悪役令嬢の私に「破滅の運命」だと宣告する世界が、なぜか毎回盛大に自爆していくのだが
「王家の因習に従い、王太子妃候補の『運命鑑定』を行う」
老いた大神官の声が響いた。
私は魔法陣の中心に立ち、胸の前で手を組む。
(運命鑑定ですか……)
世界から直々に「お前は破滅する運命だ」と宣告されたのは、十二歳の誕生日。ここは乙女ゲーム『運命を告げる花嫁占星譚』の世界。そして私は婚約破棄を言い渡される悪役令嬢……という記憶を三日前に取り戻した転生者。
今から大神官が唱えるのは、ゲーム本編には出てこない設定資料集にだけ書いてあったどうでもいい儀式。私を王太子妃の器かどうか、運命の適性を調べるもの。原作だと、ここで「高潔なる未来」だの「慈愛の加護」だのが出て、ヒロインが褒められるシーン。
だが、魔法陣の中心に立っているのはヒロインではなく、この物語の悪役令嬢である、アルベリア侯爵令嬢レイリア・アルベリスト。
(よりにもよって、破滅フラグの発生源みたいな儀式からやり直しとは思いませんでしたわ)
大神官が詠唱を終えると、魔法陣が眩く光る。
次の瞬間、私の視界の端に金色の文字が浮かび上がった。
【運命宣告:あなたは破滅する運命です】。
ご丁寧に金縁のウィンドウ付きである。
その下に小さく文字が並ぶ。
【破滅条件:王太子との婚約継続 ※回避不可】。
「回避不可ですか……」
私は小さく呟くと、さらにウィンドウの下部に追い打ちが来る。
【システム注釈:これは世界シナリオであり、個人の努力では変更できません】。
「……え?」
「どうしました、レイリア嬢。何か聞こえましたかな?」
大神官が心配そうにこちらを見るが、聞きたいのはこっちである。
(努力では変更できないですって? なかなか言い切りますわね、この世界シナリオさんは)
ふっ、と笑いそうになるのを堪え、私は目を閉じる。
(分かりましたわ。そこまで仰るなら見届けて差し上げましょう。その破滅とやらが、どれほど立派に実行されるのか)
こうして、私の破滅回避の物語が静かに幕を開けた。
◇
それから五年。
ゲーム本編開始。私は十七歳になり、予定通り王太子アルノルト殿下の婚約者として王宮の舞踏会に立っていた。
「レイリア、今日も美しいよ」
「光栄ですわ、殿下」
アルノルトは絵に描いたような完璧美形だが、残念なことに中身は原作通りのシナリオに忠実な馬鹿である。
なお、ゲームの流れでは、この一年で私は三回ほど破滅予定だ。
一回目:婚約破棄断罪イベント(大広間で公開処刑)
二回目:資産没収イベント(侯爵家の別邸で王命による資産強奪)
三回目:戦争編での生贄イベント(もはや意味が分からない)
そして今夜は、その一回目が起こる日だ。
王宮大広間。
前世の記憶を取り戻してから、何度か見たことのある光景が、既視感を伴って目の前に広がっている。
シャンデリア、楽団、馬鹿みたいにキラキラした貴族ども。
そして中央の階段の上に立つ、王太子アルノルト・ローウェン。
「レイリア・アルベリア侯爵令嬢! 君の数々の悪行、セフィリアへの嫌がらせ! 平民への差別! もはや見過ごすことはできない! よって、ここに婚約破棄を宣言する!」
アルノルト殿下が声高らかに告げた。
その隣に立つヒロインこと伯爵令嬢マリンベル。
二人を見ながら
(はいはい、原作通りの台詞ありがとうございます)
私は淑女の礼をとり、階段の下から静かに彼を見上げる。本来ならここで私は取り乱し、ヒロインを罵倒し、その様子が悪役令嬢の本性として皆に広まる。そして父は失脚、私は辺境送りだ。
だが、世界は破滅条件として王太子との婚約継続を示していた。私の破滅条件を、殿下から潰してくれるとは、何ともありがたいことである。
「殿下、婚約破棄の宣言、確かに承りましたわ。では、ここで一つだけ確認させていただきたく存じます」
「なんだ今さら!」
「ただの事務手続きですわ」
大広間に視線を巡らせる。
貴族たちがざわめきながら、こちらを固唾を飲んで見守っていた。
「本日、この場で破棄されるのは『王太子アルノルト殿下とアルベリア侯爵家長女レイリアとの婚約契約でお間違いないですわね?」
「ああ、そうだ!」
「ありがとうございます。では、王家側のご署名とご印章。こちらの副本にいただけますか?」
「……何を言っているのだ?」
私はスカートの中から羊皮紙の束を取り出すと、貴族たちから小さなどよめきが起きた。
「な、何だというのだ、それは?」
「婚約解消に関する契約書ですわ。王家と侯爵家、それぞれの権利関係の清算と賠償金。及び、今後一切の義務の不存在を保証する文書です。殿下が婚約破棄を選択なさるのであれば、私どももそれに応じて速やかな縁切りを望みますから」
これは原作には存在しない、私がこの五年間で用意してきた、いわば爆弾だ。
「何を勝手なことを言っているのだ!」
「勝手ではありませんわ。こちらは一方的な破棄による侯爵家側の損失を最小限にするための最低限の措置ですから、国法上も問題ございません」
アルノルト殿下が言葉に詰まる。
その横で、マリンベルは青ざめた顔で殿下の袖を掴んだ。
「アルノルト様、本当によかったのでしょうか? あのレイリア様の言い分は..….」
「心配するな、マリンベル。あれは奴の負け惜しみにすぎん。重要なのは僕が君を選び、邪魔者が消えることだ」
殿下は財務卿や軍務卿の青ざめた顔を無視し、マリンベルの小さな不安を一蹴した。殿下にとって、私が突きつけた契約書は愛するヒロインを手に入れるための取るに足らない代償でしかなかった。
「ふん、よかろう! そんな紙切れ一枚で済むなら安いものだ!」
アルノルト殿下が紙を掴み、殴り書きのように署名をする。王家の印章を持っていた侍従も、慌てて押印した。
(はい、破滅条件:王太子との婚約継続解除っと)
ウィンドウの隅で見慣れた金縁の表示がひっそりと書き換わる。
【破滅フラグ①:クリア】。
これで世界シナリオさんは、早速一つ自爆してくれましたわね。
本来のゲームならここで、私は泣き崩れ、ヒロインに掴みかかり、殿下の手で突き飛ばされる。それを合図に「悪役令嬢ざまぁ」と貴族たちが大合唱する予定だった。
だが、そうはさせない。
「では、これをもちましてアルベリア侯爵家と王家との婚姻交渉は白紙に戻ります。以後、王家に対する援助金の支出も、軍備への特別拠出も、すべて停止させていただきますわ」
「なっ……!?」
「アルベリア家は国庫歳入の三割を担っております。開拓地の管理、鉱山の収入、商業ギルドとの契約。これらはすべて『王太子妃輿入れ』を前提に組み立てられておりますの。婚姻がなくなった以上、その前提予算もまた見直しが必要ですわよね?」
軍務卿の顔から血の気が引き、財務卿がその場で膝をつきそうになっている。
「ま、待て、レイリア嬢! それはあまりにも酷いではないか!」
「酷い、ですか。殿下がお決めになったことでしょう? 私のような女は王家には不要だと。ええ、その通りですわ。でしたら、私の財も土地も人も王家から切り離されるべきですもの」
大広間に沈黙が流れる。
しばらくすると、どこかから小さな囁き声が漏れ始める。
「おい、アルベリア家が引き上げたら、北部防衛線はどうなるのだ……?」
「今年の遠征資金も、アルベリア家からの立て替えだろう……?」
「一体何を考えているのだ、殿下は……」
予定していた悪役令嬢断罪コールが、見事に消し飛んだ瞬間だった。
アルノルトが青ざめた顔で叫ぶ。
「ま、待て! そんな勝手が許されるはずがない!」
「勝手なのはどちらかしら?」
私はスカートの裾をつまみ、一礼する。
「ご安心ください、殿下。私はもう殿下の婚約者ではございません。ですから殿下がどのような未来を選ぼうと、心からどうでもよいですの。それでは、ご機嫌よう」
◇
婚約破棄から一週間後。
私は侯爵家が北部辺境に持つ別邸へと滞在先を移した。別邸の窓からは雄大な雪山が見え、暖炉の火が静かに燃えている。目の前には王都から届いたばかりの新聞。一面には国王と殿下に対する貴族たちの不満が露骨に書かれていた。
「王家に対する援助金の差し止め。そして商業ギルドとの契約解消ですか。予想通り、すぐには代わりの資産は見つかりませんわね」
破滅フラグを回避した今、世界シナリオは私を次の破滅イベントへと強引に押し戻そうとするはずだ。
【二回目:資産没収イベント】。
王家が強引に侯爵家の財産を奪おうとする展開。
だが私はすでに五年前から、このイベントに備えて侯爵家の資産を国外の銀行や中立地帯の信託へと移動させている。王家が手を出せる資産は名目上の土地と、この別邸にある調度品程度しかない。
その日の午後。
予期せぬ来訪者が別邸に現れた。
「ドンドンドンッ!」入口の頑丈な鉄扉を何者かが荒々しく叩いていた。
「レイリア・アルベリスト侯爵令嬢! 王命である! 門を開けろ!」
執事が顔を青ざめさせたが、私は優雅に微笑む。
「通しなさい。お急ぎのご様子ですし、せめてお茶くらいは差し上げませんと」
応接室にずかずかとなだれ込んできたのは、王都の騎士団長と数名の騎士たちだった。彼らの表情は、焦りと私に対する憎しみに歪んでいた。
「レイリア嬢! これ以上、王家を窮地に追い込むことは許されない! 貴様の財産は婚約破棄による王家への『信用の賠償』として、すべて差し押さえとなる!」
騎士団長が声を荒らげ、「財産差し押さえ」の王命書を突きつけてきた。
(来ましたわね、【破滅フラグ②:資産没収イベント】が)
私は差し押さえの書状を一瞥し、ため息をついた。
「貴族に対する差し押さえを行うには国王陛下の直筆の署名、そして枢密院の全会一致の承認が必要ですわ。その書状はアルノルト殿下の殴り書きのサインしかありません。つまり、これはただの紙切れですわ」「な、なんだと!? これは王命だぞ!」
「王命ではありません。狂った元婚約者の逆恨みですわ。無駄な真似はおやめなさい。私の私財、及び侯爵家の財産の九割は、すでに婚約破棄契約締結の翌日、中立国レムリアの銀行へ移しております。王家が差し押さえできるのは、せいぜいこの別邸にある、このティーカップと、そこの暖炉の煤くらいですわ」
騎士団長は凍りつき、その場の騎士たちからも動揺が広がった。
「な、何を馬鹿なことを! そんな大規模な資産移動など、王家の許可なくできるはずがない!」
「国法上、婚約が破棄された時点で、私は王家に属さない独立した令嬢です。また移動に際しては王家に対する不当な財産要求を防ぐという名目で、中立国大使館を経由しました。完璧な合法手続きですわ。ちなみに、レムリア銀行の資産は王家が違法な手段で手を出そうとした場合、直ちに全額が敵対国への軍事支援金として振り込まれるよう設定してありますわ。王家は私への賠償不履行を口実に敵国を富ませる大罪を犯したい、と?」
騎士団長は震え、その場で膝をついた。王家の権威を盾に強行しようとした財産強奪は、私の周到な準備によって、逆に王家を窮地に陥れる結果となった。
【破滅フラグ②:クリア】。
ウィンドウの表示が勝利を告げるように現れた。
しかし、その下に文字が浮かび上がる。
【システム注釈:王家の信用が失墜したため、シナリオの整合性が崩壊。強制的な事態の収拾として、『破滅フラグ③』の強制発動を図ります】。
世界は私を破滅させるためなら、国そのものが崩壊しても構わない、という選択を取ってきた。
騎士団が退散した後、別邸の執務室には王都から届けられた緊急書簡が置かれている。それは隣国ルベリアからの最後通達だった。
「アルノルト王太子の不当な婚約破棄と、それに続くアルベリア侯爵家への財産強奪未遂は、外交上の重大な侮辱にあたる。即刻、レイリア・アルベリア侯爵令嬢を『平和の証』として引き渡すか、さもなくば宣戦布告を行う」
これが【破滅フラグ③戦争編での生贄イベント】。戦を回避するため、私を政治的な生贄として隣国に差し出す。
これで私を確実に破滅へ導ける、そう世界は思っているらしい。
王家にはもはや私を生贄にする以外の選択肢は残されていない。経済基盤を失い、軍備を支える侯爵家の支援も途絶えた今、隣国との戦争は即滅亡を意味する。
◇
翌日。
私は別邸を発ち、自ら王都へと向かった。
もちろん破滅フラグを破滅するために。
王宮の大広間。
かつて私が断罪された場所。
今度は緊急枢密院会議が開かれていた。疲弊した国王陛下と顔色の悪い大臣たち。そして隣には愛人マリンベルを侍らせたまま、憔悴しきった様子の王太子アルノルト殿下。
そこへ私一人、優雅に入場する。
「レイリア嬢! なぜここに!?」
国王が驚愕の声を上げた。彼らは私を極秘裏に拘束し、隣国へ引き渡すつもりでいた。
だが私は一切の動揺を見せず、国王の前に進み出る。
「陛下、隣国からの最後通達を拝見いたしました。私を生贄に差し出せ、というあまりにも非人道的な要求。ですが、私は喜んでこの国を救うためにルベリアへ向かいますわ」
大臣たちがざわめく。
「さすがはアルベリアの令嬢!」と、感銘を受ける者までいる。私は続けて静かに、しかし大広間全体に響く声で告げる。
「しかし陛下、私を生贄にする前に一つだけ『平和の証』としての条件を提示させていただきます」
「じょ、条件だと?」
「ええ、私はルベリアへ向かい、和平交渉を成功させましょう。ですが、私が交渉の主導権を握るにはルベリア側が納得するだけの確固たる後ろ盾が必要です」
私は視線を殿下に向けた。殿下は怯え、マリンベルの影に隠れようとしていた。
「その条件とは王太子アルノルト殿下の全権限の即時剥奪。そしてルベリアとの交渉を私に一任する『全権大使』の任命ですわ」
大広間が再び騒然となった。王太子の権限剥奪は事実上の廃嫡だからだ。
「な、何を言っているのだ! 王位継承権を持つ殿下を剥奪するなど、できるわけがなかろう!」
財務卿が叫ぶが、私は冷ややかに言い放つ。
「現時点でルベリアが戦の口実にしているのは、アルノルト殿下の一連の行動です。殿下を権力の座に残せばルベリアは王家の信用を疑い、交渉は決裂し、戦になります。この国の財政と軍事力を鑑みれば、国王陛下の選択肢一つしかありませんわ」
私は世界が私を破滅させようとした結果、国が滅亡の危機に瀕したという事実を論理的に突きつけた。国王陛下は顔を覆い、しばらくの沈黙の後、力なく机を叩いた。
「屈辱だ。このような形で一介の侯爵令嬢に国の命運を握られ、さらには王家のプライドである王太子の地位を弄ばれるとはな……しかし、アルベリア侯爵家を失った今、我が国に戦を耐え忍ぶ力はない。王族の矜持と国民の命、どちらを選ぶか……」
国王陛下の小さな呟きは、絶望的な敗北を認める王としての最後の抵抗だった。陛下は憔悴しきった表情で力なく告げる。
「……承知した。レイリア・アルベリストをルベリア王国との和平交渉における全権大使とする。そして本日をもって、アルノルトの公務における全権限を剥奪する!」
国王の決定は、この国の王権の弱体化を公に認めるもの。しかし大広間の大臣たちからは、自国の滅亡を回避できたことに対する安堵の空気が重々しい沈黙と共に広がった。
その時、視界の隅で金の文字が浮かび上がる。
【破滅フラグ③:戦争編での生贄イベント → イベント内容を『全権大使としての外交的勝利への転換』へと改変】。
(ご苦労様です、世界シナリオさん。私を破滅させようとした結果、王家の権限を私に献上してしまいましたね)
私は静かに一礼する。
生贄に差し出されるはずだった私は、最後の破滅フラグを逆に利用し、王家から外交権という最大の権力を奪い取った。頭の中ではウィンドウが三度目の勝利を告げている。
【最終破滅条件:クリア。全破滅フラグ回避により、世界シナリオの強制力が低下。レイリア・アルベリストの運命の再構築を開始します】
(私の運命の再構築……? いいえ、そんなものは不要ですわ)
もはや何の価値もなくなった殿下を一瞥し、ルベリアへ向かうため、大広間を後にした。
◇
私は全権大使として、単身隣国のルベリア王国へと向かった。ルベリア王国の国王と大臣たちは、傲慢な態度で私を迎え入れる。彼らは経済的に疲弊したこの国が、自国の令嬢を生贄として差し出しに来たのだと確信していた。
「アルベリア侯爵令嬢よ、我々の要求通り、そなたは国境を越えた。これで我が軍は矛を収めよう。まずは、そなたの持つ全ての領土と侯爵家が管理する全鉱山の利権を友好の証として譲渡してもらおうか」
ルベリア国王が勝ち誇ったように告げた。
私は静かに一礼し、答える。
「ルベリア国王陛下、私は確かに平和を望み、ここへ参りました。ですが私の使命は『生贄になること』ではなく、あくまで『和平交渉を成立させること』です」
私は一通の外交文書をテーブルに置いた。
「陛下ご提案の『全利権の譲渡』では我が国は完全な経済崩壊に至り、内乱が起こります。そうなれば我が国はルベリア様の緩衝国として機能しなくなり、その混乱は国境を越えてルベリア様にも波及しましょう」
私はアルベリア侯爵家の経済力と地理的な重要性を逆手に取った。侯爵領は中立国との貿易ルートと資源地帯を擁する、この国の生命線だからだ。
「ルベリア様が必要なのは戦の口実ではなく、安定した貿易相手国です。私は我が侯爵領の全権を保証する代わりに、ルベリア様に対し、我が国との『永続的友好貿易協定』をご提案いたしますわ。これにより、ルベリア様は戦争というコストをかけることなく、必要な資源と販路を確実に手に入れることができますわ」
ルベリアの交渉団は私の論理的な提案に沈黙した。彼らが求めていたのは戦による不安定な略奪ではなく、確実な経済的利益だったからだ。
その後、三日間にわたる緻密な交渉と、ルベリアの利益を最大限に引き出す具体案の提示により、交渉は成立。私はルベリアに対し、侯爵家の領地を担保にした『ルベリアへの排他的貿易権』を与えることで戦争を完全に回避することができた。
そしてウインドウに浮かび上がったのは、【破滅フラグ③:完全クリア】。
「世界が私に挑むなんて百年早いですわよ」
勝者の余韻に浸りながら、ルベリアとの和平協定を携えて王都に戻ったのは、二週間後のこと。
大広間には、和平の成功を半信半疑で待っていた国王と大臣たちが待ち侘びていた。
「交渉はどうなったのだ?」
私はルベリア国王の署名と国印が押された厳重な協定書を国王に差し出した。
「陛下、交渉は無事に成功いたしました。ルベリアは我が国との友好貿易協定を締結し、一切の軍事行動を取りやめますわ」
大広間は歓喜と安堵に包まれた。国を救ったのは王家でも王太子でも、ましてやヒロインでもなく、悪役令嬢の私だった。
「陛下、私は約束通り国を救いました。ここで、 全権大使として最後の要求をいたしますわ」
虚ろ気に俯く国王陛下は、もはや私に逆らう力も意思も持っていなかった。
「……何でも望みを言え、レイリア。国を救ったそなたの功績は大きい」
「ありがとうございます。私の要求は一つ、アルベリア侯爵家の国王、及び王家に対する一切の義務からの解放ですわ」
「な、何と……」
「陛下は、私を二度も破滅させようとされました。一度は婚約破棄、二度目は財産強奪。そして三度目は生贄。私は命と家を守るため、これ以上王家の支配下に入ることを拒否いたします」
私はルベリアとの協定書を指差した。
「今やアルベリア侯爵家はルベリアとの排他的な経済的結びつきによって、独立した経済権力を確立しました。このまま王家の支配下に置けば、我が国の外交は不安定になり、和平協定は破綻します。よって陛下にはアルベリア侯爵家を王家の支配下から外し、『永久中立の自治領』として正式に認めていただきます。さもなくば、私はルベリアと組み、独立した経済大国として、この国から完全に離脱いたしますわ」
陛下は屈辱に顔を歪ませたが、他の選択肢はない。レイリアの離脱は、この国の完全な終焉を意味するからだ。
「……認めよう。アルベリア侯爵家を、王家に対する義務を負わない永久中立自治領とする」
私は深々と、しかし主権国家の代表としての一礼を行った。大広間に残された、項垂れたように力のない国王と、廃嫡同然の元婚約者、アルノルトを一瞥する。
「それでは皆様、わたくしはもう、この国の令嬢ではございませんので、ご機嫌よう」
こうして私の論理と計画により、三つの破滅フラグを回避し、永久中立自治領の君主という地位を獲得した。
――だが、新たな破滅フラグが提示された。
【破滅フラグ④:独立領主としての外交的孤立(隣国の併呑工作)】。
「そうですか……破滅が達成されるまでシナリオは形を変えてくるというのですね」
私は静かに笑った。王家という内側の敵との戦いは終わったが、次は外側の世界全体が敵になったということ。
「いいでしょう、世界シナリオさん。あなたの仕掛けた外交戦を、私の有利なゲームへと変えて差し上げますわ」
悪役令嬢レイリア・アルベリストの真の自由を懸けた外交戦が、幕を開けたのだった。
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