虚言
作中の全てはフィクションです
防衛機制に言及する部分がありますが、書いてる人は心理学素人です。間違っている部分があったらたいへん申し訳ございません
母は自他ともに認める嘘吐きだ。
一度腹に据えかねて「なんでそんなに嘘をつくの?」と問いただしたら、もごもごと「だって怖いんだもん」と答えた。
祖父母、母の両親は厳しい人たちだった。
成績の良し悪し、行儀作法のあれこれ、妹の面倒について、母はよく叱られた。
子どもを頭ごなしに叱るとどうなるか。
誤魔化すことを覚える。
テストで悪い点をとってしまった。悪い点を取ったら叱られる。叱られると怖い。怖いのは嫌だ。
ではテストを隠してしまおう。
当然の防衛機制だ。
だから母だけが悪い訳じゃない。
母が悪いんじゃない。
ある日父が「眼鏡がない」と言って騒いだ。
母にむかって「俺の眼鏡を見なかったか」と聞き、母は「えー、知らないよ?」と答えた。
嘘である。
母は前日の晩御飯にケチをつけられた仕返しに、父の眼鏡を本棚の裏に隠したのだ。
何度も、面倒くさい事になるからやめなさいと止めたのだが、押し問答をしているうちに父がやってきてしまった。
父は癇癪持ちで、思い通りにならないと怒鳴って暴れる。
案の定「なんでないんだ」「お前たちも探せ」と顔を真っ赤に怒鳴り出した。仕方なく父の眼鏡を探す。
探すと言ってもどこにあるかは知っているから、頃合いを見て、「あ、あったー こんなところにあった ありましたよー」と本棚のうしろから、さも、探していたら偶然見つけましたという体で父に眼鏡を献上すると、今度は「なんでそんな所にある」と怒り出す。
あんたの妻のせいですと言えばもっとうるさいから、ひたすらしらを切る。
だが一度怒り出した父はしつこい。
しまいには「なんでお前が探した途端にみつかるんだ」「お前が隠したのか」と言い出す始末。
そもそもてめえが、作ってもらった分際で、出された飯に「味が濃い」だのなんだのふざけたことぬかしやがるからだろうが。
そんでもって、うしろで気まずそうに目を泳がせてる真犯人殿、あんたを庇って怒鳴られているわたしを、庇ってくれるつもりは無いのかよ。
結局2時間ほど怒鳴って気が済んだ父は書斎に引っ込んで行った。
また、自治会のSさんが大病を患い、みんなで寄せ書きを書く事になった時のことだ。
母の分の寄せ書きがまだで、催促の電話が来た。
母は「ごめんなさい右手が腱鞘炎になっちゃって」と言った。
嘘である。
スマホ越しに弁明する母は今まさにその右手にじゃれぶん(プラスチック製のねこじゃらし)を持ち、実にリズミカルに右へ左へ振り振りし、猫を遊ばせている。そもそも母は両利きだ。
母はSさんと折り合いが悪い。だから寄せ書きの話が持ち上がったときも、励ます言葉がなかなか思いつかなかった。嫌な事はなるべく早く済ます母が、延び延びにしたというのだから、よっぽど気が進まなかったのだろう。
しかし、しかしだ。
バカ正直に「私Sさん嫌いなんで書きたくないです」と言わないまでも、「なかなか書けなくてすみません では」と言って切ってしまえばよくないか。
母は電話口で、長々と、「やっぱりレジ打ちは手首とか手に負担が多くて」と話している。最近パートの配置が変わって、レジ業務がなくなったという話はなんだったのだろう。その話も嘘なのだろうか。
後日、「お母さまの腱鞘炎の具合はどう?」と、ご近所の奥様に声をかけられた。
わたしは咄嗟に「何の事ですか?」と言いかけ、寄せ書きの事を思い出して、曖昧に微笑むに踏みとどまった。
奥様はひとしきり腱鞘炎におすすめの漢方や湿布などをご教授下さったあと、「そういえばあなた尿路結石なんですって?大変ね。うちの人もなったことがあるのよ」と言った。
「この間お母さまが、『深夜にお手洗いの介助をしている』っておっしゃっていらしたわ。優しいお母さんでよかったね お大事にね」
わたしが尿路結石になったのは、2年前だ。
軽症だったのか、服薬のみの治療で、5日で完治した。その間、母にトイレを手伝ってもらった事は一度もない。
自分で買うのが恥ずかしいからと、母の尿漏れパッドを買いに行った事はある。
深夜に「怖い夢を見た」と、母に突然起こされた事はある。
ひとしきり夫の愚痴を言ってすっきりした母を寝かしつけ、CPAPのチャンバーをていねいに洗い、新しい水を入れて、マスクを装着するのを手伝って、ぐっすり眠る母の寝顔を見ながら、一睡もできないまま朝を迎えた事ならある。
「優しいお母さんでよかったね」
そうですね。優しいです。優しい母です。いい人です。
「ありがとう」って言われて、「本当にそう思っているのかな」って一瞬考えてしまう事とか、
「腱鞘炎になった」って言われて、この間みたいに嘘なのかな、それとも本当なのかな、「痛い痛い」って言っているのは、本当に痛いからなのか、今かまってほしい気分だからなのか、わたしが何かをして嫌な気持ちになって、その仕返しをしているのかなとか、
「凄く嬉しい 宝物にするね」って言ってた、6歳の時の、何日もかけて作ったバースデーカード、ずっと台所の床に落ちているのは、何かの間違いで、いつか「こんな所にあったんだ!」って言ってくれるのを待ってるわたしこそが女々しくて餓鬼なのであって、
だから、何も、
悲しいとか、全然、
ぜんぜんなんにも
「優しいお母さんでよかったね」
「はい わたし毎日そう思います」
読んでくださってありがとうございます m(_ _)m
『ウソツキ!ゴクオーくん』おもしろいですね てんこちゃんがとてもかわいい




