実験1
さぁ! 実験を始めよう。
対象は目の前に突如出現した謎の穴。
高さはおよそ二メートル、幅はおよそ一メートルの楕円形。
不用意に近づきたくないから、四メートルほど離れた位置からの目測だけど、人よ通れと言わんばかりの形状をしてる。
何もないはずの空間に浮いていて、穴の向こう側は黒くて全く見えない。
匂いはせず、音もせず、味は不明。
時刻は十七時。
おっと、空間に作用してる現象だし、時間も場所も正確に記録しておいた方が良いかな。
というわけで。
場所は白百合峰高等学校の科学部部室。
二つある扉の両方から大体六メートルの位置に、扉と平行に浮かんでいる。
時間は部員がわたし以外帰ってしまった十七時三十八分だ。
先輩と後輩達に連絡送ってよびよせるか悩むけど。とりあえず、写真は撮っておこう。
パシャリ、と。あれ、何も映ってない。目に見えるのに写真に写らないって未知の光でも放ってるんですかね……。
まぁ、兎に角。
わたしの期待通りなら、この穴はどこか空間的か時間的に離れた場所に通じている。一瞬で長距離を移動した女子高生として新聞に取り上げられるか、どこぞの伯爵のようにタイムトラベラーになることができるのか。
うーん。
入ってみたい、が、安全かどうか全くわからない。
空間のねじれに巻き込まれて、全身の表と裏が入れ替わったりしたら目も当てられない。
故に入る前に実験をしよう。目的は目の前の穴の安全性の確認だ。
まずわたしは、近くにあった手ごろな大きさの石ころを穴に向かって放り投げた。なぜ部室の中に石ころが転がってるかについては深く考えないで欲しい。科学部では色々やっていたのだ。
わたしが投げた石ころは何かにぶつかることも無く、スッと穴の中に入っていった。他にも様々なものを投げ入れたが結果は変わらない。
こりゃ穴がどっか別の場所につながっているのは確実か。じゃ次はあっちに行ったものが戻ってこれるのか試してみよう。
わたしは部室に置いてある一メートル定規を四本ほど取り出し、それぞれの端をガムテープでつなぎとめた。これで三メートル以上ある定規の完成だ。
えい。
早速完成した定規を穴に突っ込んでみる。
何の感触もないな……いや、この感じは向こう側に地面がある?
突っ込んだ定規を下の方に向けると、何か硬い平面のような何かに当たる感触が帰ってくる。これは期待ができるね。
わたしは定規を一度引き抜いて、穴に入っていた定規の先端を確認する。一メートルほど入っていたのだが、その部分が何か変化していたりダメージを受けた形跡はない。
よしよしよし。
順調な結果にわたしも思わず笑みをうかべてしまう。
次は向こう側の映像を取ってみよう。モニターにケーブルをつなげ、ビデオカメラを長めの棒の先端に取り付けて……オッケー。ちゃんと映像が映し出されてるね。
今度は慎重にゆっくりと、ビデオカメラ付きの棒を穴に入れていく。定規と違ってビデオカメラは高いのだ、壊れてしまったら正直ショックが多きい。
モニターに穴の向こう側の様子が映し出される。
これは……森?
モニターに映るのは、何本もの木と数種類の花に地面。それ以外の生物や人工物は今のところ見られない。
時間だけがずれているとしたら千年は前と考えてよさそうかな。もし座標もずれているとしたらどこなのか全くわからないや。
唯一の手掛かりと言える花をモニター越しに観察してみるけど、遠いし解像度も悪いし、色くらいしか分からない。
まぁその辺はしょうがないし、とりあえず実験を次の段階に移そう。
わたしはビデオカメラをなんとか固定すると、部室の中に置いてある「かご」に向かう。もちろんただのかごではなく、中にはモルモットの三号君が入っている。
まぁモルモットといっても部で飼っているだけで、実際に実験に使う人は誰もいないんだけどね。――わたし以外は。
わたしの視線を感じたのか、三号がおびえた目つきをして震え出す。
ダイジョウブ、コワクナイヨ。ちょっと危険そうな穴をくぐってもらうだけだからネ。
畜生に拒否権など無いのだ。かごの中で走りまわる三号を無視し、かごを穴の中へいれていく。当然わたしは安全な距離から、棒でかごを押し入れているだけだ。
おお、モニターに三号が生きた状態で映ってる。しかも突然連れてこられた新しい環境に興奮しているみたいだ。
三号が入ったかごを部室に引き戻して、三号の様子を確認してみるが、特に変わった様子は見られない。
出入りするだけなら安全っぽい。ほんとはもっと時間をかけて安全を調べるべきなんだけどさ、好奇心が勝ってしまう。安全に通れるって直感的に感じるし、もうわたしが通っちゃってもいいよね?
ほふく前進みたいな体制でゆっくりと穴に近づいていく。
やっぱり向こう側が全く見えない、近くで覗くと穴の奇妙さが際立つ。少し怖くなってきた。
とりあえず少しだけ体を入れてみよう。で、何か問題が発生したら、はさみですかさずその部分を切り落とす。指……は痛そうだし……そうだ髪の毛にしよう。
わたしの髪はそこまで長い方ではないが、肩にかかるくらいはあるので、目で確認しながら穴に入れる事ができるのだ。
左手でつかんだ数本の髪をゆっくり慎重に穴に近づけていく、そして髪の毛はすんなりと穴にはいった。
わたしもあっちに行けそうだ、と喜んだのはつかの間、わたしはあることに気付く。
髪を引っ張っても、一方通行みたいにこちら側に動かない。
やばいやばいやばい。
慌てて髪を切るが時すでにおそし。
髪が引っ張られているというわけでも無いのに、頭から全身まで謎の力で穴に吸い込まれていく。
「ああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁ」
悲鳴を上げながら直感する。
これはきっと戻ってこられない。
ならばとわたしは近くに置いておいた「それ」をつかんだ。
「お前も一緒にくるんだよ!」
旅は道連れ世は情け。
こうしてわたしと三号の異世界転移の冒険は始まった。