第八話
「はあ…それにしても」
公家が口を開く。
「お前の家族って賑やかでいいな」
「うるさいだけよ、静かな方がいいわ」
「お前はうるさい方が似合ってるような気がするがな…」
凜花は少し不満そうな表情を浮かべるが、何も言わなかった。
少し疲れているのだろうか。
いや、疲れていても不思議ではないと先ほどの戦闘を思い出す。
「公家、あなたは本当に才能あるのね」
「いや、俺にもよくわからんが」
「私の方がもっとわからないわ。でもあなたの力が凄いことだけはわかる」
「そりゃどうも」
少し呆れたような表情を浮かべる公家だが、その表情はすぐに消え去った。
何故なら。
「よし、ゲームやるか」
ゲームを見つけたからだ。
「いいわよ、どうせ私が負けるけど」
「結構上手いじゃん、凜花だって」
公家は凜花の家に来るたび、ゲームをしている。
「ゲーム以外の事だって…」
「ん、どうした?」
「…いや、なんでもない」
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凜花の圧勝だった。
「なんで負けたんだ俺!?」
「知らないわよ…っていうか、もう2時間ぐらい経ってるし。早いわね」
「全然気づかなかったな、そろそろ帰るよ」
もう昼間の1時ごろだ。凜花の親は気を遣って呼びかけてないのだろうが、言ってくれたほうが良かったのかもしれない。
「じゃあね、公家」
「おう」
公家はおじゃましました、と挨拶をして凜花の家を出る。
「…はあ」
そして、ゆっくりと歩き出す。
あの家に、帰るために…
「凜花は、幸せそうで羨ましいな」
自分と比べることは無謀だとわかっている。
だがなぜか、比べることが苦なはずなのに止めようとはしない。
もうどうでもいいと、思ってしまっているのだろうか。
そんな考えをしている間に、自分の家についてしまう。
意外と家が近いということは、いいことなのか悪いことなのか。
少なくとも家に入ったらもう、考えなくなってしまうだろう。そういう意味では悪いことなのかもしれない。
疲れた、もう寝たい。そう思いながらドアを開ける。
「おかえりなさい、公家様!ニュースで見ましたわ!」
「…そうか、ありがとう」
「本当にカッコ良かったですわ、公家様の姿!見ていて本当にドキドキしました!」
出迎えたのは、親でも兄弟でもない、公家の許嫁だ。
何も不思議な事ではない。何故なら、この家には彼女と公家しかいないのだから。
「お世辞だと思いぐらい、口が達者だな」
「許嫁であるという前に、私はあなたが好きですから…」
「そういう決まり文句はもう飽きた」
公家はそう言いながら階段を登る。
「昼食は食べないのですか?」
「いい、寝る…」
公家は自分の部屋に入る。
ドアを閉める。
彼女は可愛い。
正直、自分の好みのタイプだ。
よくこんなバッチリ狙った娘を持ってきたなと、素直に父に感心するほどだ。
公家の父は、大手製薬会社の社長。
そして公家はその、社長の息子なのだ。
将来的にほぼ公家が社長をやることは決まっているのだろう。
だから、その妻になろうという人々が現れる。
自分の娘をその社長の妻にさせようという人々が現れる。
許嫁だ。
公家の父も、許嫁という考えには肯定している。
理由は『夫婦は若いうちから育てあげていった方がいい』という持論だ。
若いうちから一緒にいれば、幸せなことも困難なことも共に乗り越えられる。
幸せな家庭を築いてもらうために、公家の父は公家の許嫁を勝手に募集し、勝手に判断し、勝手に家に送られてきた。
それが彼女だ。
やってきたのは公家が中学3年生の頃である。そしてその頃から、公家の父と母は公家とは別のところに家を建てくらした。
それは先ほど言った『幸せなことも困難なことも共に乗り越えさせる』ためである。
バカバカしいと公家は思う。
いきなり自分に告げられたときは凄くびっくりしたのだ。そして、告げられたときにはもう両親の荷物は家にはなかった。
一緒に暮らしたいと母にいっても、通じず。
無理やり襲うと彼女の両親に言っても、それでいいと言う。
狂っている。
自分の感覚がおかしいのだろうか?公家は何回も考えた、だが考えてもその考えは変わらなかった。
それに自分の日常が、変わりつつある。
それまで女子専門の中学校に行っていた彼女が、春から公家と同じ高校に通いだしたのだ。
これも『若いうちから一緒にいさせる』ためらしい。
幸いクラスは違うが、学校の生徒達にそんなことはバレたくはない。
学校では絶対話すなと、彼女には言ってある。
それによってなんとか自分の平穏な日常を保っている。
彼女によって、崩されたくはない。
両親のせいで、崩されたくはない。
だから、許嫁――『桜城輪廻』とは、極力話さないようにしているのだ。
彼女は自分に好きと言ってくる。
許嫁の関係無しで好きだと。
だがそれは嘘だ。
全てが上手くいくための、嘘。
仕立てられた物語。
だから公家は彼女の事を、好きになれないのだ。
「…入ってもよろしいですか?」
ドア越しから彼女の声が聞こえる。
だが何も答えないことに、公家はした。
余計なことを言って自分が困りたくないから。
だが今回に限っては、何かを言ったほうが良かったのかもしれない。
「…入りますね」
何故なら、彼女が入ってきたから。
「疲れてるんだ、寝かせてくれよ」
「私も一緒に寝ます」
「冗談はよせって」
だが彼女は遠慮なく、ベッドの中へと入ってくる。
「嫌いな人となど、一緒に寝れるはずがありません。なので私はあなたと一緒に寝ます、あなたが好きということを証明するために!」
「やめろって!」
いつの間にか輪廻の目には、涙が浮かんでいた。
「私が何度言っても…あなたは信用しようとしないじゃないですか…」
「…俺はどうしてもお前らを信用出来ないんだよ、親父に仕立てられてるんじゃないかってな」
「そんなわけありません、私は、あなたの写真を見た時に…一目惚れしたのです」
衝撃的な言葉を放つ輪廻の口を、公家はじっと見つめる。
彼女もまた、自分と同じだったのだ。
「…そう、だったのか」
「はい。だからあなたと一緒に寝ることなど、簡単すぎて効果がありません」
輪廻は涙を手で拭きながら、必死に笑みを作ろうとする。
「ですがどうしても私が嫌いであると、邪魔であると仰るなら――」
「そんな事、あるはずがないだろ」
公家が輪廻を抱きしめる。
「く、公家様…?」
「……寝るぞ」
「へ、へ?つまり一緒に――」
輪廻がそう発言したときにはもう、公家は爆睡していた。
「余程疲れていたんですね、おやすみなさい…」
輪廻はそのまま体を横へ倒して、公家に抱きしめられたまま寝た。
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「おい、ニュース番組の偉い奴を呼べ」
公家の父はその頃、電話をしていた。
『え?どういう事で』
「いいから呼べと言っているんだ!!」
『は、はい。了解しました』
相当怒っていたのだろう。
怒鳴るような声で、つい叫んでしまった。
『す、すみません。どういう要件で――』
「うちの息子。公家って奴だが、アイツがALOを使ってるところをニュースで流したじゃないか」
『え、ええ。使わせてもらいました』
「いくらこの区内だけの放送とはいえ、流すのには許可ってものがいるんじゃないか?ええ?」
『ALOの件に関しては――』
「人物の件に関してだ!お前らが勝手に報道しているのはうちの息子なんだぞ!ふざけるな!」
『…申し訳ありません』
「うちの息子に迷惑をかけることは、頼むからしないでくれ…あれであいつが困ったりしないか、心配なんだ」
『困る、というのはどういうことでしょうか?』
「ALOなんてバケモノみたいな物…使わせたくはないのだが。あれであいつが、世間に変な目で見られないか心配だと言うことだ」
『それはそれは…』
適当な挨拶をすませ、電話を切る。
「それでも公家にまだ、ALOを使わせる気なの?」
公家の母親が、父親、つまり夫に問う。
「ああ、あいつがやるっていってるんだからな…それに、あいつには色々と迷惑をかけている」
「確かにそうね…輪廻ちゃんと、上手くいっていればいいけど」
「俺達が頼んで許嫁にしてもらったなんて、あいつには言えないからな…」
公家が輪廻の許嫁になった理由は、公家に伝えてあった理由とは実は違った。
『公家の父親の会社が、知り合いの会社を自分のグループの中に入れる』条件が、その知り合いの娘を許嫁にさせるということだった。
だから、実は公家達側から頼み込んだことではなかったのだ。
「上手く言ってるといいわね…」
「ああ、あいつらならきっと大丈夫だろう」