0005 授けられしもの
この前の休日に友人から「休日なのに更新しないなんて、仲間うちでも執筆早めのお前には珍しいな」的なことを言って驚かれました。でもどこかのレーベルに投げに行く作品を一日あたり五千字くらい書いていたりで、こちらには気が向いたとき一瞬で書くくらいしかできないのです。
それにほら、受験生ですし。学校探しすらしてませんけどね。
というわけで遅い更新ですが、どうぞ。
イタチは小さな動物で、人間に対して脅威になるとすれば、収穫を取られれば命取りになるような貧しい農村だけであろうと思われていた。それは実際のところ正しい。剣を振れない農民ですら、イタチに負けることなどあり得ないのだ。小動物だし、耐久力もまったくない。おまけに臆病で、足音がすれば逃げ出すと来ている。
しかし魔力は、全てを魔に変える。
イタチの毛皮と言えば、農村の収入源でもある柔らかな毛並みの、なかなかに高値で取引されるものだ。魔獣の毛皮は硬すぎたり毛を全部抜かなければならなかったりして、とても使えるものではない。いいところが鎧だ。
その柔らかな毛並みが暗殺者の使う投げ針よりも大きくなった、と考えれば恐ろしいなどと言うものではもはやない。完全に怪物、魔物の域だ。魔力が体中を血液のように流れ、筋力は向上し、骨は丈夫になり、身体強化の魔法を常にかけているのと同じ状態に変わる。そこまで強くなれば、一級の魔物である。
「ヒテポグ……?」
「砦を一夜で血に染めた、鋼のイタチです!」
ちっとも強そうに見えない。
その根拠は、どうやらイタチの戦闘経験が少なく、莫大な魔力に反応してそれを喰らおうとしているから、らしかった。つまりは、敵の強さを把握する能力に欠けているのだ。パソコンは冷静に分析し、激しい動きを実践するために魔力を剣に作り変える。
「カオリ、魔法を頼む。小さいやつだ」
「うー……」
恐るべき速度で飛びかかるヒテポグの巨大な腕をかいくぐり、剣を振り抜く。しかしあちらもさるもの、飛び上がり上から急襲しようとする。パソコンがまともに吹き飛ばされるかと見えた瞬間、氷柱がヒテポグに当たり砕け散った。
『グォゴルル……!!』
「まだまだ足りない!」
瞬間移動とも思える速度でパソコンは突進し剣を突き出すが、ヒテポグはそれをやすやすと受け止めて反撃に出た。パソコンも馬鹿ではなく、上体を後ろに傾け、戻る勢いを剣に込めて腕を振り切りヒテポグをばさりと斬る。斬ったと言うよりも毛皮がわずかに傷付いただけではあるが、魔物同士の争いを経験したことがないのか、ヒテポグは叫んだ。
『ギァアアアアアッッ!!!!』
「カオリ! 今だ!」
ひるんだすきに容赦なくパソコンの剣はわずかに傷付いた毛皮を本当に切り裂き、そしてそこにカオリの魔法による炎が押し寄せる。そして若干鈍ったヒテポグの爪による一撃を素早く回避し、パソコンは彼の尻尾を斬り飛ばした。
あまりに恐ろしい叫び声は谷に響き渡り、平和に暮らしていたのであろう岩が動き出してしまった。おそらくはあれが青年オルハの言っていたバリタイトだろう。
「……やれるか、カオリ?」
「戦いの経験なんてないけど…… 負ける気はしない」
そして炎は放たれた。
◇
情報神は決まった居場所を持つわけではない。というより、神にすら牙をむく存在がいる世界で居場所を明かす神などいない。いくつも分散された住処をそれぞれ別に持っている者もいれば、そもそも明確な存在と呼べない神もいる。観測することが不可能でも、そこにいると信ずれば現れるものもある。
要するに、情報神は今危険なことをしているのだ。
ずっと同じ場所にいるなんて正気ではない。彼女の技術を以て生まれたロボット群や危険極まりない改造モンスター、遺伝子改造を施された何物かをすぐにでも異空間から呼び出すことができるとは言え、ずっと画面を眺めているなど、まともではなかった。
「……面白い」
もちろんのこと、わざわざ危険を冒して、ただ遊んでいるわけではないのだ。
「魔力のない世界で魔法使う子と、命を持たない存在のコンビ…… か」
本来使う必要のない薄板のようなものに、剣を振るう男と炎や雷を振りまく少女が映っていた。岩のような怪物が腕を振りおろしても受け止め、水の塊が水を噴き出しても雷で攻撃ごと本体を焼き尽くす。膨大な魔力、怪物の如き膂力に裏付けされた鬼神の如き戦闘だ。その強さは何に例えたものか、想像もできない。
どうして強いのか、と言えば、彼女の責任であることは間違いない。
小説投稿サイトで見られるような異世界に言ったらチートをもらった、というのはただ単に神がそういう気分だったということであり、誰もかれもが異世界で成功しているわけではない。頑丈な体を持ちつつも状況が状況なために最初から人生が終わった状態で転移したり、なんなら地面に落ちて墜落死した者も数え切れない数いる。人間を捨てて化け物になってしまい、すべてが終わった世界で朽ちることすら許されず世界ごと消えたものすらもいる。
成功者は一等星のようなもの、と言えようか。
「それにしては輝きすぎか……」
無限にも近い魔力と、強力な技を持つ者の動きをトレースできるソフト。無限の力などと言うものではない、正真正銘の、神殺しの力だ。
そして画面の向こうの魔物は全滅する。
「……案内くらいはしてもいいだろう」
情報神は、わざわざ異空間からマイクを取り出し、握った。
◇
岩石の中にある本体を貫くと言う意味では、魔力で剣を作るのは正解だった。魔力を無効化する魔物はいないからだ。純粋な生物の進化態ならば魔力とほとんど親和性を持たないものも存在するが、魔物であれば体外から注ぎ込まれる魔力は脅威なのだ。一種の毒物ですらあるそれを防ぐ手立ては、魔力による体を持つ者にはない。
「カオリ、消耗はどうだ?」
「パソコンはどうなのよ…… ふう、けっこう消耗したわ」
魔力の制御が行き届いていないものが急に魔法など使うと、何もかもに魔力を使ってしまって消耗しすぎ、気絶するのがおちである。壮絶なまでに魔法を使っておいて疲れただけとなると、どれほどの魔力を誇るのか。
「……オルハ! 大丈夫か!」
「います!」
どこに隠れていたものか、オルハは岩の裏から出てきた。それでも魔物から逃れるのは至難の技だったと思われるが、どうやら見境なく襲うのではなく魔力に引き寄せられただけ、しかも気配を殺そうと頑張っていたオルハには気付かなかったようである。
「さて…… ポイントはどのくらい貯まったんだろうな?」
「そう言えばそうだったわね、でも私は私でやりたいことがあるの」
「どうかされたんですか、カオリさん?」
「パソコンを見て」
オルハはにわかにはどういう反応をすればいいのか分からなかったらしく、つらつらと適当なことを述べ始めた。
「……いいお顔だと思いますよ、もてそうですよね。ただ冷たそうな光が目にあるのが残念かな…… 優しそうに微笑まれたら女性は惚れてしまうのでは」
「そうじゃないの」
「そ、それは、どういうことでしょうか」
ばっさりぶった切られてしまったオルハは内心焦っていた。
(どうしよう、今度こそ命が無いぞ……)
「男でしょ?」
それのどこがおかしいんだ、とオルハは全身で叫びたかった。なんにも問題がないじゃないか、それどころか異界で見知った男性と一緒にいられるということがどれほどに心強いことかあなたは理解していない、とも言いたい。見知らぬ場所に来た女性は、ほとんど男性を連れている。それは決して男性のお供をしているからではなく、どちらもが安心な距離でいられる場所が見知らぬ場所だからという事実に基づくだけだ。
オルハは最大限に冷たい返事をすることにした。
「………………そうですね」
「カオリ、何か不満でもあるのか」
「すっっっごく不満。どうして男なの、モノなのよね、性別とかないわけでしょ」
『よく気付きました! そうなんですよカオリちゃん!』
いつの間にか画面のようなものがまたもや登場し、マイクをわざわざ握った神がにこにこと微笑みながらこちらを見ていた。
「なんですか神様」
『神様なんて冷たいなー、カンレイって呼んでもいいんですよ、カオリちゃん?』
「カンレイ、エンハンスプログラムを買いたい」
『はいはーい。それもいいんですけど、これどうぞ。ポイントは要りませんから』
地図だ。自分たちの位置と、赤く示された矢印がある。パソコンが拡大して見てみると、どこかの神殿らしい名前のところが目的地として設定されていた。
『カオリちゃん、ここです。テエス神殿、主に転生者をもともとその魂の入っていたからだとは違う性別の体に入れてしまういたずらな神様のいる場所です。ここなら、パソコン君を女の子に…… いいえ、あわよくばオルハ君をも!』
『鼻血が出てる、カンレイ』
『ありがと…… あれ、いつ帰ったの?』
『ついさっき……。こんな女には優しくしてるの、しかももっと増やす計画まで』
『待って違う、違うの!』
『この期に及んで』
『うにゃああああー!?』
画面が消えたが、修羅場を見ないで済んだことには感謝すべきか。
「カオリ、俺が男だってことに不満を持っているなら言ってほしかった」
「簡単に変えられるものじゃないもの……」
「設定から変えられるようだ」
「ええー!?」
オルハは開いた口がふさがらなかった。
他の作品もどんどん書かないとなあ。でも一日の時間配分は下手だし、残されている(家にいられる)時間も残り少ないし。
この作品「パソコンがトリップ」は短めで終わりそうな予感がします。用意しているエピソードはあと二つくらい、年末までにいけるかな?




