという意志すら感じることができない。そしてそれにもかかわらず、あの剣は銃弾を切って見せた。
「この剣は見かけとは違って、どんな方向で振るっても物が切れるように出来てるんだよ。見た目も良いし一番愛用してるんだ」
「黙れ、この変態め。お前の剣の趣味なんて聞いてない」
くだらない会話だ。だが、剣の性能は間違いなくやつの言っている通りなんだろう。それは魔法で可能にしているのか奴のスキルによって可能になっているかはわからないが、十字に銃弾を切ったことからも性能に疑いようはない。
このまま同じ攻撃を続けても意味はないだろう。単発銃では銃弾の発射回数が限られすぎていて、ラッドクォーツに問題なく対処される。だが、発射回数が足りないだけならば、防ぎきれないほどの弾丸をばらまけばいい。
右手の中で生み出したのは軽機関銃。直方体の黒い武器はまるでおもちゃか何かのようで、立てる音もパラパラとあっけない。しかし、その中身はわたしが思い描いたイメージと寸分たがわず殺意で満ちており、その威力は間違いなく人を死に至らしめる。
わたしがトリガーに指をかけると、毎秒十発を超える弾丸が奴に無数の穴を開けようと飛翔する。
それは一つ一つ、その全てが死の権化だ。一つでも命中すれば重傷は免れない。
しかし迫りくる弾丸を見て、ラッドクォーツは笑みを浮かべる。
まともな人間であれば後退するなり避けるなりを最初に考えるだろう。だがラッドクォーツは頭も身体能力もまともではない。奴はわたしに向かって前進することを選択した。
弾丸を時に切り、時に躱しすことで、弾丸の雨の中、身をかがめながら恐ろしい速度で踏み込んでくる。それはわたしが後退する速度よりも早く、ラッドクォーツの攻撃範囲にわたしが入る一歩手前まで来た。
全て、予想通りだ。
作っておいた武器を左手で構えてラッドクォーツに向ける。散弾銃。それも銃身を短くし、できる限り近距離での弾丸の拡散を促した形状の物だ。
横によける空間などありはしない。
すべての弾丸を切り落とせるはずもない。
「ここで死ね!」
散弾を撃たれたラッドクォーツは、唯一の退路となった後ろへと跳躍し、距離を取る。奴の移動速度は弾丸より遅く、その距離は確実に縮まってゆく。だが――
――五メートル二十三センチ。
わたしのスキル射程圏外に入った瞬間、弾丸は砂が風に吹かれるかのように消え去った。部屋に残ったのは火薬の焼ける匂いだけ……。
次の兵器を産み出そうとしたとき、背後から声がした。
「そこまでだ! 二人とも武器をしまえ」
振り返ると三人の人間が立っていた。
声を出したのはネスタティオ、見覚えのない女が一人、そして――
「リリア!」
「大丈夫でしたか?! デンカさん」
あぁ~リリアに抱きしめられてるだけで怒りが和らいでいく……。
でも状況を見た感じこれはあれだ。ゲームとかでもありがちなやつ。
「許せ! お前の実力を確認しておきたかったのだ!」
「いやぁ、ごめんね。僕これやらされる度に反対してるんだけど、ネスタ様が聞かないからさぁ」
あ゛あ゛ぁ~ネスタティオの顔見てるだけで怒りがこみあげてくる……。