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爪弾きの白薔薇妃  作者: 橙真
4章 羽ばたくもの
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初めての心

 レオナルドがリーゼロッテと合流する姿を確認し、ジョルジュは今も一人で怪鳥の相手をするイヴァンの元へと馬を急がせた。

 元々、イヴァンは諜報に特化していて純粋な戦闘は得意としていない。長時間戦えば、怪鳥に押され始めるのは目に見えている。


「イヴァン、俺の援護に回ってくれ!」


 ジョルジュは愛用のハルバードを構えると、ぎりぎりのところで怪鳥の攻撃を受け流していたイヴァンに呼び掛けた。

 気付いたイヴァンは振り返ることはせずに、隠し持っていた二本の短剣を怪鳥の目を狙い投擲する。一本は瞼を掠め、もう一本は嘴を僅かに削るだけであった。

 しかし怪鳥の気を逸らすには十分で、その隙に駆けつけていたジョルジュとイヴァンの位置が入れ替わる。

 痛みに悲鳴を上げた怪鳥の喉元目掛けて、ジュルジュがハルバードの刃を横凪ぎに振るった。

 怪鳥の肉の厚さから致命傷には至らなかったが、ひゅうひゅうと苦しげな息を上げて頼りない足取りで後ずさる。


「やはりしぶとい」


「だが、今のでまともな呼吸はできないはずだ。時間の問題さ」


 首から血を落としながら、充血した瞳で二人の姿を捉える。怪鳥は大きく口を開け、もう一度咆哮をあげようと空を見上げた。

 しかし、切り裂かれた喉は空気を震えさせない。

 恨みがましい目を向けて怪鳥は崩れそうな足取りでジョルジュ目掛けて突進を試みる。


「俺が怪鳥の動きを止める。お前は怪鳥の弱点を狙ってくれ」


「了解」


 イヴァンは短剣ではなく細身の剣を引き抜き、怪鳥の視界から外れるように大きく旋回させた。

 怪鳥は動き出した者を追おうと首を動かす。しかし、ジョルジュが距離を詰めながらハルバードを振り回したため、怪鳥の意識はジョルジュに縛られる。

 迫る切っ先を寸でのところでかわし、怪鳥は固い嘴をジョルジュの脳天目掛けて降り下ろす。

 ジョルジュは降り下ろしたハルバードの勢いをそのままに、柄で嘴を受け止める。怪鳥が身を引くよりも早くハルバードを傾け怪鳥の嘴を流すと、ジョルジュはハルバードを回転させ刃の付け根で怪鳥の翼の関節部分を絡め取った。

 そのまま力を込めてジョルジュがハルバードを引き抜けば、怪鳥は体制を崩し足をもつれさせるとそのまま転倒してしまった。

 喉元をかっ切られ、翼を絡め取られ、怪鳥は自らの巨体を思うように操れないまま、じたばたと全身でもがいてみせた。


「くっ」


「ジョルジュ!」


 予測不能な動きで翼を動かされ、ハルバードごと振り回されたジョルジュの体は馬上から地面へと叩きつけられる。

 翼に引っ掛かっていたハルバードが外れたことで、怪鳥は大きく翼を広げると鉤爪を光らせてジョルジュの肩を押さえつけた。

 鋭い爪に肩口を抉られ、赤い血が地面を濡らす。

 こんなところで獣一匹に殺されてやるわけにはいかない。ジョルジュは傷を負わなかった方の手に握りしめているハルバードの先端部分を怪鳥に向けると、下から腹部目掛けて突き刺した。

 腹に容赦なく突き上げられた先端部は怪鳥の鉤爪同様の強度を誇っており、抉るような痛みに怪鳥は叫ぶことが出来ず腹立たしそうに地団駄を踏む。


「今だ、イヴァン!」 


 頭から返り血を浴びながら、ジョルジュは最も信頼を寄せるその名を呼んだ。

 その声に応じるようにして、怪鳥の視界の外からイヴァンが馬をぴたりと真横に寄せるとイヴァンはなおも暴れる怪鳥の背中へと飛び移った。

 背中に違和感を感じた怪鳥が振り向こうとするが、それを阻止するようにジョルジュがハルバードを動かし怪鳥の腹部を抉る。

 怪鳥が痛みから逃れようと暴れだすが、イヴァンは構うことなく背中に跨がりながら怪鳥の頭に細身の剣を突き立てた。

 頭蓋骨の隙間から脳を貫通し、何が起こったのかわからぬ様子で目を見開いた怪鳥は、最後の悪あがきといわんばかりにその場で足踏みを繰り返すと、途端に糸の切れた操り人形のように倒れてしまった。


「ジョルジュ! 大丈夫か!」


 イヴァンは怪鳥の背から飛び降りると、倒れたままのジョルジュへと駆け寄った。

 怪鳥の最後の足掻きで、足元にいたジョルジュは鋭利な爪の餌食となっていたのだ。

 先程受けた肩の傷だけではなく、腕や足から血を流している。

 真っ青な顔で自分を抱え起こすイヴァンを見上げ、ジョルジュは仮面の奥で苦笑を浮かべた。


「見た目はひどいが、ほとんど掠り傷だ。っ、大したことは、ないさ」


「怪鳥の爪は掠り傷であっても、下手すれば致命傷だ! 平気なわけがない!」


 普段から落ち着いた表情の多いイヴァンが、まるで迷子のように途方にくれた顔をしている。

 本当にイヴァンは昔から、ジョルジュの怪我に大袈裟に反応する。本当に致命傷であれば、こうして話すこともできないのだが、そこに思い至る余裕はないらしい。


「イヴァンは本当に昔から変わらないな」


「今はそんなことを言っている時ではないだろう? はやく手当てを……」


 ジョルジュは自分を支えるイヴァンの腕を退かすと、倒れた怪鳥の体を支えにして立ち上がる。

 幸いなことに、どこかが折れたりはしなかったようだ。ジョルジュは安堵の息を吐くと、まだしゃがみこんだままのイヴァンの頭をそっと撫でた。

 驚き顔を上げたイヴァンを見下ろし、ジョルジュは瞳を細めて眩しそうに微笑んだ。


「大丈夫だ。俺はこんなことで死にはしないよ。運がいいことは、お前もよく知っているだろ?」


 はい、と頷きながらもイヴァンは、自分を見つめる痛いくらいの眼差しを直視できずに俯いていた。



 イヴァンとジョルジュが怪鳥を倒した頃、平野でもヴァインスが今日一番の怪鳥を仕留めたところであった。

 想定外の事態は起きたものの、死傷者はなく、今年の怪鳥狩りも無事閉会となった。

 例年通り、仕留めた怪鳥は城の料理人が総出で捌き、長期保存用の干し肉の製造に日持ちしない部位の調理と目の回る思いで駆け回っていた。

 人々は怪鳥狩りの会場にテーブルと椅子、持ち運びが可能な調理道具を用意して、狩ったばかりの怪鳥の肉を味わっていた。


「レオナルド様、今日はご活躍でしたね」


 本日何度目かわからない挨拶を受け、レオナルドは食事の手を止めて声の主を振り返った。

 先程は騎士団の小隊長、その前は外交大臣、そして今回は近隣に領地を持つ伯爵家の当主であった。


「お褒めいただき光栄です」


 レオナルドは短くそれだけを答えると、男に軽く頭を下げてみせる。

 このタイミングで声を掛けてくる者など、予想外に目立つ働きをしたレオナルド相手に顔を売っておきたいと考える者くらいである。

 あまり信用はしきれない。

 挨拶と当たり障りのない話を二言三言交わすと、レオナルドの着ていたシャツに目を付け感心したような息を吐いた。


「おや、もしかしてそちらはケノンの絹ではありませんか? 胸の刺繍も素晴らしいですね。これは怪鳥ですか?」


「えぇ。よくわかりましたね」


 ケノンで作られる絹は国外でも一級品として有名である。

 手触り、光沢、伸縮性、何を取っても他とは比べ物にならない。

 伯爵ともなれば品質の良いものを身に付けるだけではなく、目利きも出来なければ他家の者と対等に語り合うこともできない。

 レオナルドに声を掛けた男も、例に違わずケノンの絹に興味を抱いた。

 それはレオナルドにとっては好都合であった。

 現在のレイノアール国でケノンとの貿易は盛んではない。そのような状況下で一級品の絹を手にいれたとなれば、伯爵もその入手ルートに興味が沸く。


「何度か目にしたことはございますが、それも人から頂いたものばかりですから、どのようにしてレオナルド様が絹を手にいれたのか非常に興味があります」


 直球での質問は初めてだったため、レオナルドは少々感心しながらも頷いた。

 遠回しに探るような尋ね方をされるよりはよっぽど好感が持てる。


「僕もこれは頂き物ですよ。妻がアカネース国より持ち込んだものを、仕立て上げてくれたのです」


 何度同じことを答えただろうか。

 レオナルドの返答を受けると、誰もが驚いた様子で目を丸くし、そしてなにかを考え込むように少し黙るのであった。

 ケノンの絹で作られたシャツについては、レオナルドもつい先程初めて渡されたものである。怪鳥狩りに参加した者はそのまま食事に移るわけにはいかず、皆一度着替えている。レオナルドも同じように着替えようとしたときに、イヴァンが手渡してくれたものがリーゼロッテが用意したシャツであった。

 誘い布を作る傍らで、レオナルドのためにシャツも作っていたらしい。

 周辺から多くの貴族たちが集まる場で、ケノン産の絹で作られた衣服を身に着けていれば注目を集めることは間違いない。今日のようにレオナルドが怪鳥狩りで活躍をしたのならば、その注目も良い方に働くものだ。

 同時に絹を手に入れ、シャツを仕立てあげるリーゼロッテの能力もアピールすることに繋がる。先程まで怪鳥狩りで彼女の誘い布を笑っていた者たちも、誰かに布を入れ換えられただろう事実を認めざるをえない。


「アカネース国にはあの有名なオズマン商会がありますからね。我々よりも交易については進んでいるのかもしれません」


「そうですか……。それは良いお話を聞かせていただきました」


 頷いた伯爵に向けて、レオナルドも微笑み返す。

 僅かではあるが、少しずつレイノアールの人間のアカネース国への偏見を無くしていく。

 リーゼロッテを妻としたレオナルドにとっては、これも大事な仕事である。

 伯爵と分かれたレオナルドは周囲を見渡す。

 アレクシスとヴァインスは当然のように人に囲まれており声をかける隙はなく、ジョルジュに至ってはこの場にすらいない。

 リーゼロッテを探していたら、料理人らしき男がトレーを手にレオナルドへと声を掛けてきた。


「レオナルド様! 肝臓の調理が終わりましたのでどうぞお召し上がりください」


 朗らかな笑みを浮かべた男は、自分の作った料理を食べて欲しくて堪らないといった顔でトレーに並ぶ品の説明を始める。


「こちらがバターソテー、こちらは右から順に塩、味噌、レモンで味付けしました。こちらは煮付けで、味付けは辛めにしておりますので苦手でしたらお気をつけください。それとこちらはアカネースより買い付けたスパイスで蒸し焼きにしましたので、奥様もお喜びになるかと」


「ありがとう。とても美味しそうだ」


 口にしなくても、匂いだけで料理人が丹精籠めて作ったであろうことが伝わってくる。そして、レオナルドの思いも汲んで調理をしてくれた。

 レオナルドよりもやや年上程度の若い料理人であったが、その心配りは侮れない。

 当然のように準備された二人分の取り皿とフォーク。レオナルドが今日何を目的として怪鳥狩りに挑んだのかばれてしまっているらしい。


「今日のレオナルド様は張り切っていらっしゃいましたからね。私も精一杯調理させていただきました!」


「そう言われてしまうと何だか恥ずかしいな……」


「いいじゃありませんか。私は今年のレオナルド様のお姿を見て、是非貴方のために調理したいと思いました」


 誤魔化すように頬を掻き、レオナルドはトレーを受け取った。

 満足した様子で微笑んだ青年は、笑顔のままレオナルドの耳元にそっと顔を近付ける。


「リーゼロッテ様でしたら隅の方にいらっしゃいますよ」


「……どうも、ありがとうございます」


 微笑ましく自分を見つめる眼差しが気恥ずかしく、レオナルドは逃げるようにして青年の示した方向へ足早に去っていった。



 人の輪から外れた場所に、リーゼロッテはイヴァンと二人グラス片手にゆったりとした時間を過ごしていた。


「イヴァン、先程はありがとうございました。怪我がないようでよかったです」


「貴方を守るのが私の仕事です。レオナルド様は本当にリーゼロッテ様のことを大切に思っていらっしゃるようですから……」


 ふいに、イヴァンが口を閉ざした。

 リーゼロッテが頬を赤く染め、両手で抱くようにしグラスに口を付けている。顔を隠すような仕草に、イヴァンはじっとリーゼロッテを見つめた。


「……照れてらっしゃいますか?」


「イヴァンも意地が悪いですね……」


 すみません、と苦笑を浮かべたイヴァンが嬉しそうで、リーゼロッテは文句を言うことが出来ずに赤い顔のまま目を伏せた。


「私は嬉しいですよ、お二人が仲睦まじい姿は安心します。先程のシャツも、ご自身で渡されればよろしかったのでは? レオナルド様もその方が嬉しかったと思いますよ」


 毎晩レオナルドのためにと誘い布の合間にシャツを作っていたことはイヴァンも知っていた。

 裁縫を得意というだけあって、出来上がったシャツは見事なものであった。何気なくイヴァンが裁縫について尋ねてみれば、リーゼロッテは昔から自分で直すことが多かったからと返事をされてしまい、納得と同時になにも言えなくなってしまった。

 だからこそ、人のために作ることは楽しいと微笑んだ姿も忘れてはいない。レオナルドに見せることができないことだけが、イヴァンにとって残念であった。


「ですが……その……」


 リーゼロッテは言いにくそうにイヴァンを見上げ、グラスを手の中で弄りながら言葉を探すようにゆっくりと口を開いた。


「私、どのような顔でレオナルド様とお話をすればいいのか……わからないのです」


「わからない、ですか?」


「はい……。前々から少しずつ感じていたことではありますが……今日、レオナルド様に助けていただいたときから……」


 リーゼロッテは片手を自分の胸に重ね、赤みを増した頬を隠すように俯いた。


「……胸が、騒ぐのです。こんな気持ち、初めてで……私、レオナルド様に何て言っていいのか」


「リーゼロッテ様、それは……」


 それを恋心と言うのではないか。喉元まで出かかった言葉を、イヴァンは飲み込んだ。

 恥ずかしそうに俯くリーゼロッテの姿を見ていれば、彼女もきっと自分の心がざわめく理由に見当は付いているだろうことは予想できる。

 しかし、初めて感じる心の動きは頭でわかっていたとしても動揺を誘い、リーゼロッテを惑わせているのだろう。

 男女の恋愛について、イヴァンから助言できることはほとんどない。

 しかし、普段から二人の様子を見守っている者としてアドバイスできることは一つしかない。


「……思ったことをそのまま言えば良いんですよ。レオナルド様もきっとそれを望んでいます」


 そのまま、とリーゼロッテはイヴァンの言葉を繰り返す。

 俯いたままのリーゼロッテの向こう側から、小走りに近付いてくるレオナルドに気付きイヴァンは音を立てないようにその場から後ずさる。

 二人の邪魔をしてはならないという、イヴァンなりの気遣いだ。


「……リーゼ」


「は、はい!」


 彼女をリーゼと呼ぶ者は、この国では一人しかいない。

 まさしく今リーゼロッテの頭の中を占めていた人物から突然声を掛けられ、リーゼロッテは情けない声を上げて振り返った。

 あまりの勢いに、レオナルドは目を丸くしている。


「ごめん、驚かせた?」


「いえ、大丈夫です……」


「それならいいんだけど。そう、リーゼ、これ食べてみてよ」


 レオナルドは手にしていたトレーをリーゼロッテの目の前に差し出す。

 食欲を擽る香りにリーゼロッテの頬が綻んだ。そして、それが何であるかを察すると、リーゼロッテは嬉しそうに目を細めた。


「これ、レオン様の倒した怪鳥の肝臓ですか?」


「そうだよ。白い肝臓は取れなかったけど……」


「それでも凄いです! こんなにたくさんのお料理ができるなんて!」


 瞳を輝かせ、リーゼロッテはトレーに並ぶ料理を見つめた。

 嬉しそうな彼女の姿に、レオナルドはほっと息を吐いた。

 リーゼロッテに笑ってほしい。是非、美味しい肉を食べさせたい。その想いが無事に実ってくれた。


「ほら、温かいうちに食べてみて。これがアカネース風の味付けにしてくれたみたいだからリーゼにも食べやすいんじゃないかな」


 レオナルドが蒸し焼きを指差せば、リーゼロッテは頷いてフォークを手に取り蒸し焼きを一つ取る。


「それではいただきます」


「どうぞ」


 一口サイズに切り分けられた肝臓の蒸し焼きを、リーゼロッテは口の中に運んだ。

 初めて食べる鳥の肝臓と舌になれたアカネース風の味付けは、リーゼロッテの口に合ったようで、片手で口を押さえるとリーゼロッテは頬を高揚させて何度も頷いた。

 しばらくして飲み込んだ後、リーゼロッテは珍しく興奮した様子で口を開いた。


「美味しいです! 独特の風味ですけど、懐かしい味付けで、食感も良いですし……それにレオン様が倒した怪鳥だと思うと尚更に……」


 近付いていた二人の距離に気が付いて、リーゼロッテはぴたりと言葉を止めた。

 嬉しさのあまり興奮してしまい、リーゼロッテは一歩距離を詰めていたことに気が付かなかったのだ。

 リーゼロッテは俯いて一歩後ずさると、落ち着きのない様子で髪を耳に掛ける。

 突然よそよそしくなったリーゼロッテの心情などレオナルドには知る由もなく、顔色を窺うようにリーゼロッテを覗き込んだ。


「どうかした? 何か違和感でもある?」


「違います! 本当にとても美味しかったです」


 リーゼロッテはレオナルドを見つめて必死で首を降る。しかし、目があった瞬間に再び顔を背けてしまった。

 イヴァンは思ったことを言えば良いのだとリーゼロッテに告げている。

 しかし、初めての想いが胸の中で渦巻いているリーゼロッテでは、思うままに言葉を告げることは難しい。

 レオナルドもソテーを口にし、特別おかしな点はないことを確認した。食事に何かが含まれているわけではないらしい。

 料理人が自信たっぷりに語ったように、文句の付けようのない出来であった。


「リーゼ、もしかしてまださっきのことが尾を引いているの?」


「え?」


 さっきのこと、と言われればリーゼロッテが思い出すのは怪鳥の襲撃とレオナルドが駆けつけてくれたことの二点だ。

 同時にレオナルドの抱擁を思い出し、リーゼロッテは顔中を真っ赤にしてレオナルドに背を向けてしまった。人目に付くところで、夫婦とはいえ堂々と男性に抱きつくなんてはしたないという思いと、レオナルドの腕の中で感じた安心感と胸の高鳴りが混ざりあって、リーゼロッテの許容範囲を越えてしまった。

 そして、その姿はレオナルドに誤解をもたらす。

 レオナルドは腕の中で震えていたリーゼロッテの姿を思い出していた。まだその恐怖が尾を引いているのではないかと不安を抱いた。


「リーゼ!」


 レオナルドは空いている手でリーゼロッテの手を掴む。

 彼女の不安を拭うことが出来なければ、怪鳥狩りで功績を上げた意味がない。

 思いの外強く掴まれた腕に、リーゼロッテは驚き体を強張らせた。


「僕はもっと強くなるよ。リーゼが安心できるくらいに力を付けてみせるから」


 リーゼロッテにとっては、その言葉は嬉しかったがレオナルドが側にいてくれるだけで十分なのだ。

 しかし、今の彼女にその思いを形にする余裕がない。

 リーゼロッテは俯いたまま顔を上げず、頷くことも出来なかった。

 その様子を不審に思いながらも、レオナルドは不安のせいだと思い込むことにした。


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