実験11
「お連れの方は一人までとなっておりますが、そちらの方はリリアドラス様の騎士でお間違いないでしょうか」
集合する部屋に入る大きな扉の前では、衛兵らしい人物が入場者それぞれに、そんな感じの確認を入れてきた。地位の高い貴族とかは護衛の数も多いようだが、殆どがここではじかれている。
わたしたちの場合、ワスコには外で待機してもらえば二人で丁度いいのだが、なかなか中に入れない。
「えっと……騎士ではないのですか?」
「騎士です!」
「騎士ではありません!」
そんなやり取りがしばらく続いているからだ。
「どうしてさ! リリア! ワスコが危険な事になるかもしれないって言ってたじゃん」
「そう言っていたから尚更です!」
王都まで流れるように来たし、このまま勢いに任せてリリアの相方になれるかと思ったのに、リリアは想像以上に頑固だ。新しい学説とかなかなか受け入れないタイプの人だこれは。
そうこうしていると、見かねた衛兵がこんな提案をしてきた。
「騎士でなくとも一組二人までなら入れるので、とりあえず中に行って話し合ってはどうでしょう?……」
「よし!わたしは騎士じゃない、二人で一緒に行動する、リリアの希望に反してない。オッケー、じゃあ行こう」
「何も変わってないじゃないですか……」
話し合ってもどうせ埒が明かないので、衛兵の言葉の勢いに任せてさっさと進んでいく作戦に変更。リリアの手を取って少し強引に引っ張って扉の中に入る。リリアが何か言ってるけど気にしない。
扉の中に入ってみれば、広大な広間のような空間に百人を超える人々が緊張した面持ちで散らばっていた。現在国王の子供が義理を含めて計百人、その騎士も含めて最大二百人がここに入ると考えると、全員が入ったとしても十分余裕のある空間だ。
周囲をさらによく観察すれば、ここにいる人間はいくつかのパターンに分けられる。
自分には関係のない事だとばかりに自分の騎士や近くの人と談笑している者。
数人のグループでこれから何が起きるのか真剣に話し合っている者。
自分の騎士と二人きりでただ静かに時を待つ者。
ただ、一つ確実に言える事があるとすれば、この広間の中にいる人間が十人十色ならぬ千差万別の個性的な連中ばかりって事だ。唯一共通点があるとすれば、貴族とか王族とかの年齢が十代二十代に収まってるってところかな。まぁ年寄りに王位継承させても意味がないんだろうけど。
それにしてもすごい……。騎士って言葉から戦士とか剣士とかイメージしてたけど、でっかい杖持ってる明らかに魔法使いですって爺さんもいる。貴族じゃなさそうな連中は人種も年齢もバラバラで、本当に皆が皆『その実力を最も信頼する者』を騎士として選んだんだろうって事が見てわかった。ただ、全員が強そうに見えるかと言うとそうでもない。武器を持っていなかったり、子供みたいなのまでいるし、そういった人たちはわたしみたいに何らかのスキルを持っているのだろう。
周りに警戒しなくてはならない。わたしだって何の考えも算段もなしに、遊び半分でリリアについてきたわけじゃない。
王位を本気で狙う人間は、他の者を殺してでもその地位を手に入れようとするだろうから。
「『奇械』、周囲に警戒して、何か怪しい動きをする者がいればすぐに知らせて」
「了解でス。マスター」
返事をするのはわたしの髪につけている髪飾り――を模した監視カメラだ。四方向を常に確認できるように設置しているので、『奇械』には死角がない。何かあれば、耳飾り型のイヤホンに『奇械』から連絡が入るようになっている。喋るというメリットを最大限活かしたというわけだ。
ついでにスカートの中に三号を隠しいれてきた。こいつが何か危険を知らせてくれれば儲けものだし、最悪蹴りだせば囮くらいにはなる、多分。
むふー。
万全かは分からないけど、できることは全部やったつもりだ。後は鬼が出るか蛇が出るか、なるようになるしかない。
「デンカさん……手をつないだままというのは、なんだか私、恥ずかしいのですが」
「何が起きるかわからないし、離れないようにしてるんだよ」
しばらくそうしていると、大広間の中に制服を来た一人の兵士の声が鳴り響いた。何か魔法を使っているようで、その声は離れた位置でもよく聞こえる。
「ガウルテリオ国王陛下の御子息の皆さま! どうか静粛にお願い申し上げます! これより次期国王選出の儀について、陛下御自ら説明がございます!」
兵士の言葉に大広間は静まり返る。先ほどまで陽気に喋っていた者も、国王の登場を前に黙り込んだ。
そして、兵士は静寂を確かめるように広間全体を見回してから言葉をつづける。
「では、ガウルテリオ国王陛下のご入場です」
広間にいるすべての人間の視線が集まる中、髭の長い巨大な男が現れてドサリと座った。年齢は五十近くありそうなのに、その挙動は老いを感じさせない。
「面を上げよ」
やべ、わたし頭下げてなかった。
「余計な挨拶ははぶこう。余は後五年もすればこの地位を退くつもりだ。そして我が後継者は、ここにいる諸君らから一人を選ぶ。だがそう難しく考える必要はない。今まで王の子息が数人で争っていた物の規模が多少大きくなっただけの事だ。
血の繋がりの有無、年齢、性別、出自、人種、今までの地位。それらは全て忘れよ。
余が義理の息子、娘として迎え入れた者はその姓をデルフィニラスに改め、この瞬間から諸君らは全員が余の子供であり、平等に王位の継承権を獲得した物とする」
王の言葉に広間全体がざわめきだす。
なるほど。今の宣言でリリアにも王位を継ぐ可能性が出てきたって事か……。
それにしてもとんでもない。よくゲームにありがちな数人規模のお家問題だって、ドロドロのグチャグチャになるイメージだけど、それを数十倍にしたいだなんてね。
ふと、今回の出来事で最も被害を被ったであろう王子三人を確認する。
あれ、あんまりショックって様子でもない。
徐々に落ち着きを取り戻す人々の中で、最初に口を開いたのはスタッカートだった。
「国を統べる国王という立場に、できる限り相応しい者を選び出そうとする父上の大胆な決断。私、感銘を受けました。
ですが、我々にどうかお教えください、『競い合わせる』とは一体どのような方法を持って、どのような基準で優劣を決定するのでしょうか。それが理解できれば我々としても奮闘努力する甲斐があるというものです。それにこれを明確にさせなければ、アセビリオの件のように他のものを殺そうとする者も現れるかもしれません」
さすが第一王子だ、わたしの聞きたかった事を的確に聞いてくれた。
多くの人々が気になっていたようで、広間全体の意識が王の言葉に研ぎ澄まされるのを感じる。
「お前の疑問は当然のものだ、故に伝えておこう。最も相応しい者を決定する手段は従来とかわらず、どれだけ上手く領地を治めているかによって決定する。だが――」
そう、『だが』だ。だってその方法なら騎士なんてルールを組み込む必要性は無い。
「一つ付け加える事がある。諸君らには事前に、最も信頼する者を一人選べるようにしておけと伝えたはずだな。あれにはもちろん理由がある。
今この時より、我が子供達とその騎士に限り、他の王位継承権所持者と騎士に対するあらゆる犯罪行為を許可する」
「バカな!父上は僕たちに殺し合いをしろとでも仰るのですか?!」
「父上!俺たちに不満でもあると言うのですか!」
アゼルとネスタを初め、多くの人々が抗議の声を上げる。当然だ、ここにいる誰一人だってそんな事をさせられるとは思っていない。
だがそんな抗議の声は王の一喝で霧散する。
「やかましい!
……スタッカート、お前は力も知恵も平均以上だが特化できる物がなく綺麗ごとを並べすぎている。
ネスタティオ、お前は指導者としての素質と柔軟性を身に着けてはいるが、実力が伴っていない。
アゼル、お前は魔法に関しては優れているが、それ以外の物事に対する理解がおろそかだ。
そしてお前たち三人に伝えておく。今までお前たちは第一妃から生まれたというだけで特別扱いされてきたが、そのような物には塵ひとつかみほどの価値もない。その考えを改めよ」
「……ッ! 我々にも至らない部分は確かにあります。ですがこのような多くの犠牲者を出す手段は取るべきではありません! どうかお考え直し下さい!」
「別に最後の一人になるまで殺し合えと言っているわけではない。より王という立場に近い状態で競い合えと言っているのだ。それが原因で犠牲者がでると言うならば是非もない。
ここで殺されるような人間は王となっても殺されるであろう。
ここで騙されるような人間は王となっても騙されるであろう。
そのような人間を王として認めるわけにはいかない。
王には幾千幾万の民を導き、守る義務があるのだ。たとえどんな犠牲を払ったとしても。
手段を選ぶな、我が子供達よ!
どんな手を使ってでも、自らが最も優れていると余に証明して見せよ」
もう意義を唱える者はいなかった、その場にいる全員が理解したからだ。
王の決定が覆らないという事、そして周囲の人間すべてが自らの命を狙いかねない敵だという事に。
わたしは震えるリリアの手を強く握り返した。