塔
俺は塔を眺めていた。
党はとても高く、登れる気がしなかった。
俺はどうしたものかと悩んだ。
しかし悩んでいても仕方が無いので、寝ることにした。
八時間ほど眠った。とても気持ちのいい眠りだった。
そしてまた目を覚ました。
塔はまだそこにあった。
登ろうかとも思ったが、どうやら先客がいるみたいだった。
ぴゅー。
「痛!」
スカートをひらひらさせながら落ちてきたその女の子は尻餅をつくとそう叫んだ。
「危ないからやめなよ」
「やめない!」
「なんでそんなことしてるの」
「そこに塔があるから!」
「山みたいに」
「あなたも登ろう!」
「ぼく?」
「そーだよ! そんなところで眠ってたら死んじゃうよ」
「人間はみんな死ぬ。遅いか早いか」
「あーもう!」彼女は頭を掻き毟った。そして俺の手を掴んだ。
「なにする」
「行くよ!」
「行かないよ」
「行くの!」
「だから行くんだって。あなたにはその立派な羽根があるじゃない」
「もうきっと使えないよ」
俺はあの娘と一緒に空を飛んでいたころのことをおもいだしていた。
あの頃。俺はどんな風にして毎日を過ごしていたのだろう。
飛ぶ、ってどんな気分だったんだろう。
鮮明におもいだせることは少ない。少なくなった。
でも今もまだ残るものがある。
それは思い出だったり、傷だったりする。
「私がついてるから!」
女の子は叫んだ。どうなら彼女に羽根はないみたいだ。それでも彼女は塔に登ろうとしている。塔の上に何があるかなんてGoogleで調べればいいのに。なんでそうまでして自分の目で見たいとおもうのだろう。そんなに大切なのだろうか。自分の目でみるって。
「俺はここをテコでも動かないよ」
「うー! あーいえばこういう!」
「怪我したら危ない。リスクよりも安全。基本だ」
「そんなのつまんないじゃん!」
「もういいんだ。俺にはもう無理なんだ」
「なにが!?」
「全てが。俺がやること全てが誰かを傷つける。だったらここでこうして死ぬのを待つ。セルフ無期懲役」
「どうして! どうしてそんなに一人で抱え込もうとしてるの!?」
その時になって俺ははじめて彼女の顔に見覚えがあることに気付いた。でもどこの誰かなんてもう分からなかった。人でなくなったときに人としての記憶なんて置いてきたから。
「あなたはひとりじゃない」
「ひとりにしてくれ。頼むから」
「あなたはひとりじゃない!」
彼女は懐から一本の鎖を取り出すと俺の体にぐるぐる巻き付けた。
「こんなことしても無駄だ。俺はもう終わりだ」
「そんなのやってみたいとわからないじゃない!」
「わかる。何をしてもダメな人間に関わってもろくなことがない。やめた方がいい」
その時になって俺はようやく彼女のことを思い出した。そうだ。彼女はいつもこうして俺のことを起こしたのだ。怠け者の俺を起こそうとしたのだ。飽きもせずに、何度でも。
鈍色の空を眺める。意味もなく。
もしもーーこの塔が鈍色の雲の向こう側へ続いているのだとしたら。
登る価値は、あるんじゃないか。
俺は立ち上がった。彼女のキラキラとした笑顔。
「今度は一緒に行こう」
「うん!」
二人は歩き出した。もう一度。