実験14
「はっはっはっはっは。こんなところで会うとは奇遇だな!実に都合のいいタイミングだ!」
いやいや、呼び止めておいて奇遇とかタイミングとか何言ってんだこいつ。
「座ることを許す。実はお前とは話しておきたいと思っていたからな」
「話ですか?」
「もちろんこの王位継承戦についてだ。兄上が父上を説得しようとしているが、あの様子では気が変わるとは思えん。だから俺は今回の出来事を好機ととらえ、父上の言う通り『自らの力を証明する』事にした!
アルヴェンスは野心だけの愚か者だが、あいつの言ったことには一理ある。今まで兄上が一番相応しいと主張していたやつらが大勢いたが、この戦いではっきりとスタッカートを超えて見せる!」
わ、びっくりした。
急に叫んだかと思ったら立ち上がっちゃったよこの人。拍手とかしておいた方がいいのかな。
隣を見ると、ラッドクォーツがニヤニヤしながらネスタを見てる。
いや、見てる分には面白いけどさ、それあなたの主人ですよー。
少し満足げな表情をしながら、ネスタは再び椅子に腰かけた。
「話が脱線してしまったな。俺が伝えたかったのは、俺がこの王位継承戦に全力で取り組むつもりという事だ。
そこでだ、王位を狙っている人間が今後どんな行動を取るとお前は考える?」
ネスタからの質問を受けて、リリアは唇に指を当てて考える。
「そうですね……。既に大きな領を持っている方は今まで通り領地を広げること尽力するでしょう、すぐに過激な手には出ないはずです。或いは戦争など、他の分野で手柄を立てようとする方もいらっしゃるかもしれません。
ですが、小さな領地しか持たない方でも、王を目指しているなら最初から競争相手の暗殺を企てるでしょう。大きな領を持っている方でも、あるいは敵対者全員を殺すことを視野に入れているかもしれません」
「うむ。大体俺の考えている通りだ。で、お前はどうする? 他の人間を殺すか?」
「滅相もない事です! 全力で取り組んで欲しいと仰ったお父様には悪いですけど、私は王になるつもりはありません」
リリアの答えを予想していましたとばかりにネスタが頷く。
「ハッハッハッハ! すまんすまん。意地の悪い質問だったな、許してくれ。
お前が王位に興味のない事は普段の行動からあらかた予想は付いていた。お前とは歳も近く、王族の中では比較的顔を合わせていた方だからな。
ここからが本題だ。次期国王である俺のために、王になる気の無いお前が協力しろ」
「協力ですか? 一体どのような内容なのでしょう。光栄な申し出ですが、私も領主ですから、一方的な提案は受けられませんよ。」
再びうんうんと偉そうに頷きながら、ネスタは笑みを浮かべる。
リリアが発言するたびに頷かなくちゃ気が済まないのかこいつは……。
まぁリリアの言葉すべてを肯定したくなる気持ちはわかりますけどね?
「決定だ、リリアドラス・ラ・デルフィニラ! 俺の協力者として俺が考えていた条件は四つ。俺のよく知る、野心が無く、聡明で、民の事を考えることのできる人間だ! そしてお前はその条件に合致している。
詳しい話は部屋にいって話そう、ここでは誰に見られているかも分からないからな。お前に損をさせるような条件でない事は保証しよう」
一人で勝手にテンション爆上がりしながらわたしたちを先導する次期国王予定。
態度だけだったらすでに王様超えてると思うけどね。
ん?条件かんがえて当てはまる人を探してたって事は、さっき会ったの奇遇とかじゃなくて待ち伏せてたんじゃ……。
「さっきは伝えていなかったが、俺が同盟を持ちかけた人間がもう一人いる。イベリッサだ。今後増えるかもしれないが、今のところはこの三人だけだな」
「イベリッサですか……。フフフッ、あの子らしいですね」
バカな……。リリアが他の女の名前を言いながら微笑んでいるだと……。
そんな事を考えている間に部屋の前に到着した。
……扉からしてわたしたちがいた部屋よりだいぶ豪華なんですけど、これが権力の力ってやつですかね。
「イベリッサの奴はもう中にいるはずだ。詳細は二人の前で話そう」
ここにその女がいるのか、顔を拝んでやる!
と、リリアと一緒に入っていこうとしたらネスタに止められた。
「話合いは俺たち三人だけで行う、お前たちは違う部屋で待機してろ。ラッドクォーツ、案内してやれ」
ハァ?
パタンと扉が閉じられる。
ハァ?
「いやぁ~。ネスタ様はいっつも突然だからね、悪いねぇなんか」
「デンカ様、扉にすがりついても何も起きませんぞ。ネスタティオ様の仰っていた通り、部屋で休ませていただきましょう」
く、リリアのいる部屋が遠く感じる……いや、リアルに遠くない?隣の部屋とかじゃダメなの?
引きずられるようにして連れてこられた部屋は、三人で休むにはかなり大きな部屋だった。二百平米はありそうな部屋の壁には数々の高価そうな絵画や、美しく装丁された書物を収めた本棚が並んでいる。中央には大きな長方形の机があり、それを囲むようにソファーが三つおいてある。
「よいしょっと!」
ラッドクォーツが飛び込むようにしてソファーに横になった。
どっかで見たことあると思ったらあれだ、涅槃仏のポーズ。
「二人も適当にくつろぎなよ」
「じゃ遠慮なく」
三号のカゴを適当な場所に置いて、わたしもソファーに横になる。
懐かしい感じだ……部室ではいつもソファーに寝っ転がってたからなー。
「何と言うべきか……お二人とも自由でございますな……」
「アハハ! 硬いことは言わないでよ。そう言えばワスコとは何回か会ってるけど、君とは初めましてになるのかなぁ?まぁ僕は有名だから、君は僕のことを知ってるかもしれないけどさ」
初対面で横になりながら挨拶するってのもなかなか新鮮だ。
「わたしは遠い国から来たからこの国の事はよく知らないんだよね」
「あっそうなの?なら自己紹介するとね、僕はラッドクォーツ・カルネヴァル。この国の兵士の中で最強で天才だよ。名前すら知らないって人はこの国にはいないんじゃないかな」
最強で天才とはまた随分な自己紹介だな。というか本当に最強なのか? ひょろっとしてるし、スタッカート王子の騎士の方が、がたいの良いおっさんって感じで強そうに見えたけど。というか――
「最強なのに第一王子の騎士にはならなかったんだ」
「僕はネスタ様が大好きだからね! それに僕はこんなんだからあまり貴族には受けが良くなくってさ」
うむ。納得してしまった。
「で、君は誰?貴族殺しを倒したってのは聞いたよ」
「わたしは上神電荷。気付いたら知らない国に飛ばされてた」
「アハハハハ! そんな自己紹介されたのは初めてだ」
「いや、あなたの『最強で天才』も珍しい自己紹介だよ十分」
「それは置いといてさ! 知らない国から来たって話をもっと詳しく聞かせてよ」
で、その後の説明は大体ごまかした。だって違う世界とか言えるわけないしね。
「おっと、そろそろ時間だ。ワスコ、のどが渇いたから食堂から水か何か貰ってきてよ」
「……かしこまりました」
ラッドクォーツに頼まれてワスコが部屋を出る。
「時間ってリリア達の話が終わるって事?」
わたしはソファーから立ち上がりながらラッドクォーツに質問した。彼もまたソファーから起き上がっていたからだ。
「ん?違う違う」
彼はわたしの眼前で笑う。
だけどそれは無邪気な少年のような笑顔ではなく、牙をむき出した獰猛な肉食獣の笑みだ。
ああ――今まで話していてなぜ気付かなかったのだろうか。
「そろそろ王子がリリアドラスを殺している時間さ」
笑いながらそう告げる男の瞳には、狂気が渦巻いている。