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実験12

「では改めまして。テアドールへようこそ、イベリッサ様、リリアドラス様。美術館はお楽しみいただけましたかな?」


 デンカの前にリードが現れてから暫くした頃、リードはデンカを連れて美術館の奥にある応接間へと案内した。リリア含む他の面子も美術館の職員にそれぞれ案内されていたようで、これで全員がその部屋に集まっていたということになる。


「素敵だったよ……この美術館は」

「はい。まだまだ回り足りないくらいです」

「ええ、そうでしょうとも、そうでしょうとも」


 椅子に座りながら、上機嫌そうにリードは頷いた。デンカの時と違い敬語を使い低姿勢になっている辺り、相対する人物によって接し方を器用に変えられるタイプの人物らしい。


「そういえば、美術館に入るときにバラバラで入るように言われましたけど、あれには何か意味があるのでしょうか?」

「ええ、もちろんですともリリアドラス様。私にとって、人を知る上であれ以上の方法は無いのですよ」

「人を知るですか?」

「ええ。芸術の中でも絵というのは非常に性格の出やすい物ですから、その人物が単独でいるときにどのような経路でこの美術館の中を進んだかというのは非常に興味深い。――もちろん実際に絵を描いていただくに勝るものではありませんが」


 そこで、リードはちらりとデンカの方を見た。デンカはそれに気付き、二人の視線が交差する。


「一番最初にわたしの前に来たのは何で?」

「私たち芸術家という人種は新しい物に敏感な人間が多くてね。リリアドラス様の領で今までに無かった物が作られているという事、そしてそれがどうやら騎士の手によって産み出されているらしいという噂が人を伝って流れてきた。リリアドラス様が今季の劇のチケットに当選されたと聞いてどうしても君に会いたくなってしまったのだよ」

「リリアドラス様が……?」


 イベリッサが眉をしかめながらリードの言葉を復唱する。


「私の方だよ……チケットを当選させたのは」


 正確にはイベリッサの名義を騙ったラジアータが当てたわけだが、この場においてその事実はイベリッサにとってもリードにとっても重要な事ではない。当選者は間違いなく自分だと認識しているイベリッサにとって、リードの発言は純粋に疑問を抱かせるものだった。


 そして、逆にイベリッサの発言もリードに困惑をもたらした。


「なに……?」


 イベリッサの口調は責めているという風ではなくいつも通り気だるげな物なのだが、リードはその状況以上に衝撃を受けたような表情をする。


「私は部下からそう聞いていたのですが……いや、失礼。確か現在のリリアドラス様とイベリッサ様の住所は同じ、でしたかな?」

「はい。それにこの劇への応募も同時期にしましたから、リードさんの部下も勘違いしてしまったのかもしれません」


 フォローするようにリリアが付け加える。しかし、リードの固い表情は変わらなかった。


「そう、かもしれません。しかし……王族の名前を間違えるとは……」

「いいよ……べつに。私たちのどちらかが当選してるのなら……私はどっちでもいい」


 それよりも、とイベリッサは強調する。


「この美術館を回り足りないのは事実……。皆バラバラでもいいけど……全員一緒と言うのも悪くなさそう」

「それは……。ええ、それは勿論。是非、当館でも最も優秀な職員に案内をさせましょう。さきほどまでのように貸切とはいきませんが、その分時間に関しては制限なくゆっくりとお楽しみいただけるかと。いつにしましょうか、今にしましょうか。すぐにでも用意いたしますが」

「今からがいい……ホテルに戻るまで予定はないから」

「そうですか。ではそれまで是非当館をお楽しみください」



  ==  ==  ==



「リード様、ただいま戻りました」


 それはリードがイベリッサ達との雑談を終えてから数時間後の事だった。


 美術館に存在するリードの執務室に一人の女が入る。怪しげな舞台衣装をまとった、目を引くような美しい金髪の少女だ。顔の半分を覆う仮面は、衣装とは思えぬほど彼女によく馴染んでいた。


「メロエ、舞台の準備は大丈夫なのか」


 メロエと呼ばれた女はクスリと微笑んだ。


「リード様は私がここに来る度に同じ事を仰いますね」

「当然だ! 年に一度の大舞台、チケットは全て配り終えている、失敗は絶対に許されない。だが何よりも――」


 リードは仰々しく手を自らの胸に当てた。


「私が楽しみにしているのだ。ここ数ヶ月に行われていた舞台はどれも素晴らしかった。人の心情を鮮明に描いたストーリー、巧妙な舞台装置、新種の楽器、『異世界からきた』と触れ混むのにふさわしい出来映えだ」

「それでは、此度の舞台もお楽しみいただけるでしょう。演目こそ馴染み深いシャントリエリ物語ですが、その随所に新しい技法が取り入れられていますから」

「ああ、それはいい。実にいい。君の歌声はその舞台で更に映えることだろう」


 そこで、リードは表情を陰らせた。何か思い出したくない事を思い出してしまったかのように。


「リード様……?」


 メロエが、心配そうに声をかける。


「舞台の――あの方の事を考えておられるのですか?」

「いや、私は……」

「リード様」


 言いよどむリードを律するような口調だった。


「私は何があってもあなたの前で歌い続けますから。だって、私のこの声はあなたの物で、私はリード様の騎士なのですから。だから、迷わないでください」

「そうか、そうだったな」


 リードは何かを決めたように深く息を吐いた。


「ならば私は断言しよう、芸術に勝るものなど何一つ存在しないと」

「はい。やはりリード様はそうでなくてはなりません」

「だがそうなると、だ。一つ懸念材料がある」

「おや、なんでしょう?」

「リリアドラス様宛に送ったと思っていたチケットだが、イベリッサ様が当選している事になっていたそうだ」

「それは……勘違いでは?」

「イベリッサ様のか? それともチケットを手配した者の?」

「どちらでも。それくらいの些細な勘違いだと私は考えますが」

「そうだと良いんだが……」


 呟きながらリードは窓の外を見た。明日の大舞台を控えた町並みは、夜だというのにも関わらずざわざわと騒々しく光輝いている。



  ==  ==  ==



「クシュンクシュン!」

「どうしたサヴァラン、風邪か?」


 縁日さながらに屋台が立ち並ぶ道の中央で、サヴァランが律儀に二回くしゃみをした。並び歩いているハイヴ共々に黒い制服を着ているのは異様ではあったが、この町のこの日に限って言えば溶け込んでいるようで、周囲の通行人もそれほど気に止めている様子はない。


「いやいや、熱は無いし風邪じゃないと思うよ」

「そうか。風邪だったらな、お前にしか取れない対処法をこの間思い付いたんだが……」

「ふーん、嫌な予感しかしないけど一応聞いてあげようかな」

「バカは風邪を引かないらしい」

「それで?」

「お前のスキルならバカになれるんじゃ――」

「なりません」


 この会話はここでおしまいですというような断固とした口調だった。


 ハイヴもそこに更に突っ込むつもりはないようで、まぁ良いさ、とだけ言ってその話を切り上げる。


「そうそう」


 そこで、そんな風にサヴァランは話題を切り替えた。


「明日はいよいよ大舞台の本番だけど、ハイヴは舞台を見る気はあるのかな? チケットは一応用意してあるけれど」

「抽選限定のチケットを用意か」

「これも任務に必要な事だから固い事は言わない。それで、どうする?」

「見に行くさ。俺たちの元となった男の劇だし、それに今回の任務は暇すぎる」

「ハイヴが休めるようにこんな作戦にしたんだけどね……ってあれ」


 サヴァランの懐で振動している物があった。サヴァランが慣れた手つきで取り出したそれは美しい加工の施された宝石で、複雑な魔法陣が刻まれていた。彼女はそれを耳に押し当てる。


「もしもし。はい……えっ……?」


 サヴァランの表情がみるみるうちに曇っていく。困惑したような表情で、衝撃を受けたような表情で、そんなサヴァランの顔を見るのはハイヴにとって初めての事だった。


「おい、どうした」

「ど、どうしよう。でも、まずはミュンヒを呼び戻さないと――」

「わかった。お前はどうするか考えていろ」


 そこからのハイヴの行動は早かった。


 地を蹴り壁を蹴り、慣れた様子で屋根の上へと飛び移る。彼が黒い服を着ているということもあり、周囲にいた観光客には影が揺らめいただけにしか見えなかっただろう。そして、彼は障害物のない屋根の上で、目的地に向かって一直線に駆け出した。


 ミュンヒのいるはずの場所へ――予定通りなら、彼女はデンカに襲撃をかけている所のはずだ。

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