末妹の胸中
珈琲一杯の休憩を楽しむつもりで立ち寄った喫茶店だったが、メニューに並ぶ手作りのケーキを見つけたシェリーが目を輝かせたため、二杯目の珈琲とケーキを注文することになった。
「ご注文、承りました。少々お待ちください」
全員の注文を持って娘が奥に下がると、アレクシスは隣に座るシェリーの腰まで伸びた白花色の髪を撫でため息を吐いた。
「……他国の、しかも最近まで戦争を行っていた国に嫁ぐというのはどんな気分なんだろうね」
アレクシスが何の話をしたいのか、詳しくは聞かなくても彼ら兄弟には理解ができた。
頭に触れる大きな手を見上げ、シェリーはそっと目を伏せる。
「……私じゃなくて良かったって、正直思ってしまいました」
重い息を吐き出したシェリーに目をやり、アレクシスとレオナルドは彼女の気持ちを思い目を伏せた。決して誉められた発言ではないが、二人は妹を嗜める言葉が浮かばなかった。
「私も正直なところ、シェリーではなくて良かったと思ったよ」
この国の姫には申し訳ないけど、と付け加えてアレクシスは困ったような笑顔を浮かべた。シェリーは自分の発言の残酷さに気づいたのだろう。恥じるように顔を俯け唇を引き結ぶ。
「僕もシェリーの言う通りだと思うよ。誰だって、そんな貧乏くじを引きたくない」
「へぇ、お前でもそう思うのか。てっきり、国のためだからとか言うと思ってたぜ」
「国のためだとは思っていますよ。でも、喜んで結婚なんて出来るわけがありません」
茶化すような口調のヴァインスを無視し、レオナルドは俯くシェリーの背中を撫でた。
「シェリーは婚約者を戦争で失っているからね。余計に、思うところはあるんじゃないかな?」
優しく響いたアレクシスの言葉に、シェリーは微かに頷いた。そして、申し訳なさそうに首を振る。
「申し訳ありません、お兄様。私、アカネース国から嫁ぐという王女様を、心から歓迎することはできそうにありません……」
「シェリー……」
誰一人として、シェリーを責めることはできなかった。彼女の気持ちは、レイノアールの国民の多くが思うことと同じだろう。
敵国の姫。家族を、大切な人を、育った故郷を奪った仇。おそらく、レイノアールの人間達がアカネースの姫に対して抱く感情は明確な敵意のはずだ。
国民がアカネースの姫を拒むのなら、尚更に王族である自分達が受け入れなければならない。
停戦は父王の悲願でもあり、兄弟達も王の意思は理解し共感している。
シェリーも、頭ではわかっている。しかし、受け入れられない程に彼女は婚約者を愛していた。
「彼は本当に優秀な武人だった。……シェリーのことも大切にしてくれていたから、婚約が決まったときは本当に喜んだのだけどね」
「あいつ、兄さんの近衛騎士だったか?」
「ああ、そうだよ。ずっと私の近衛騎士として仕えていてくれたが、後から王国騎士団入りを志願したんだ」
男が王国騎士団に転属願いを出したのは、シェリーとの婚約が決まった後だった。早く戦争を終わらせ、平和な世の中で彼女に笑って欲しいと話していたことをアレクシスは今でも覚えている。
しかし、それを口にすることはシェリーを余計に傷付けるだけだ。アレクシスは黙ってシェリーの頬を撫でる。
まだ、シェリーの心の傷は癒えていない。だからこそ、アカネース王国に王子がいなくて良かったとアレクシスは思うのだ。
「お待たせいたしました」
ウェイトレスの娘がそれぞれの前にケーキを運ぶ。話の内容を聞かれていたかもしれないと危惧しレオナルドは娘の横顔を盗み見たが、彼女は四人に興味など無さそうにケーキと珈琲を並べている。
聞こえないふりをしているだけかもしれなかったが、彼女の態度が変わらないことに安心してレオナルドはカップを口に運んだ。
「なぁ、レオナルド。俺とお前と、どっちが貧乏くじを引くことになると思う?」
まだ娘がいるというのに話を続けるヴァインスに睨むような視線を投げ、レオナルド眉を潜めた。
ヴァインスのことだ。ここで無視をすると、レオナルドが不機嫌になることをわかった上で今度は露骨な言い方で同じ質問をするだろう。
そのことを嫌でもわかっているレオナルドは、眉間にしわを寄せたまま口を開いた。
「わかりませんよ、そんなこと。お互い、自分になった場合のことだけ考えていればいいんじゃないですか?」
「つまらんやつだな」
鼻で笑い、ヴァインスは運ばれてきた果物の乗ったタルトを手掴みで口へと運んだ。粗野な仕草に、レオナルドの眉間のしわが深くなる。
その様子を横目で見つつ、大きな一口を飲み込むとヴァインスは満足そうに笑みを浮かべた。
「俺は妻など御免だな。一人の女に縛られるなんてやってられるか。それこそ、こいつのように様々な味を楽しみたいからな」
ヴァインスはごろごろと様々な種類の果物を乗せたタルトを持ち上げる。
そして、レオナルドの選んだケーキに目をやり、意地悪く笑う。
「お前が結婚すればいい。俺よりずっと向いてるだろうよ」
レオナルドが頼んだものは、ブルーベリーとチーズのケーキ。それも、ブルーベリーの味を引き立てることを優先されたケーキであった。
様々な種類の果物を、それなりに美味しく楽しめることが出来れば十分なヴァインス。
一つの好物を最も美味しい形で食べることを選ぶレオナルド。
「確かに、レオンの方が適任かもしれないね」
ヴァインスの視線を追ったアレクシスは、そこに並ぶ二つのケーキを見比べて興味深そうに頷いていた。




