二日前の午前②:冒険者
警備と異世界探索の受付兼ねた衛兵が一人になる時間帯を狙って僕は異界石の使用申請を行う。まともなじゃないことをする。相手は少ない方がいい。
「おいおい、自殺でもしに来たのか?」
浴びせられた言葉がこれ。独りの冒険者には妥当なものだ。
さぁ、交渉を始めようじゃないか。
僕の周囲に仲間が居ないことを何度も確認した衛兵は信じられないといった表情を浮かべている。
僕が衛兵でも頭のおかしい奴が来たと判断する場面だ。
……分かってはいるけど、今はとにかく説得を試みる。
「PTに配置が義務付けられている役は『箱役』と『探索役』です。僕はその二つの役が出来ます。制度上は独りでも問題ないはずです」
「ほう、新人の割に勉強熱心じゃないか。確かに規則上その通りだ。が、私は準備不足と認められる冒険者を制止することが可能だ。諦めてPT組んで来い。そしてもっと早く来い。今、9時過ぎだぞ。新人PTで早朝から並ばないのは悪目立ちするからな。それから……」
説教を始めた衛兵に対し僕は次善の策を練る。
冒険者規則は守っている。衛兵が止められるのは「準備不足の者」のみ。
だったら――
強行突破して異世界に向かったとしても僕がギルドから罰を受けることはないはずだ。
衛兵の立場になって考えると報告書に「私は準備不足の冒険者を捕らえることすら出来なかった無能です。」とは書けないだろう。
そう判断した僕は早々に説得を諦め身体強化の技能を施していく。
「お、おい?」
不穏な気配を感じ取ったのか衛兵があわてて動き出す。だが、もう遅い。
『贈り物』を受け取るエミリの笑顔のためなら……彼女のことを想えば……
やっぱりこのまま行っては駄目だ。そんな手段を用いた『贈り物』を優しいあの娘が心から喜ぶはずがない。
「『精霊祭』の『贈り物』のため素材を採ります。どうしても必要なんです。行かせてください。お願いします」
結局、正直に正面からぶつかってみた。こういう選択の際は彼女のことを想う。そうして決めると多分間違わないから。確実に後悔だけはしないから。
「しかし……あまりに危険だ。悪いが許可出来ない。そもそも何故PTで行かない?」
僕だって無駄死にするつもりはない。エミリに告白する前に死ぬ訳にはいかない。独りで行くにも理由がある。
「狙っている素材は桃色真珠です。二界の地底湖に生息する貝から採れます。PTメンバーに頼めば一緒に行ってくれると思いますが、今回は独りの方が安全だと判断しました。二界は一界と比較にならない程に魔物と遭遇し、しかも増援を呼ぶと聞きます。採取のため場所を固定して増援を呼ぶ敵と戦い続ける。それこそ自殺行為です。まだ一人で隠れながらの方がいい」
「……確かに桃色真珠狙いならPTより独りの方が良いだろうよ。だが、それは生還率が0%から1%に増える程度だ。どちらにしろ正気の沙汰じゃない」
ここで切り札を切る。冒険者ギルドの指示で秘匿している技能の情報だ。
「僕の探索スキルはLv.3です。」
「……は?」
衛兵が間の抜けた声を漏らす。無理もない、新人の技能レベルが3に達しているとは俄かには信じられないだろう。
「おかしいと思ってましたよね?新人PTの『聖銀への旅路』の朝が遅いことを。つまりそういうことなんです。Lv.3の探索スキル使用し効率的な狩りをしていた。さらに僕一人なら気配遮断スキルもあるし敵を避け続けることも出来る。信じて欲しい。頼むよ……僕には……僕にはあの娘しか……」
最後は上手く言葉に出来なかった。だけど――
「『精霊祭』か……命を賭けるに値する『精霊姫』がいるんだな?」
僕が瞳で「勿論!」と肯定したことを見て衛兵が渋々といった表情で続ける。
「二つ約束しろ……ひとつ、帰還したら酒を奢れ。ふたつ、だから死ぬな。」
薄っすらと輝く異界石に触れる。足下に黄金の魔法陣が展開し地面から輝く雪のような光がフワフワと螺旋を描き舞い上がる。
その幻想的な空間に包まれていると衛兵が右手の親指をこちらに向けて伸ばしてきた。
僕は親指を重ね覚悟と共に口にする。
「必ず……必ず約束は守ります」
光はさらに輝きを増し――もうすぐ魔法陣が発動するだろう。
「行ってきます!」
すると、衛兵は一転して意地の悪い顔で宣言するのだ。
「悪いが私には報告義務がある。お前が命を賭して異世界に向かったことは皆の知るところとなるだろう。つまり、告白に失敗した場合……」
待て。ちょっと待って。もう止めて。
だけど衛兵の残酷な言葉は止まらずに――
「そこまでやって失敗した奴として伝説になる。悪いな」
失敗した後のことなど全く考えてなかった。
あああああああああ。あああああああ。うあああああああ。ああああああああ。
転移直前の僕の心の声が聞こえるかのように楽し気な衛兵の姿が消える瞬間――
「俺の嫁さんも『精霊姫』だったんだぜ、続けよ若者」
そう小さく呟くのが聞こえた。