恋のキューッピット 怨霊版
冬。刺すような寒さが身にしみるその夜、
おれと英之は出会った。
英之とは同じ学校だったけれど、とくに面識があるわけでもなかった。
英之は大人しくて目立たないタイプ。特にこれと言った特徴もない。
一応、名前だけは知っている。そんな『関係』と呼べるのかどうかも分からない関係。
少し暗くなった帰り道で、おれの反対側からアイツは歩いてきていた。
静かな道に街灯がひとつ、またひとつと灯り、寒さをさらに増幅させる。
おれとアイツがすれ違った刹那、
そんな道の静寂を英之は、…破った。
『はっくしょぉぉいっ!!!』
その豪快なくしゃみで、おれの心臓は、……止まっちまったんだよおっ!!
だってだって、ほんっとに吃驚したんだもんっ!吃驚仰天よ!心臓麻痺よ!
いや、ほら、静かーな道でさ、いきなり後ろからはっくしょぉぉい!!
そりゃ心臓も止まるさ!な!?寒かったし!
んで、その後ワタクシは病院に運ばれたんですけど、間に合わなかったんだなー、これが。
で、いまおれは幽霊なのです。
いや、怨霊かな?
だって、誓ったもん。
『英之を7代先まで呪ってやる』って。
*
『ふっふっふ』
おれの死んだ翌朝の学校、下駄箱の前。
今日ここからおれの復讐が始まる。
ヘイ、ザマーミロ英之!!
誰にも姿が見えない、怨霊となったおれは止められないぜ!
英之の下駄箱に入っていた上履きを左右逆に入れ変えた!!
次の日、アイツが読んでいた本のしおりを、5ページ前に戻した!!
その次の日、筆箱のペンを全部逆向きに入れなおした!!
そのまた次の日、意味もなく英之の体を何度もすり抜けた!!
またまた次の日、聞こえるはずないが、英之の耳元でただひたすらエーデルワイスを歌い続けた!!
またまたまた次の日、つい、女子更衣室に入った!!
そうして1週間が過ぎたころ、おれはあることに気づいた。
英之は授業中、斜め右前の席をよく見つめている。
今日もおれを通して目線は斜め右前。
その席に座っている人を、おれは知っていた。
美知と言う名のその女子は、男子の間ではなかなか評価の高かったからだ。
ショートヘアが似合い、おれが見てもかわいい顔立ち。でもって優しい性格。もう、モテルモテル…。
しかし、彼氏はいない。
そんな美知を英之はよく見つめている。
…むふ。
ってこたぁ、答えはひとつしかないでしょう!!
『ひゅーひゅー!』
誰にも聞こえないけど、ヤジを飛ばしてみる。
すると、英之はふっと笑った。
『……え?』
まさか、おれの声が聞こえて?
『いや、違うな』
振り返る。
…美知が落とした消しゴムを拾うのに苦戦していた。
がんばって手を伸ばすけれど、届かない。
これを見てニヤついてやがったのか
「ほら。」
美知の隣の席(つまりは英之の前の席)の男子が消しゴムを拾ってやる。
「あ、ありがとうー。」
その男子ににっこり笑いかける美知。
それを見た英之は今度はむっとしかめっ面。
…分かりやすすぎるぜ。
その日の昼休み、弁当を食べる英之を見ていたときにこんな話が聞こえてきた。
「○○君、美知のこと好きらしいよ。」
うわさ好きの女子たちの会話。
嫌でも耳に入る。
「えー!?そうなの?××君も美知のこと好きだってきいたよ?」
「あー、美知はモテるから。その気になればすぐにでも彼氏できるんでしょ?」
「いいなー。」
ふむ。なかなかに興味深い情報。
つい、と英之君の顔を見てみる。
当然今の話が聞こえていた英之君はー…顔面蒼白。
そしておもむろに取り出すはー…携帯電話。
メールの送信相手はー…美知ちゃん!!
『おおっ!?まさかまさか!?』
メールの内容はー…「放課後に教室に来て。」
『ひゃっほーう!やるじゃんかヒデユキー!!』
英之の周りで踊りまくる!
おれの復讐、最大のチャンス!
『邪魔してやるよー!覚悟しろー!』
覗き込んだその顔は、メールの返信を見ての微笑み。
放課後が楽しみだぜ!
*
そのあとおれは、放課後までずっと美知の耳元で
『英之をふれ〜、英之をふれ〜』
とささやき続けた。
おれの思いは伝わっただろうか?
そして放課後、夕日がなんともロマンティックに仕立て上げた教室に
オレンジに染まった英之と美知は二人っきり……。
ま、おれもいるから正確には三人だけど。
「話って、なに?」
手を前で後ろで組んで少し上目づかいな美知。
うん、かわいい。英之なんかにはもったいない。
対する英之は机に腰をかけ、余裕さをアピール。
そして、男らしく、口を開いた。
「ああ、その……おれと…付き合って欲しい!」
真っ直ぐ美知を見つめて愛の告白!
『いいぞ!よく言った!!』
思わず拍手。
『さぁ、美知ちゃんの返事はいかに!?やべぇ、テンション上がってきたー!』
うつむいて動かない美知。
10秒。
20秒。
30秒。
そして返事。
「その…ごめんね。」
『いよぉっしゃあああああ!!!』
英之、ふられたー!!
「……そうか、うん。わかった。」
『ドンマイ、ドンマイ!』
スカスカすり抜けるけど、英之の肩を叩く。
「ほんと、ごめんね!」
美知は教室から出ていった。
「……。」
『ふっふっふ!残念だったな、英之!』
がっくりとうなだれる英之の隣に腰かける。
英之はしゃべらない。
『いやー、すっきりしたわー。』
「……で…う。」
『可哀想だからしばらく復讐はやめてやるよー…って、今なんか言った?』
ぼそぼそと何か言っている。
「……こう。」
『ん?』
「……もう、一生独身で生きていこう。」
『…はい?』
「一人も、いいかもしれない。」
顔を上げた英之はなにかを悟ったような、そんな微笑。
『はぁ、一回ふられただけでそんな決断しちゃうわけ?』
ま、いいけど。
いいけど?
いいの?
教室を出ようとする英之
『……って待てーっ!!』
叫ぶ。もちろん聞こえてないけど。
『まてまてまて!!そりゃ困る!子供作ってもらわないと、困る!
7代先まで呪えなくなっちまうじゃんかぁ!!
有言実行派のおれとしては、エヌジー!!イッツベリーエヌジー!!オッケィ!?』
必死で呼び止める。
『待ってってば!な!?な!?落ち着け、冷静になれ!
よし、話し合おうじゃあないか!!』
後ろから肩を叩く、けどスカスカすり抜ける。
『考えてみろよ、子供はかわいいよ!?はい、レッツイマジンー…
ほぉら、だんだん結婚したくなる!だんだん子供が欲しくなる!』
前に回り込んで「待った」のポーズ。でもスカっとすり抜ける。
『だー!!おーい!!たのむよぉ!!
もういたずらしないからぁっ!……あ、それはないけど。』
しかしおれの抵抗むなしく、結局英之は帰ってしまった。
その夜、おれはある決心をした。
*
『はぁ、疲れたわー。』
次の日、誰もいない教室でおれは英之と美知を待っている。
昨日と同じ時間だから外は夕暮れだが、今日のこの教室は暗い。
おれが暗幕を張ったから。
幽霊になったらもう疲れないのかと思ってたけど、なかなかどうして疲労感がたまっている。
物を動かしたりするために気力も結構使ってしまった。
でも、そのおかげで教室のセッティングはバッチリ。失敗する気がしねぇぜ。
かつかつかつ。
『おっ。』
教室にやってくる足音。先に来たのは、どっちだ?
がらり、ドアが開く。
「え、暗い?」
昨日とは微妙に髪型が変わったその人は美知ちゃんだった。
英之のやろう、女の子を待たせるとは最低やな。
「…あれ?なんで来たんだっけ?」
教室に入った美知はきょろきょろしている。
困惑するのも当然だ。昨晩、おれが夢枕に立って暗示をかけたことに気づくわけがない。
かつかつかつ。
そしてまた足音。
おれが暗示をかけたもう一人のほうが来たみたいだ。
英之が教室に入った。
その気配に美知が振り返る。
…しばしの間。
「ひ、英之君?」
「あ…。」
口を開いたはいいが、さすがに気まずい雰囲気が漂う。
10秒ほどの沈黙の後、英之が口を開く。
「美知…、その、ごめん。」
『ああああああ!?「ごめん。」だぁ?この甲斐性無しが!!
もしかしたらもう一回アタックするかも〜、なんて思ったおれが馬鹿だったよ!!』
よぉし、最初の作戦通りにやらさせてもらうぜ。
お互いに視線をそらして固まっている二人の横を通って教室の入り口に向かう。
そして、思いっきりドアを閉めた。
ばーーーんっ!
「「!?」」
驚いてドアを凝視する二人。当然おれの姿は見えてない。
「誰だ!?」
英之は駆け寄ってドアを開こうとする。
よしよし。女の子より先に行動したことは褒めてやろう。
でも、ドアは開かないのだよ?
「どうしたの?」
「んっ。開かない。」
顔を見合わせる二人。
そして美知は開いているもう片方のドアに駆け寄る。
ばーーーんっ!
すかさずドアを閉める。
「きゃっ。」
驚いて飛びのく美知。
英之はドアを開けようとするけどやっぱり開かない。
二人は顔を見合わせる。
『暗い密室に二人っきり。ふっふっふ。
おふたりさん、次いくよぉ?』
「ざ、ざざざ…」
放送のスピーカーからノイズが流れる。
二人はこわばってスピーカーを見つめる。
ノイズに混ざって聞こえてきたのは、
「う、ううううう…ううう…うううううう。」
…うめき声。
「ひっ」
美知が小さい悲鳴を上げる。
そりゃあ、おれの迫真の演技だもん。怖いでしょう!怖いでしょう!
どれ、英之はどんな感じかな?
「…。」
固まってる。
『このバカヤロー!「大丈夫だよ!」とか「怖がらないで!」とか、
なんか優しい言葉をかけねぇか、根性無しー!』
すかすかと英之の頬をビンタする。
すると、おれの気持ちが伝わったのか英之は美知によりそった。
「だ、だいじょぶ。怖がらないで。」
スピーカーのうめき声にかき消されそうな声だったが、どうにか聞こえたらしい。
「う、うん。ありがとう。」
美知は手探りで英之の手を、きゅっと握った。
『うひょー!うらやましいじゃねえかコノヤロー!
台詞がおれの言ったのとまったく同じだったのは大目に見てやるよぉ!
よし、次ぃ!』
ぶっとスピーカーが切れ、うめき声が止まる。
今度は何の音もしない。
「………。」
二人も息を潜めている。
ガタガタガタガタ!!
「きゃぁ!」
突然の音に美知が英之に抱きついた!
おれはがんばって机を揺さぶる。
ガタガタガタガタ!!
『ポルターガイストだぁ!本物だぞ!?』
もういいだろうと机を揺さぶるのをやめて英之を見てみる。
美知ちゃんに抱きつかれてさぞかしうれしそうな顔をしてるのかと思えば、
顔面蒼白!!?
「…英之君?」
抱きついていた美知が顔を見上げる。
「…あ。うん。」
『うおいーっ!!なに本気でびびってんだよ!?
せっかく美知ちゃんにいいトコ見せられるチャンスを演出してやってんのに!!
カッコいいとこを見せてやれー!もう一回こくれーっ!!』
「……。」
放心状態の英之。
おいおい、なに?おれの努力は無駄だったわけ?
美知ちゃんも英之から離れてしまった。
「大丈夫?」
「あ、うん。」
あーあー、女の子に心配されちゃって。
『だめだこりゃ。』
これ以上怖がらせても仕方なさそうだから、ドアを開けてやる。
「あ、ほら、ドア開いたよ!早く出よう?」
引っ張られていく英之。
『だーっ!!この馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿!!』
英之を蹴りまくる。
すかすか。
「ご、ごめん。」
お、英之が口を開いた。
「おれ、本当にびびっちゃって。」
『ほんとだよ!この馬鹿!7代先まで呪えなくなっちゃっただろ!?有言不実行になるーっ!!』
英之を殴る。
すかすか。
「ううん。いいよ。あたしもこわかったもん。なんだったんだろうね?」
おお、「なんだったんだろうね?」で済ますのか。
美知、意外とたくましいな。
「心霊現象ってやつかな。もう、勘弁して欲しいよ。」
ため息をついて情けないこと言う英之。
「怖がりだね、英之君。」
『ほら、女の子にこんなこと言われて悔しくないのか!』
英之は面目なさそうに頭をかく。
「しょうがないなぁ。あたしがそばにいてあげるよ。」
『…え?』
それは?
「え?」
もしかして?
「やっぱり、英之君と付き合ってもいいよ。あたし。」
『ええ!?』
「えええ?」
なにその急すぎる発言。
困惑するおれと英之。
なんだ?なにかプラスになる出来事があったっけ?
ビビりまくってた英之になにかステキなものでも見つけたのか?
へたれが好みとか?
「あたしね、守ってくれるっていう男の子はちょっと苦手なんだ。」
正解!?
「だから昨日はああ言ったけど、やっぱり英之君なら大丈夫かなって。」
「そ、そうなんだ。うん、じゃあ、その、よろしく。」
『おいおい、英之。なにげに失礼なこと言われてるのに気がついてるか?
へたれって言われてんだぞ?おい?』
そして二人は突然の展開にもかかわらず、手をつないで帰っていった。
仲よさそうに。
夕日に染められながら。
*
『…ふぅ。結果オーライ!』
どうやらおれの作戦はとりあえず成功したらしい。
なにやらえらい疲労感。
しかし、これであの二人を付き合わせられたんだから、よしとするか。
『ああ、でも結婚とかもサポートしてやらなきゃならないのか?
子育てとかも?…うわぁ、めんどくせぇ。
でもまあ、これもアイツを7代先まで呪うため…』
…はっ!
ちょいと待ちたまえ。君。
…もしかして、7代先までこんな恋のキューピットをやらなきゃいけないのか?
えーと、…その、なんだ?
いやだああああ。
うわあー、めんどくせぇ。
なんか急にやる気がうせてきたなぁ。
どーしよっかなぁ。
『うーん…成仏するか。』




