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幽女見る。  作者: 寿ヒカル
第一章―立木、少女と出会ってみる。
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第一章・2

 そろそろ星零高校に侵入してから一〇分が経った頃だろう。

 携帯を確認すると、時刻は一一時四八分。一つ目の項目、『満月の夜の一二時に、屋上に現れる女性の幽霊』を確認するにはもう屋上にいなければならない……のだが。

「俺、今どこにいんの?」

 俺は迷っていた。……いや、人生にじゃないぞ。通い慣れたはずの校内で俺はものの見事に迷っていた。

 本来なら迷うはずなどない。俺はこの学校に一年は在校しており、細かい部分は覚えていないにしても自分の教室、職員室、保健室、体育館など頻繁に使う場所くらいにはすぐに行ける自信があった。……あ、保健室はサボる時によく使う。頻繁に医務の先生がいなくなるから寝るのに便利。

 という不真面目話は置いといて。

 それなのにも関わらず、俺は今自分が立っている場所すら把握できていないという始末。何故ここまで迷っているのだろう。どこから道を間違えたんだ? ……いや、だから人生のじゃなく。

 おかしくなったのは食堂を出た後からだ。

 本来なら食堂を出てすぐ右側に体育館へ繋がる通路があり、そこを曲がらずに真っ直ぐ進むと保健室がある。さらに直進すると職員室があって、その隣に二階へ上がる階段があるのだ。その先はいくつかの教室を挟んでまた階段があるだけ。

 しかし、今回は違った。

 食堂を出てすぐに俺の教室前へと出たのだ。本来なら教室前は窓を挟んで校庭が見えるはずで、廊下ではないのだからここに出るのはおかしい。

 まるで迷路。しかもただの迷路ではなく、学校の配置がパズルのように入れ替わる、どこぞの不思議のダンジョンみたいな感じ。俺はいつからゲームの世界へ入り込んだ?

「これでモンスターでも出て来ようものなら本当にゲームだな」

 ふと、楽しんでいるような感じの俺の言葉に自分で驚く。どうやら恐怖心より冒険心の方が上回ったようだ。我ながら恐ろしい。

 とにかく、部長から命令された内の一つ、『夜にだけバラバラに入れ替わる学校の構造』は本当のようだ。ただ、どうやって部長に説明するかが問題だが。

「……まぁ、とりあえず写真でも撮っとくか」

 肩掛けバックに入れていたカメラを取出し、辺りをパシャパシャと数枚撮る。ふむ。ただの学校にしか見えないけど、部長が何とかしてくれるよね。

 勝手に希望を押し付け、俺はとりあえず屋上を目指すことにした。

 もう一度携帯を確認すると、時刻は一一時五六分になっており、本当にもう屋上にいないとマズイ時間だ。

 だけど、いまだにどこがどう繋がっているのかが把握できていない訳で。

「んー……適当で行こう」

 やけくそな感じで、近くにあった教室の扉を開けた。すると、いきなりオレの体を生温い風が吹き抜ける。

 覗くように見てみると、そこは『教室』ではなく『屋上』だった。……言ってることが自分でも支離滅裂だとは思っているが、事実なのだから仕方がない。様々な建物の電飾が星のように散らばる『夜景』とその前に聳える落下防止の『柵』が見えているのだから。

 教室へ入るのに外の空気を吸う、という異様な感覚に戸惑いながら俺は『屋上』へと一歩進む。コツ、と自分の靴がコンクリートの床と接触して初めてここが屋上なのだと実感した。

 携帯を再度確認すると一一時五九分。どうやら間に合ったようだ。

 柵の近くまで歩いていき、空を見上げる。

 星が散らばる夜空にちゃんと丸い月が輝いて、地上を柔らかな光で照らしてくれていた。『満月の夜』という条件はバッチリクリアできている。

 後はここに幽霊が出現するのを待つだけだ、と思っていた矢先、それは聞こえた。


『お化けだぞー!』


 ………………………………。

『……うーん、違うかな? コホン、もう一回……』

 俺の後ろで可愛らしい声が何かを言っている。……満月の夜に出てくる幽霊ってもしかしてこれのことか? もっとテレビから這いずり出てくる的なものを予想していたのだが。

『うらめし――』

「よし、分かったからもういいぞ」

 踵を返しながら、その声の主にそう話しかけた。すると俺の胸に何かが衝突し、『あうっ』という声が上がる。

『い、痛いぃ……』

 目線を下げると、そこには少女が尻餅をついて涙目になっているではないか。どうやら今衝突してきたのはこの少女らしい。……なんだろう。そんな姿を見せられると、心にすごい罪悪感が沸く。うん、とりあえず謝っとこう。

「なんかごめんなさい」

 すると、少女は『……ふぇ?』とこちらを見上げ、驚いたような表情を顔に浮かべていた。

 そして恐らくオレも同じような顔をしていたことだろう。なぜなら月光を浴びた彼女の姿があまりにも幻想的だったからである。

 ふわりと風に靡くツーサイドアップが月の光を反射して銀色に輝き、少しつり目がちで、その中のクリっとした瞳は日本人と同色にもかかわらず、同じとは思えない程綺麗で。俺の見てきた少女の中で美少女度ランキング一、二位は固い。……ちなみにそこにはあの苑咲部長も絡んでくるから厄介だ。

『も、もしかしてあんた、私の事が見えるの……?』

 不思議な事を聞く奴――ってあ、そうか。彼女は幽霊だったんだ。あまりにも想像とかけ離れすぎて、ずっかりその事を忘れてしまっていたよ。

「まぁ、一応見えるな。霊感は無いと思ってたんだが」

 そう彼女に伝えると、いきなり少女は顔を真っ赤にして手で隠してしまう。

『見えてないと思ったから、お化けごっこしてたのに……』

 お化けごっこって、この人一体何歳だ? というか幽霊にも羞恥の感情はあるのね。テレビとかでは恨み的なイメージが強いから何か違和感があるな。

 兎にも角にも、俺は部長に噂は真実だったという事を証明するためにも、彼女が幽霊だという事を確認しなければならない。でもどうやって確認しよう? 単刀直入に聞くのも……まぁ、いいか。

 もうあれこれ考えるのも面倒だったので、とりあえず聞くことにしよう、そうしよう。

「君が幽霊、ってことでいいのかな」

『……あんた、幽霊かもしれない存在によく「幽霊?」って聞けるわね』

 あんな子供みたいな事をしている幽霊なら、たとえグロテスクな外見でも怖くない、って言ったら呪われそうなのでやめておく。

「あんな子供みたいな事をしている幽霊なら、たとえグロテスクな外見でも怖くない」

『な、ななななん、なななななっ!?』

 ……あれ? 今何か余計な事を口走ったような。

『何よぉ! 子供っぽい事してたって別にいいでしょっ! 幽霊だって暇なのよ!』

「俺の心を読み取るとは、なんてプライバシー侵害に特化した幽霊なんだ」

『完全に口に出してたじゃない!?』

 む、さっき余計な事を口走ったと思ったのはそれだったのか。いやはや思ったことを口に出してしまうとは俺もまだまだ子供だという事だなハッハッハ。

「それじゃ、幽霊はいることを確認したので俺はこれにて」

『ち、ちょっと!?』

 彼女の横を通り過ぎ、もはやどこに繋がっているか分からない出入り口に向かおうとすると、少女の幽霊は慌てた様子で俺の行く手を遮る。

『この空気で帰るって、あんたどれだけ自己中心的なの!』

「いや、俺もうやる事終わったし……」

 検証するべき二つの項目はクリアしたわけで。俺は早く帰って眠りたいんだが。

 と思った時、右手に握る硬い感触で一つ忘れていたことを思い出した。

「あ、そういや写真を撮ってなかった。……お写真良いですか?」

『なんか古いナンパみたい。……まぁ、良いけど』

 呆れたような口調で了承する幽霊。そのお言葉に甘え、俺は手に持っていたカメラで彼女をあらゆる方向から撮っていく。……世界で初めてかもしれないな、霊に了承を貰って心霊写真を撮る人なんて。

 数枚の写真を撮り、カメラをショルダーバックへと納める。そして彼女にぺこりと頭を下げ「ありがとうございました」と礼を言った後、俺は元来た出口から屋上を出ようとした。

『ちょ、ちょっと! 何で帰るのよ!』

 気付かれてしまった。さりげなく帰ろうとしてたのに。

「いや、帰って報告書にまとめないとうるさい人がいるから」

 後、眠たいし。

『うぅ~……もっと遊びたい……。でも……』

 幽霊が小さな声で何かを呟いていた。しかし、少し離れていたため俺にはその内容が分からない。

 すると、彼女は何かを諦めたかのように肩を落として、

『……ごめんなさい。気を付けて帰ってね……」

「それは俺に『夜道は背後に気を付けな』的な脅しをしてるのか?」

『違うわよっ! 素直に見送ろうとしてるのっ!』

 素直に見送る幽霊なんてそれこそ不気味で仕方ないんだが。

 そんな事を思いつつ屋上から出ようとする。

『…………』

 ここにもいるのか。無の圧力をかけてくる存在が。おかげで足が動かないんだけど、なにコレ呪い?

『…………』

「……分かった。いっそ幽霊らしく俺に憑りつけ。ずっとここにいて退屈なんだろ?」

 恐らく彼女は退屈なのだ。だからそれを解決するために俺はそう提案した。俺に憑けば、色々な景色を見れて退屈しないだろうと、そう思って。

 実際オレがそう言うと、彼女は驚いたような表情を浮かべて、少し嬉しそうな顔をした。

 しかし彼女は。

『無理よ……』

「何でだ? 俺に憑りつけば、こんな土地に縛られ――」

 ジャラ、と鎖が擦れる音がした。

『私にはこの鎖が繋がっているから』

 少女の足に纏わりつくように巻かれた鎖。それは蛇のように伸びてコンクリートへと突き刺っており、まるで犬が繋がれている光景を彷彿とさせる。

『この鎖は私をこの土地に縫い付けているの。だから私はどこへ行くこともできない』

 話す少女の頬に一筋の涙が流れていく。

『――ありがとう。あなたの気持ち、嬉しかった』

 流れた涙を両手で軽く拭って、彼女は寂しそうな笑顔をつくる。

『私は満月の夜にここにいるから。だから、また会いに来て……?』

 悲しい気持ちを心に持ちながら、それでも笑って俺を見送ろうとしてくれる少女。

 そんな彼女を見て、俺は――。


「その鎖、俺が断ち切ってやる」


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