実験12
痛々しいほどの沈黙が空間を支配した。
まぁわたしはいいんだけどね。不自然に動くやつがいたらわかりやすい。
左手でリリアの手を握り、右手には拳銃を用意する。トリガーに指をかけて、後は様子を伺うだけだ。
そして長い、一瞬の静寂は一人の子供によって破られた。
「みんなが難しい顔してる理由がわからないアル。王サマ、わたしがここにいる全員ぶっ殺したらご主人が次の王様になるアルか?」
「肯定しよう。この場に存在する百人以上の人間を凌駕し、殺めるだけの力量があるとするならば、それは王にたるに値する武力だ。余もかつて一国を一人で滅ぼした男を見た。力で全て解決できるならばそうするがよい」
王の返答は肯定だが、アジア人っぽい子供は『ご主人』に止められてるみたいで行動には移さない。
そして別の場所ではこらえきれないといった様子で一人の男が笑い出した。
「アッハハハハハ、そんな物騒な事まで許しちまうのかよ!狂ってるぜこの――あ痛ッ!」
「ごめんなさいお父様。この人は田舎者で、礼儀が食べ物か何かだとおもっているの。お聞きしたいのだけれど、お父様が伝えたかったお話はさっきので全部かしら?」
黒いドレスをまとった女が国王に問いかけると、王が頷ずく。
「そうだな……。ああ、一つ付け加えておこう。今回の話を聞いて騎士がどんな役割を持つかはっきり知ったものも多いだろう。現在共にいる者とは異なる者を選ぶというならば、それを許す。騎士など必要ないと言うならばそれもまた評価しよう。以上で全てだ」
「ありがとう、お父様。じゃあ私たちみたいな田舎者はそろそろ失礼するわね」
そう言って、黒いドレスの女は共にいた男を連れて出口に向かおうとするが、意外にもネスタがそれを阻んだ。
「待て! ディスレキシア! どこに行くつもりだ!」
「あら、ネスタ。姉に向かってそんな言葉づかいは無いんじゃない?」
「黙れ! 俺はお前を姉と思ったことは無い!」
うわ酷い。王子みたいな立場の高いやつが怒鳴り始めたせいで、広間が一触即発なんて雰囲気どころじゃない。――っていうか……。
「キュイ!」
「マスター!」
三号と『奇械』が危険を伝えてきた、原因は――わかっている!
「デンカさん!?」
わたしが銃を構えると、リリアが何事かと驚愕の声を上げた。でも説明してる暇はない。わたしは銃口を近くにいた初老の男に向けると、躊躇なく引き金を引いた。
サイレンサーを通った銃弾は紙を裂くような音を立てるが、王子達に注目しているため銃声に気付いた者は少ない。
「ねぇ、そのぶつぶつ呟いてるの止めて欲しいんだけど」
男は見た目からして杖を持った魔法使いなんだけど、明らかに禁術とか溜め攻撃みたいなのの準備をしてた。わたし魔法は詳しいよ、だってゲームで見たし。
しかし――銃弾が空中で止められてる?元々当てるつもりは無かったから、止められた事に文句はないけどさ……。
「ほう。ほうほうほう」
魔法使いっぽい男がまじまじと宙に浮かぶ銃弾を観察すると、今度は興味しんしんにわたしに目を向けてきた。
「お嬢ちゃん随分と面白い魔道具を持っているのう。鉄魔法、火魔法……あるいは組み合わせか?それとも……おっとそんな場合では無かったな」
ぶつぶつは止めてくれたので魔法使いと同じ方向を見てみると、ネスタと黒いドレスの女の対立はさっきより大分悪化している。
まぁ見た限りネスタが一方的に突っかかってるように見えるけれど。
「今はお前を殺しても罪にならないんだったな! ラッドクォーツ、この女を殺せ!」
「フフフ! 素敵だわ、ネスタ……。もっと私を否定して?」
やばい、このタイミングで人が死んだりしたら本当に殺し合いが始まるかも……。
「止めろ! ネスタティオ」
「そうですよ王子、こんな所で殺しちゃっていいんですか? それに天才の僕でも、多分瞬殺はできませんよ」
止めたのはスタッカートとネスタの騎士だった。
さすが第一王子、そのままこの状況を何とかしてくれ。
「皆、聞いてほしい。今日はこのような事が起きて、困惑している者がほとんどだと思う。今日はこのまま部屋に戻り、明日話し合うというのはどうだろうか。そうしたほうが、それぞれ考えをまとめる事もできるだろう」
うんうん。至極まっとうな意見だ、人間やっぱり話し合うべきだよね。
「悪いが俺はその集まりに参加する気はない」
うんうん。話し合えないのも人間って感じがするね。
スタッカートの騎士が憤っちゃってる。
「貴様!いち貴族の分際で口のきき方に気を付けろ!」
「おいおい、よしてくれよ。俺は今、アルヴェンス・エル・デルフィニラスなんだぜ? 大体、口のきき方なんて気にしてるような段階はとうに過ぎただろう?『あらゆる犯罪が許可』されてるんだからよ」
なんかヒョウヒョウとした男だ、野心が人と子供を儲けたらあんな感じになるんだろうか。
でもいいことを聞いた、もう敬語とか気にしなくていいんだね。
「アルヴェンス、こんな事態だからこそ我々は話し合わなくてはならないと思うんだが……なぜそれを拒否するのか聞かせてくれないか?」
「いいぜ、スタッカート、テメェとは昔からの付き合いだから特別に教えてやる。当たり前の事なんだけどな!
今まではお前が王になるのがほぼ決まっているような状況だったから、貴族が王になるなんざ夢のまた夢だったがよ、こうなりゃ話は別さ。多少向上心のある貴族なら皆考えてると思うぜ? これは王になるチャンスなんだってよ! こんな好機をふいにするような奴がいるわけねぇだろうが」
周囲の反応は薄いけど、彼らの顔にはありありと賛同の意志が描かれている。
そしてそれを見たスタッカートの顔が曇る。
「殺し合いを是認すると言うのか……」
「別にそうは言ってねぇよ、『全力を尽くす』だけさ。父上の言う通りな! じゃぁなスタッカート、お互い頑張ろうぜ」
言いたいだけ言って出てっちゃったよ。あ、ドレスの女も『わたしも~。まぁ頑張るつもりは無いのだけれど』とか言って行ってしまった。それに続いてどんどん人が出ていく、とても話し合えるような雰囲気じゃない。
わたしもリリアの手を引いてさっさと部屋を後にする。
「デンカさん……」
「大丈夫だよリリア。ひとまずワスコと合流して話し合おう?」
「そう……ですね!」
広間では三人の王子と国王が話し続けているようだったが、最早それに聞く価値を見出している者は居ないようだった。