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幽女見る。  作者: 寿ヒカル
第一章―立木、少女と出会ってみる。
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第一章・1

「……来ちゃったな」

 俺は唐突に呟いた。周りに誰がいるわけでもないけど、心の底から感じる不安でそう呟きたくなったのだ。

 原因はいたってシンプルで。

 目の前に建つ学校が不安の原因なのだと俺は思う。

 学校、と聞くだけなら普通だ。俺だって高校生だし、一週間の殆どは学校にいる。不安に思う要素なんて少しずつ迫りくる受験くらいなものだろう。

 でも、それは昼の学校の話であって。

 ポケットに入っている携帯電話を取出し、待ち受け画面を見てみる。そこにはデジタル表記で『11:30』と表示されていた。……それも午後の。

 要するに今、自分の通う学校へ『夜』に登校している。登校って言っていいのは分からないが、とりあえず学校に来ているのだから登校という事にしておこう。

 上を見上げると、全面蒼のキャンパスに光り輝く白色の満月があって。視線を移して周りを見てみると、昼とは全く別の顔をした校庭がここにはある。

 静まり返った学校というのはやはり不気味なものだ。ただ校庭に風が吹いただけで妙な勘繰りをしてしまうし、連動するように植えられた木々がざわざわ揺れると何かがそこにいるんじゃないかと警戒心を高めてしまったりする。

「……下校したい。一刻も早く」

 別に夜の学校が怖いから帰りたいとかじゃないよ? ホントダヨ? と誰かに言い訳しているのか分からないまま、オレは辺りを見回して、深い溜め息をつく。

「……ハァ、帰れないんだよな……」

 帰れない、というのは事情により俺はこの学校でとあるミッションを達成しなければならなくなったからだ。……ホント、あの部長面倒なことを押しつけやがって。

 唐突な自己紹介だが、俺こと立木弥刀たちきみとは星零高等学校の二年生であり、新聞部の副部長だ。

 校内や地域のニュースを独自に調査し、新聞を作り、生徒へと発信する。それが俺たち新聞部の仕事である。

 そんな俺たちの上司であり、新聞部部長である少女、苑咲汐莉そのざきしおり

 彼女は高校一年生でありながら、その情報力と行動力、そしてカリスマ性から異例の部長に任命された天才肌の後輩だ。俺も彼女の新聞を読んで感銘を受けた事がある。

 と、そこだけ聞くと好感度が上がる話ばかりだが、彼女には一つ問題があった。

 とにかく人使いがかなり荒い。……しかも、俺に対してだけ。

 他の部員たちには優しく接するのだが、俺にだけは何故かいつも睨みを効かせて、命令口調で指示を送ってくる。何か気に食わない事でしたのだろうか俺。

 今日の新聞部でもそうだった。

 いつもの通り、明日の分の記事を作成し、部長に仮コピーを提出した時の事だ。


「コレでいいですか。苑咲部長」

 パソコンで仕事をしていた部長に俺はそう言ってコピーを渡した。

 この確認が終わればやっと解放。一秒でも早く苑咲部長から発せられる無の圧力から逃れたい俺は仕事を完璧に遂行し、原稿を徹底的に仕上げた。

 だから絶対に『いいですよ、帰って』という返事しか来ないはず。そうタカをくくっていたのだが。

「あ、立木先輩。今日の夜時間空いてますか?」

 予定の有無の確認。これが意味する答えはすごく簡単で、要するに彼女はこう言いたいのだろう。

「……残業ってことですか」

 まさか学校で残業なんてあると思わなかった。……ここって企業だったの? 知らなかったなー。

 しかし、その予想をさらに上回るように、部長はキーボードのタイピングをやめ、首だけこちらに向けて言い放った。

「いえ、残業ではなく――出張です」

 ……出張? 今この人出張とおっしゃりやがりましたか? 文化系の部活に『出張』なんてものがあるなんて初めて知りました、まる。

「出張、ですか?」

「まぁ、出張というのは語弊がありますけど、ちょっと夜に調べてきてほしいことがあるんです」

 そう言って、デスクの引き出しを漁り始める部長。肩のあたりで纏められた長い黒髪が尻尾のように揺れて、つい目で追ってしまう。

 すると、探し物が見つかったらしい部長が少し乱れた衣服を正しながら、デスクの上に一枚の紙を置く。……俺の前で衣服の乱れを直すのはやめていただきたい。注意がそっちに逸れる。

「これを一人で検証してきてほしいんです。多少の犠牲は問いませんから」

 と言って机上に差し出された紙には部長の字で二つの項目が書いてあった。

 一つ目は『満月の夜の一二時に、屋上に現れる女性の幽霊』。

 二つ目は『夜だけバラバラに入れ替わる学校の構造』。

 どちらもつい最近、この学校で噂になり始めた有名な怪談じゃないか。……部長もこういう特集が好きなのだろうか。でも真実味がないのを新聞に載せるにはどうなのかと。

 まぁ、部長の考えは分からないし、実際読者受けもそこそこあるかもしれない。というか俺は違う事の方が気になっていたので、その事に頭が回らなかった。

「あの二つだけ質問してもいいですか?」

「答えられる範囲でなら」

 コホン、と俺は一度咳をして、気になっていることを確認がてら聞いてみる。

「夜の学校に俺一人で行けという事ですか?」

「そうですけど?」

 それが何か? とでも言いたげな顔をして俺の方を見る。……なんだろう、心に湧き出るこの黒い感情。今すぐどこかでスパーキングさせたい。

「後、多少の犠牲って、仮に怪奇現象が起きた時、自らを犠牲にしろって意味ですか?」

「それで合ってます」

「あ、俺、用事があるので、この案件に関しては――」

 と、続きを言おうとした瞬間。突然目の前に黒いオーラ的なものが放たれた。……アレ? 俺いつの間にオーラを見れる力なんて身に付けた? そんな能力の持ち主、霊能力者か戦闘民族ぐらいしか知らないぞ。

 黒いオーラを放つ当人はそれでもなお、ニコニコとした笑顔を顔に浮かべながらこう俺に言った。

「じゃあ、よろしくお願いしますね先輩?」

「……はい」

 どうやら初めから選択肢など存在しなかったようだ。


 そう、とあるミッションとは『学校の怪談を検証する』というもの。……今時、学校の怪談で盛り上がるなんて小学生くらいなものと思うのだが、何故部長はこれを調べてこいなどと言ったのだろうか?

 まさか、俺を合法的に抹殺するためじゃなかろうな。幽霊に俺を殺させておいて、『夜の学校へ勝手に忍び込んで、学生一人が死亡!! まさか怪奇現象か!?』的な記事を作るためとか。……冗談でもやめていただきたい。

「ま、まぁ、まず幽霊がいるかどうか分からないしな」

 いるともいないとも言い切れないのが怪奇現象の厄介なところだ。本当にそんな目に遭ったっていう奴もいるし、そんな世界とは無関係の人もいる。ちなみに俺は怪奇現象に遭ったことはない。……まぁ、一つそれっぽいことなら知っているが。

 そんな話はさておき、俺は校内への侵入を開始しよう。

「玄関は……閉まってるな」

 二度ほど玄関の扉を押し引きしてみたが、ビクともせず。こんな時間帯なのだから鍵が掛かっているのは当然だ。

 なら次、と俺は職員用玄関を確かめてみる。……やはりここもアウト。

 何だろうこの背徳感。ドアをガチャガチャやっていると、まるで自分が犯罪者にでもなったような気分だ。……二度とこんな気持ち味わいたくないんですけど。

「最後の扉か」

 裏に回ってやってきたのは食堂職員用入り口。玄関の扉とは違いここは普通の扉で、鍵も施錠式ではない。引手と扉の横に付いている金具を少し錆びた鎖で巻いて、南京錠で固定してあるだけ。これではボルトカッターやニッパーでも持っていれば簡単に侵入されるだろう。

 ただ俺がそんな侵入方法をとれば、確実に明日、事件として扱われることは自明の理。それは色々と面倒だし、最悪警察の御厄介になるかもしれない。それだけは絶対に嫌だ。

 なら、どうするか。

「こうするしかないよな」

 言って、俺が取った行動はその鎖を『握る』事。

 すると、ガキンと何かが外れたような音が響き、握った鎖が俺の手を中心に『千切れた』。だが、傷一つ無く、ただ輪と輪がすり抜けたように綺麗に『外れた』だけ。

「久しぶりにこの力を使ったな……」

 コレを使うと中学の時の黒歴史を思い出すんだよな……。あんまり使いたくはなかったんだが、この際仕方ない。

 とりあえず、関門は突破した。早く二つの怪奇現象について調べてさっさと帰ろう。

 そんなことを思い浮かべながら、俺は開錠した扉へと入っていく。

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