0007 テエス神殿を目指せ! その2
仰々しい文章って、たまに書くと面白いんですよ。ほかには一人称でぜんぶ敬語とかね。
遅れてすいません、ちょっと短いので連日です。
オルハはさっそく後悔していた。
「これが夢なんですか!? めちゃくちゃです!」
「こんな空間はない。だとすれば、夢か異空間か、どちらかだ」
不自然に冷静なのは、やはり本人の言う通り明確な意識がないからか。ジェリガというのかパソコンというべきなのか、それは置いておくとして、彼は沈着だった。
青い空と茶色の畑、緑の草木を見て生きてきたオルハからすれば、ここはまさに異空間であった。空は血のごとく赤く染まり大地は灰のように白く、草木は病にうなされたような恐ろしげな紫色である。尋常な神経を持つ人間がここへ来れば、正気を保って生きてゆくことなどできまい。
しかし意識を持たぬと言うジェリガも、少女にしか見えぬカオリでさえ、それを楽しむかのごとく微笑み、平然としていた。異世界はこのような地獄であるのだろうか。
どろどろ、ずずずず、ごうごうと思い思いの音を立てながら、怪物どもが現れる。どれを見ても、物語の中には出てこないようなものばかりだ。
たくさんの剣が、支柱らしきものもなく揺れている。カオリは「イソギンチャクみたいだよね」と言っているが、そのイソギンチャクが海の生物であるということも知らないようなオルハにはただの怪物にしか見えない。
あばら骨が無数に連なり翼が生えたものを、オルハは何度も見直した。まったく何がどうなっているのか、どういう魔物なのか分からない。骨の鳴る音もしないのだ。
「性能を確かめる」
「相変わらずジェリガはそういう人だよね…… いいけど」
猛然とそれらを平らげ始めたジェリガとカオリが全てを終わらせるまで、そう長くはかからなかった。
剣が虚空へと消え、こびりついた血がぱしゃりと川面に跳ねる。凄惨な光景のあとのように見えるが、たった一匹の夢魔を叩き潰したのみにすぎない、とオルハは知っていた。しかし血を見ることが少なかったオルハには、ほんの少しの血も、流血沙汰というに足る量であるように思われて仕方がなかったのだ。
「ジェリガ様」
「なんだ」
初めて出会ったときは心があるように思われた。
しかし、今は合理の塊となってしまい、何をするにも最低限のことしかしない。道具がものを話しているような、そんな印象を抱かせる男になってしまっている。
「どうして、魔物に追われているのでしょうか」
「追われている…… というよりも、ただ単に魔物はその性質に応じて生きているだけなのだろうな。その中に警戒すべきものがやってきたから、迎え撃つのだろう」
夢魔は悪夢を見せる、夜闇の欠片だ。ガルデオンが載っていた「東西魔物実録」にも日常に即した脅威として大きく取り上げられていた。夜に外で寝ると悪夢を見るのは、夢魔の仕業に間違いないそうだ。
鉄巌蝦はふだん岩に化けて通りすがるものを襲い喰らう、典型的な魔物だ。どこの山にもいるとは言われているが、地域による変異も大きく、珍味ともされる、親しまれている魔物と言えるだろう。
悪夢の怪物は、いったいどこから出て来たものなのだろうか? 人の心には魔物が住まうと昔から伝わっているが、あれは、そんなになまやさしいものではなかった。あのような怪物を生み出す心は、どのように恐ろしい人物が持つものなのか。
「パソコンー、あっちに村があるよー」
「行こうか」
「いいんですか!?」
食べ物が合うとか、風土がどうだとか、特産品がどうとか、いろいろな情報があるはずだ。そんなに即決してしまっていいのだろうか、という疑問は、どうやらオルハしか抱いていないようであった。
村に入ろうとした瞬間に、斧の付いた槍で道を塞がれる。完璧に息があっているなあ、という感想を普段ならば抱くところだが、オルハはこのまま首を刎ねられるのではないかと気が気でなかった。よそ者に警戒を抱く村は、多くの場合、内に問題を抱えている。ほぼ問題のない村で育ったオルハは知らないことだったが、カオリは「何かあったんですか」と気安く聞いてしまった。
「旅の者に心配される村ではない」
「だいたいの魔物なら叩き伏せますけど」
本当か、と、付き人と判断されたのだろう、聞かれたオルハは「ガルデオンが逃げ出すくらいです」と正直に言った。あの兵器が逃げ出すと言えば信用されるだろう。そう思っての善意だったが、どうやらそれは別の効果をもたらした。
「胡散臭いやつめ…… 我らとて練度において王の兵にも劣らぬものぞ、ワイバーンなぞ恐るるに足らぬ。証を見せよ、強さを」
「いいだろう。どうすればいい」
だからあなたは何をやってるんですか王の兵って無敵って言われてるのにぃイとオルハは言いたかったのだが、口が震えて言葉が出ない。
王の兵に劣らない、というのはほとんど極限まで強いと言う意味に取って間違いない。われらは最強の兵団であると言っているようなものだ。もちろん誇張に決まっているが、それでも王の兵という言葉を口にするだけの強さはあるのだろう。
「我がトスケルム自警団最強の戦士! デロム・ベセと決闘しろ!」
「分かった。早くその戦士を呼んできてくれ、連れが疲れている」
えげつない殺気が放たれたのをオルハは如実に感じたが、ジェリガは動じるどころか眉ひとつ動かさずに待ち続ける。
衛兵が考えていることはよく分かる。
大げさなことを言って自分を売り出そうという姑息なたくらみをする者は、多く実力の伴わない詐欺師のようなものであるのだ。そんなものが村に現れたら、オルハのいた村であれば、食べ物にしびれ毒を混ぜて気付くかどうか試すところだろう。わずかでも口に含めばおしまいだ。先に実力が示されていなければ、誇大なことを言うものはそんな目に遭って命を落とす。むしろ、決闘してもらえるだけありがたいと言えるのかもしれない。
(普通の人だったら、だけどね…… あはは)
異世界人に常識など通じない。ジェリガかパソコンか、今一つ名前がはっきりしないこの男も、カオリと言う育ちつつある少女も、正真正銘の異世界人なのだ。
そして、ゆっくりと土を踏みしめる足音とともに、男が現れた。
翌日15時に投稿する予定。
翌日以降はまた途切れます。すいません……




