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爪弾きの白薔薇妃  作者: 橙真
3章 焼けた靴で踊るように
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 賑わいを見せるレイノアール王城のエントランスホールの中、本日の祝宴の主役である二人は来賓客一人一人の元を回り挨拶を終えた所で一度休憩を挟むことにした。


「お疲れ様。主要な者たちには一通り挨拶できたからもう仕事は終わりかな」


「レオナルド様もお疲れ様でした。ご立派なお姿でした」


「もう。あまり子供扱いはしないでくれるかな」


 不貞腐れ唇を尖らせたレオナルドへと、リーゼロッテは穏やかな笑みを向けた。すみません、と口にする彼女の瞳が柔らかく細められていることに気付き、レオナルドは悔しそうに頬を染める。

 レオナルドとリーゼロッテの婚姻の祝宴には、両国から多くの有力人物が訪れていた。開催がレイノアール国内ということもあり、どちらかといえばレイノアール国の人間の方が多く出席しているが、アカネース国も押さえるべき人物は参列しておりこの婚姻が両国の外交にとって再重要視されているのだと伺える。

 祝宴と称したパーティーが開始してからというもの、二人はずっと挨拶のため歩き回っており、レオナルドもリーゼロッテも疲れを隠しきれずに壁へと寄り掛かり重い息を吐き出した。

 王宮楽団の演奏に満たされたエントランスホールの中央では、多くの男女が手を取りダンスを楽しんでいる。それを囲む人々は、両国の料理や酒を片手に談笑を楽しんでいた。

 エントランスホールを見渡すことの出来る二階の通路には二つの王座が設けられ、アカネースとレイノアールの王達がそこに座り祝宴の様子を眺めていた。何やら話をしている様子の二人は、時に笑みを浮かべては食事と音楽を楽しんでいるようであった。


「アカネース国王はあまり王女達とは似ていないね」


 つい先程、初めて顔を合わせた年上の義妹達を思い出し、レオナルドは苦笑を浮かべた。老齢の王と若い娘を比べて似ているわけもないのだが、美丈夫とは言い難いデュッセルの子とは思えない美女たちであった。


「ミレイニアは正妃様によく似ておりますし、ヴィオレッタも普段が少々不機嫌な表情をしているだけで、顔立ちはミレイニアに似て整っていますよ」


「リーゼロッテ様もお母様似?」


「えぇ。髪の色はお母様の方が濃かったそうですが、目の色や顔立ちはよく似ているそうです」


 例え城内の人間から庶民的で華のない娘だと言われても、リーゼロッテは悔しさを感じてなどはいなかった。それは母と似ていると口にした時の、嬉しそうに細められた瞳が力強く物語っている。

 リーゼロッテの横顔に、レオナルドはホッと息を吐いた。

 この祝宴の場で、二人へと聞こえるよう意図的にリーゼロッテを貶める声を発するものは少なくはなかった。

 今も、足を止めた二人に向けられた突き刺さる視線は数えきれない程に存在している。


「あれがアカネース国の第一王女……」


「先程、アカネースの第二王女とすれ違ったのですが、それはそれはお美しい方でした。それに引き換え……」


 レイノアール国の人間からの侮蔑の言葉は、潜められていてもはっきりと二人の元へと届いている。そして、リーゼロッテへと向けられる眼差しはレイノアール国よりもアカネース国の人間の方が冷たく尖っていた。


「まだ15の王子が、五歳も年上のリーゼロッテ様を妻として迎え入れなければならないとは可哀想ですね」


「どうせ何年かすれば妾でも作るでしょう。それが普通です」


「この婚姻は停戦のためですから、レオナルド王子も公に妾を作ることはできないでしょうね。まだお若いというのに……」


 アカネースから訪れた貴族や大臣は、爪弾き者を押し付けられたレオナルドに対して同情的であった。嘲笑も敵意もない、純粋な同情心から発せられたアカネース国の人々の言葉は、露骨な悪意を持ったレイノアールのものよりも更に悪質だ。

 それらの言葉を耳に受けても、リーゼロッテは何一つ変わらぬ様子でレオナルドへと微笑みを浮かべてくれる。これはリーゼロッテが人々の影口よりもレオナルドの言葉に耳を傾けている証明であり、周りの言葉に揺らがないという心の表れでもあった。


「リーゼロッテ様がお母様似似ているのなら、きっとお母様は可愛らしい雰囲気の方だったんだろうね」


「え?」


「だって、そうでしょう? リーゼロッテ様の顔を見ればそう思うよ」


 周囲の声など構うことなく、レオナルドはそう言葉にした。

 リーゼロッテは目を丸くしてレオナルドを見下ろしている。イセリナから贈られた靴はヒールが高く、レオナルドと並ぶとその身長差が大きく開いてしまう。それがまた周囲からは嘲笑の元となっていた。

 まばたきを繰り返し、リーゼロッテは動きを止めた。レオナルドの考えが理解できない。珍しく顔にそう書かれている。


「ずっとミレイニア姫と比べられていたから、感覚が鈍ったんだろうね。リーゼロッテ様だって、普通に可愛らしい顔だと思うよ」


「……」


「あとは人の好み次第だと思うけど、僕はミレイニア姫よりもリーゼロッテ様の顔の方が好きだよ。一緒にいるとほっとする」


「……あの、レオナルド様」


「あれだけの美人が妹だと当然色々と言われただろうね。女性はそういうのが面倒くさいな」


「レ、レオナルド様!」


 声量を抑えながら、リーゼロッテはレオナルドの袖を掴むと彼の言葉を無理矢理に止めた。

 真っ赤になった顔を隠すために俯いたが、耳までもが朱に染まっていたため意味はなかった。


「もう、いいのです。フォローしていただかなくても、私は……」


「僕は思ったことを言っただけだよ。ミレイニア姫には聞かせられないけどね」


 レオナルドはゆっくりと首を振り、秘密を吐露するようにそっと人差し指を口元に当てて笑みを浮かべた。フォローのつもりが全くないとは言わないが、それでもレオナルドは嘘をついてまでフォローしたいとは思わない。

 リーゼロッテにはレオナルドの想いなど一ミリも理解が出来ないのだろう。両手で頬を押さえ、戸惑いの籠められた瞳でレオナルドを見つめる。

 彼女の自己評価の低さは理解していたが、褒め言葉も真っ直ぐに受け取ってもらえないとなれば、レオナルドも呆れる他ない。レオナルドも幼い頃より周囲の者から貶められることは多くあったが、リーゼロッテはレオナルドを比べ物にならないほど日常的にそして当たり前に冷遇されてきたのだろう。


「レオナルド様は……ご無礼を承知で申し上げますが、レオナルド様は変わっています。……変わっています、本当に」


「いいんじゃない? リーゼロッテ様が爪弾き者なら、僕は変わり者。お似合いだと思うよ」


 リーゼロッテの髪に手を伸ばす。纏め上げられた琥珀色の髪には、琥珀で造られた薔薇の髪飾りが挿されている。

 宝石の採れにくいレイノアール国で、琥珀は数少ない国内で自給自足可能な宝石だ。

 外側の花びらに蝶が閉じ込められた琥珀の薔薇。安定した流通のある琥珀の中でも、虫や花の閉じ込められたものは貴重で値も張る。

 これは、レオナルドが今朝リーゼロッテへと贈った物である。今日のためにとオズマン商会のタキに依頼し用意させた。

 琥珀色の髪と透き通る琥珀の髪飾り。自分の贈った髪飾りが彼女の髪に華を開かせていると思うと、少しだけ誇らしい気持ちになった。


「レオナルド様は……変わり者です」


 変わり者、と告げる唇は弧を描く。リーゼロッテはもう、桜色の頬を隠すことをしなかった。

 空色の瞳が、レオナルドを真っ直ぐに見つめている。

 真夏の空を思わせる熱のある眼差しが、そこにあった。


「変わり者で……とても優しい方です」


 熱の籠められた視線を受け、レオナルドは照れ隠しから手を引っ込めると視線を逸らした。強い眼差しを受け続けたら、リーゼロッテに好かれているのではないかと勘違いしてしまいそうだ。

 人の輪から離れていた二人に、ゆっくりと近付く人影があった。


「これはこれは、随分と仲がよろしいことですね」


 軽やかに響く、懐かしくも耳障りな声。そちらを見なくても、リーゼロッテにはそれが誰かはわかってしまう。

 一瞬で険しくなる表情。しかし、すぐにリーゼロッテは微笑みを浮かべると、声の方へと顔を向けた。


「……お久しぶりですね、グレイン」


 グレインへと体を向けたリーゼロッテは、彼の姿を目にした瞬間に呼吸を止めた。

 リーゼロッテの様子に異変を感じながらも、レオナルドはグレインの方へと顔を向けた。

 先程は、ミレイニアと共にいた若き騎士団長。ヴァインスが手合わせをしたい相手であり、レオナルドとしてはミレイニアの夫であるアカネース国の次期国王候補であるという認識でしかないその男。

 今はミレイニアは側におらず、代わりにアカネース国の鎧を纏った騎士を一人連れている。

 リーゼロッテの瞳は、その騎士を映し固まっていた。会いたかった。会いたくなかった。どちらの感情が彼女の心を支配しているのか、それは誰にもわからない。


「お久しぶりにございます、リーゼロッテ様。レオナルド様と仲睦まじく過ごされているようで安心致しました。……なぁ、マリンハルト。お前もそう思うだろう?」


 マリンハルト、と呼ばれた騎士は俯いていた顔を上げた。

 リーゼロッテへと向ける眼差しは、先程のリーゼロッテよりも暴力的なまでに強く熱い瞳であった。


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