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答えとキャンプとオレンジバレット

 本日の天気、晴天。

 絶好のキャンプ日和である。

 俺の通う県立嵩原たかはら高校は入学から1ヶ月ほど経つと生徒の親睦を深めるという名目のもと、二泊三日のキャンプを行うのが伝統らしい、まあどこも同じようなものだと思うが。

 実際こんなことしたって深まるのはカースト同士の確執くらいだろうに…

 そんなわけで今日からキャンプなわけなんだけど…

「やべぇ…帰りてぇ」

 集合場所の校門前に着いた俺の胸中はこの青空とはまた違った青さだった。

 理由は二日前、紗織の家での一件である、彼女の父親によって無理やり後台院家に招待されたあげく色々あって俺と紗織は過去のトラウマを打ち明け合った。

 それだけならまだ良かったんだが…

 その後、俺は紗織に告白された。…らしい。

 結局ゴタゴタで返事も出来ておらず、今に至る。

 正直自分でもどうしたらいいのかさっぱりわからない、紗織のおかげでマシになった気はするが、やっぱり俺は人と踏み込んだ関係を持つのを心の奥底では恐れているみたいだ。

「おーす、凪」

 先に来ていたクラスメイトからの挨拶、

「田中…おはよう」

「いやお前最近は間違えてなかっただろ!?種川だよ!」

 抗議しながら肩を落とす種川。いかん、意識してなかったから素で間違えてしまった。

「あ、ああ悪い、考え事してた」

「凪が考え事なんて珍しいな、何かあったのか?」

 あったよ、とんでもないイベントが…

 けど、本人に確認したワケじゃないが種川は紗織のこと好きだしなぁ、相談なんかできないしどう説明したもんか。

「それが…」

「おはようございます、真太郎、種川さん」

 声を聞いた瞬間体が硬直する、このトーンの高い弦楽器のような声は間違えようもない、後台院紗織の声だ。

「あ、後台院さん、おはよー」

「お…おはよう」

 ギギギギッとぎこちなく振り返りながら挨拶を返す。

 なんだか顔を合わせられない。

 紗織はいつも通りのようにしているが、視線を下に向けると小さく脚が震えていた。

「その、真太郎、少しいいですか?今日の炊事について相談があるので…」

 この発言の意味を察せられない俺ではない、何も言わずにうなずく。




 集団から少し離れて中庭まで二人で歩くと、紗織が緊張の面持ちで俺を見る。

 まだ梅雨前の少し湿った風が吹き、彼女の輝くような金髪をなびかせた。

「あの、それで話と言うのはですね…この間の…こ、告白のことなのですが」

 頬を赤く染めながら話そうとする紗織を見て、俺は初めて実感した、認識出来た、あの時ボイスレコーダーから聞こえた言葉が嘘偽りない事実だと。

 本当に俺のことを好いてくれている。

 それがわかった瞬間に俺の口は、勝手に動いていた。

「紗織、ありがとう」

「…え?」

 俺の発言の意味がわからなかったらしく、ぽかんとした表情をする。

「お前が俺を好きだって言ってくれたこと、本当だって今はっきりわかった」

 紗織の顔が一層ヒートアップする。

「ちっ、ちがっ…違いませんけど、そんなハッキリ…」

「だけどさ、俺は誰かを好きになるとかそういうのをずっと否定して、忘れようとしてたから…まだよくわからないんだ」

 それを聞いたとたん、紗織は諦めたような顔になる。

「そう、ですか………」

「でも」

「でも?」

「今は紗織の気持ち答えられないけど、杏奈や種川、それに紗織と一緒にいると少しずつ昔の自分にもどっていく気がするんだ。だからいつか、俺も人を好きになれると思う」

 一度しっかりと呼吸して、素直な想いを伝えよう。

「それは紗織のおかげだから、ほんとうにありがとう」

 これが今の俺の、ありのままの気持ちだったが、紗織は下を向いてしまって顔が見えない。怒らせてしまったんだろうか?それとも呆れられたか…

「……………………………………ずるいです」

 誰も後台院紗織が出すとは想像もしないような、ふてくされたような呟きが俺の耳に届いた。

「へ?」

 バッと上げた顔は紅く染まり、潤んだ目で真っ直ぐ俺を見る紗織の口から飛び出た言葉は、俺には予想しえないものだった。

「そんなこと言われて、諦められるワケないじゃないですかぁ!」

「ええ!?」

 そのまま紗織は校門の方に戻って行ってしまった。すれ違い様に、

「とにかく私とは今まで通り接してください!」

 と言われた、もうなにがなんだかまったくわからんが本人が望むなら俺もそうしよう。

「俺も戻るか」




「凪!お前後台院さんになにしたんだよ!?」

 戻るなり種川に詰め寄られた、まさかバレたのか!?

「なんか後台院さん戻ってくるなり不機嫌っぽいんだけど!?」

 はい?不機嫌?と思って見ると紗織は右足首のスナップで地面をタンタン叩きながら「う~~~っ」って小声で唸っていた……なにやってんだあいつ。

 確かにパッと見不機嫌に見えるな、なんかごまかしとくか。

「あぁ、たぶんさっき炊事の相談されて頼まれた仕事、めんどくせぇって断ったからかな?」

 事前のやり取りを思い出しながら適当に理由をでっち上げた。

 一応俺と紗織は炊事についての相談で集団から離れていたことになってるからこれで大丈夫だろ。

「お前…なにやってんだよ…」

 と思ったら種川からの俺の評価が大丈夫じゃなかった。

「おーい!シンタロー!」

 大きなリュックサックを背負った杏奈が走ってきた、そんなに荷物あったっけ?

「おお、杏奈か」

 これで俺たちの班は全員そろったので、班長の紗織がルリ先生の所へ報告してバスに乗る。

「荷物は下に入れてくださいねー!」

 スポ根部活の合宿でもあるまいし、服やらなんやら入ったこの鞄は当然荷台行きだ。こんなんもって歩けるかっつーの。

 種川がジェントルマンな部分を発揮し荷台に荷物をいれる役をやっていた。

「じゃあ俺入れるから、西條さん荷物貸して」

「うん、ありがとー!種川君!」

 はい!と杏奈が荷物を渡す。

「あ、そう言えばバーベキューセットとか大丈夫?女子二人じゃよく分からなかったんじゃ…」

「大丈夫だよ!シンタローが選んでくれたから!」

 それを聞いて種川、

「え?」

 杏奈、

「え?」

 種川が俺を見たので俺、

「はい?」




 少々時が流れてバスの中、向かうは町外れの山にあるキャンプ場だ。

 当然クラスメイト達はテンションを無駄に上げまくって迷惑なことこの上ないのだが…

「なんだよ……俺だけ仲間外れじゃん…」

 ここに親切にもテンションが異常に低い人物が、ていうか俺の隣にいる種川なんだけどね。

 俺としては隣が騒がしく無いのはありがたいんだけど、さっきからブツブツブツブツとうざったるい。ちょうど窓側に座ってるし窓から放り出してしまおうか、と半ば真剣に考えるくらいはウザイと言えば伝わるだろうか。

 隣に座る俺が完璧に放置で総スルーしていたら後ろに紗織と座っている杏奈が見かねて慰め始めた。

「まあまあ、種川君、元気出してよー謝るからさ!ほら、シンタローも紗織ちゃんも!」

 何故俺まで…そもそも俺は寝てただけで買い物メンバーのミーティングには参加してない、杏奈と紗織が当然のように連れ出すので従っただけだぞ。

「すいませんでした、あの時はあまりにも自然に寝ていたので真太郎がいることを忘れていて…」

 おい、さりげなく俺の存在感の無さのせいにしてないか?てかあまりにも自然に寝ていたって、見てたんじゃん。

 杏奈も頭の後ろに手を回しながら謝る。

「いやー、あたしも正直話聞いてなくて、てっきりシンタローも一緒に行くんだと…紗織ちゃんも何も言わなかったし」

 たはは、と。それを聞いた紗織が

「べっ、別に真太郎が一緒に行こうが行くまいが、変わらないと思ったからです!いてもいなくても役に立たないことに変わりはありませんから」

 なんて弁明する。ところで紗織さん、あなた種川に謝ってんの?俺を傷つけてんの?どっち?さっきからマイハートがかき氷よろしくガリガリ削れていくんだけど…

「……なんですか、真太郎も早く謝罪してください」

 俺のジト目に気づいた紗織がぷいっと顔を背ける。

 杏奈も「はやく!」と言わんばかりに俺を見ている。

 ったく、しょうがないな、2対1じゃどうしようもない、この国は民主主義だから多数決には抗えないしな。

「…悪かったよ」

 とりあえず全員から謝ってもらえたからか、種川は少し機嫌をなおした。

「まあ…ずっと引きずってても楽しくないし、もういいや!気にしないで!」

 言われなくても1ミリも気にしてない。





 なんやかんやであっという間にキャンプ場に着いた。

 まずは荷物をバンガローに置く、中は案外広くて十人は寝れそうだった。

 これを五人で使うんだから中々贅沢だが、個人的には種川を除いてほとんど会話もしたことが無い人が三人も一緒に寝泊まりする時点で贅沢もクソもない。

 本来ならここでコミュニケーションなり何なりを取り、仲良くなるきっかけとするのだろう……しかし俺にとってそれはスカイツリーからバンジージャンプするくらい勇気が必要だし、気が進まない行動なのだ。

 最悪まったく会話せずさっさと寝るか、トイレに引きこもればいい。

 とりあえず他の三人が来る前に荷物を置いてバンガローを出る。

 今日の日程は午後に学校集合、バスで移動して荷物を置く(今ここ)、オリエンテーションの後に野外炊事だったはずだから、オリエンテーションを行う広場へ向かう。

「みなさーん!というわけで、オリエンテーションは終わりまーす!何か質問はありますか?じゃあ解散!」

 はえぇ……質問あるか?って聞いて0.3秒で解散したぞ…いや確かに大体「質問ありますか?」って聞かれて質問することなんてほとんど無いけども。

 次は野外炊事なので班で集まる、当然炊事も班でやるからだ。

「それじゃとりあえず炊事場に行くか」

「うん!」

「おー!」

「わかりました」

 炊事は薪割りからか…ムダに本格的だな。

 もしものことがあったら危ないので、これは俺と種川がやる。

「ほいっ」

 種川が切り株の上に置いた薪を、

「よっと」

 ガツッと真っ二つに割る、こうもキレイに割れるとスカッとするなぁ、人間関係もこんな感じでザックリ分けられないだろうか…だったら楽なのに。

 他のやつらも薪割りを始めたがどうも上手くいってないようだ。

 簡単に見えて意外とコツがいるんだよな。




 種川が火をおこしている間にクッキングタイムスタート!

 杏奈&紗織ペアは材料の下ごしらえを担当している。

 いざ考えると杏奈と紗織の手料理が食べられるのだから少し楽しみになってきた。

 杏奈はバカだしアホだが、確か前に「

家庭科は得意!」とか言ってたから期待していいだろうし、紗織も何をやっても上手くこなす天才タイプだ、結構凄いのが出てくるんじゃないだろうか。

………まあ、カレーだけどね!

 俺は現在絶賛米研ぎ中、ライスなくしてカレーライスは完成しないからな!

 水を入れて、ゴシゴシして、水を捨てる。何回かこれを繰り返し、米研ぎ終了。

「よしっ…と」

 米を飯ごうに入れて種川が大きくした火の所へもって行こうとした時……

 『ヒュッ』という風を切る音と同時に橙色の弾丸が俺の鼻先を掠めて、他の班の炊事場に飛んでいった。

 ていうか、一瞬見えたけど恐らく半分に切られた人参だった。

「「「うわぁぁぁぁぁぁ!!!???」」」

 向こうは軽くパニクっていた、そりゃいきなり半分になった人参が高速で飛んできたら驚くわ…

 だって俺も今超ビビったもん。あんなん被弾したら病院送りだぞ、レールガンで打ち出したぐらいのスピードだった。

「なんだありゃ…」

 とにかく飯ごうを種川のいる火のところの金網に置く。

「なあ、今の見たか?」

 一生懸命うちわで火を維持費していた種川がこっちを向いた。

「え?今のってなにガハッ!!!」

「種川ーーーー!!!」

 今度は茶色い弾丸が飛んできて、種川の側頭部に着弾した。

 ていうか、じゃがいもだった……しかもまた半分に切られた…

 倒れる種川、

「いま………なにが…」

 意識はあるようだ、放っておいても大丈夫だろう。

「種川、火頼む、消えないようにな!」

 このままじゃ危険だ、発射台を突き止めないと…

 二発とも飛んで来た方向は同じ、調理場の方…!

 素早くその方向に目を向けるとそこには、杏奈と紗織がいた…

「うそ、だろ」

 脳内に浮上した恐ろしい仮説をかき消すように早足で二人の所へ移動した俺の目に映ったのは、肉の下ごしらえをしている杏奈と危なっかしい手つきで野菜を切ろうとしている紗織の姿だった。

「くっ………!」

 そしておそらく二本目であろう人参に包丁の刃を当てて、押し込んで切ろうとしているのか腕ごとプルプルさせている。

 あんな風に切ればそりゃ押さえてない方は飛んでくわ!

「まてまてまてまてまて!!!」

 慌てて止める。

「真太郎…どうしたんですか?」

 なんで止めるの?みたいな顔をされた…

「あれ?シンタローお米研ぎ終ったの…ってうわ!?紗織ちゃんなにこれ!?」

 杏奈もいまさら気づいたのか…

 今紗織の前には、皮すらも剥かれずに真っ二つにされた人参とじゃがいもがあった、しかも半分だけ。

 片割れは切断と同時に飛んでいったからな。

「な、なにと言われても、どこか間違えてましたか…?」

 杏奈の驚きようにさすがに察したのか自分がミスしていると気がついたようだが、どこかと聞かれても全部としか言い様がない。

「なあ、紗織、色々ツッコミたいことはあるが、ひとつ聞くぞ……お前料理したことある?」

 俺の質問に顔をひきつらせる、やっぱりしたことないんだな。確かに紗織の家はメイドとかいるし、する必要もないか。

「料理くらい、したことありますよ!この前も『カップラーメン』という料理を作りましたし!」

「いやそれ料理じゃねえから!?お湯注いで3分で完成のやつだろ!」

「いいえ!5分でした!!」

「そこ重要じゃねぇから!!!」

 結論、こいつ料理したことない。てかカップラーメンこの前初めて喰ったのかよ、マジお嬢様だな。

 会話を聞いていた杏奈も「うわー…」って顔してるし…

「はぁ………もういいや、俺がやるよ。紗織包丁貸してくれ」

 紗織が目をぱちくりさせる。

「え…?真太郎、料理できるのですか?別に心配はしませんが怪我したりしませんよね」

「安心しろ、お前よりは大丈夫だ」

「なっ!?」

 包丁を受け取り、とりあえず皮を剥いて一口大に切っていく。

「へー、シンタロー上手だね!」

 杏奈は俺より断然手馴れた手つきで玉ねぎを切っていた。

「大したことねえよ、たまに自分の飯作る程度だからな」

「なんででしょう…なんだか物凄い敗北感が…」

 まあ紗織は料理が下手なんじゃなくて、ただ単にやったことがないだけだから練習すればたぶん相当な腕なるんじゃないだろうか。

 ちなみに、キャンプ終了後、紗織は「練習ですから!」とか言ってほぼ毎日俺に弁当を作ってきてくれる様になるのだが、それはまだ先の話だ。

「いただきます!」

 なんとかカレーも出来上がり、食べた感想は「普通のカレーだな」だった。当たり前か…



 そしてキャンプ初日の夜へと、時間は進む。

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