三日前の夜:冒険者
まったくの新人です。
更新は不定期になります。
楽しんで頂けたら幸いです。
※完結まで何度か修正するかもしれません。
「おう、今回も無事に全員帰還出来た。――乾杯!」
冒険者ギルド内の酒場に大柄な熊人族の男の声が響く。黒々とした体毛に覆われた彼には暑さの厳しい季節だ、エールもさぞ旨かろう。
パコーンと木製のジョッキがぶつかり合い始まる宴。ああ、今日も僕を待たずにおっ始めやがった……
PTメンバーの楽し気な声を遠くに聞く僕は宝買取り待ちの列に並んでいた。
異世界の魔物がドロップした宝箱を開ける技能を有する『箱役』はどこのPTでも買取交渉の仕事を兼ねる。
交渉といっても相手はギルドなので買い叩かれることはない。状態が悪く値が下がったものについて説明を受ける程度のものだ。
――けど、こっちにも楽しみはあるし。
「お次の方どうぞー」
夕暮れ時、一日の探索を終えた冒険者でごった返すギルドはまさに戦場であり、少しでも早く列を捌こうとする受付嬢さんが呼び掛ける。
バチっと合う目が意味するのは「早く来て」だろう。
内心で一番美人の受付嬢さんに呼ばれた幸運を喜びつつ小走りでカウンターに向かう。
「アスラン君、お疲れ様でした。本日の成果はいかがでした?」
僕は無言で親指を上げ腕を一直線に伸ばす。『最高』の合図だ。
「おめでとうございます!」
まるで自分のことのように喜ぶ受付嬢さんは親指を合わせてくれた。僕の指よりひんやりとして柔らかい。
毛先を少し巻いた薄茶色のセミロングの髪型は彼女にとても似合う。色素の薄いぷっくりとした唇と合わせた破壊力はとてつもない。
リーダー達は既に飲み始めているけど全然悔しくない。どう考えてもこの受付嬢さんと会話する方が勝ち組だ。
「今日の宝は、薬草2本に耐性獣の皮、そして魔鋼のインゴッドです!」
「4宝! それにレアドロップまで……すごい。やりましたね!!」
笑うとエクボが出来て可愛い過ぎる。それに、こうして近くで話すと……蜂蜜よりも甘い香りがして……僕の心は今にも蕩けてしまいそう――
うん、惚れる。いや、惚れてただろうな。
あの娘と出会っていなければ――
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「お待たせ! って、既に飲んでるから待たせてないね」
「おう、いつものことだ。気にするな」
ちょっとは気にしようよと思いつつ、宝の換金を済ませた僕も席に着いた。
PTメンバー達はいい感じに出来上がっている。満足のいく冒険の後ということで酒が進み話は弾んだようだ。
さて、駆けつけ1杯。――の前に最後の仕事をこなす。
「はい! 先に報酬を発表するよ。薬草が単価九万五千の二本で十九万、レザーが二十四万五千、魔鋼のインゴッドが二十七万四千。合計七十万九千ゴルドでした!」
沸き上がる歓声、抱き合うメンバー達。だが、気持ちは分かる。いや、気持ちは同じだ。
何たって一人あたり十万超えの稼ぎである。しかも『精霊祭』直前のこの時期に。もう天にも昇るってのは、このことだよね。
「いつものとおりメンバー数で割って百以下を切り捨てるね」
そうして最初に配るのは金貨。ふはは、十万ゴルド金貨だ。皆よ、この重みをとくと味わうがよい!
金貨を受け取る両手が震えている大男。金貨にキスをする優男。神に祈り始めた男僧侶。とにかく大金を得て落ち着かない様子だ。
逆に平然としているのはギルドから派遣された一回り年上の『指導役』と意外にも紅一点であるドワーフの女。
そして、僕とリーダーは親指を合わせ喜び合う。
この7人が『聖銀への旅路』のメンバーだ。
「うっひょおおおおおお! キタぁあああああ!! これでイケる! マリベルちゃん待っててくれ!」
道具屋の看板娘の名を叫ぶ優男のテンションはあり得ない程に高い。だけど、気持ちは分かる。いや、気持ちは同じだ。
さらにリーダーが燃料を投下し話を盛り上げにかかった。
「おうおう! ところでだ、誰か『精霊祭』で勝負すんのか?」
『精霊祭』での勝負とは新成人を迎えたばかりの女性に交際を申し込むイベントのこと。聖書の古事にちなんで町の一部の地区だけで始めた小さな祭りは美しい『精霊姫』の魅力により今では国外からも観光客が訪れる程に成長した……らしい。
そりゃ、祭りのノリで美人を合法的に口説けるなら大人気にもなるよね。『精霊姫』側も受けた告白の数を競うため誰でも歓迎という話だし。
「オレに勝利を捧げる!」
「僕も出るよ」
テンションのおかしい優男のピルロがこれまた微妙におかしいな参加宣言をするのに合わせ僕も静かに参戦を表明した。
恥ずかしいから大袈裟に騒いでないけど……気持ちは自分史上最も高まっている。人生初の告白をする。それも、大勢の前でだ。そう考えると体全体が熱くなり今にも叫びたくなる。
「おう、アスランとピルロか。『箱役』が参加するならしばらくPT活動は休止だな。オレに用がある場合は夜に宿に来てくれ。宿は知ってるよな?」
リーダーがそう言いながら周りを見渡す。メンバー達もこれには特に文句がないようで肯定の意を仕草で示した。
「おう、なら次回は『精霊祭』の翌日の正午にここに集合だ。そこでPTの今後について話し合いたい」
その言葉に盛り上がっていた空気は一瞬で凍てついて。
――ついに、来たか。PT再編の時が。
僕等の「聖銀への旅路」は新人の集まりに過ぎない。冒険者登録をするタイミングが近かった新人達がギルドの『指導役』を加えてとりあえず結成しただけのもの……
思いのほか居心地が良く続いたけど、探索にある程度慣れた新人PTはさっさと解散し目的や力量の合う冒険者とPT組み直すのが常識だ。
普通なら貴重な『箱役』はPTを組むのに不自由しない。だけど、このメンバー達は相当に優秀だ。他の冒険者と組んだことのない僕にも分かる程には。
つまり……僕の席があるのかは未定。誰が残るのかも不明。皆の顔も不安に染まる。
――とにかく最善を尽くすしかないか。
そこで思考を区切り、とりあえずエール。だって、今の最善はこの宴を最高に楽しむことだからね!
「すいませーん、エールひとつお願いします!」
空気を敢えて読まない僕に続くのはやっぱりピルロで。
「おまっ、自分の分だけ頼みやがって! エールもうひとつ追加でー!」
それに皆も続きエールの嵐が襲来する。さぁ、飲もうじゃないか!