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魔法的存在者の詠唱は声にならない  作者: 猫ノ毛氈
1章

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9/13

8. 白痴は……眼を剥く

「へぇ、本格的だね、()()()()()なんて」


 ルージュは感心して言った。


「現代でもジャミング魔法は使われるんですか?」

「使わないね。ジャミングは詠唱内容の隠匿が目的だけど、最近は詠唱を工夫ってのが流行りだからな。ジャミングなんてもはや熊鈴程度でしかないさ」


 魔法は詠唱によって発動させる。そのため、魔法は音によってその兆しを察知され、詠唱内容が筒抜ければ、発動魔法が予測されてしまう。これは魔法の不可避な弱点だ。

 これを隠すための手段として、ジャミング魔法がある。

 周囲の空気を魔力で刺戟し、術者の詠唱をかき消すことで、魔法の内容を隠蔽することができる。

 ただ、代わりにジャミング魔法特有の音が出てしまうので、魔法詠唱をしているということ自体は隠せない。


「でも、禁止にしておけばよかったね。あれじゃなにを詠唱しているかがわからん!」


 ルージュは肩を竦めた。ゲルトはルージュの無責任さに一抹の不安を覚えつつ、また、ふたりを見守った。


 ヴァイスの周囲には魔法の光が散り、杖に嵌め殺された大きな水晶も相俟って、ある種、荘厳な雰囲気を身にまとっていた。

 その中心に不安定ながらも直立した小さな魔術師が、大きな目を拡げ、敵をその虹彩という名の黒い環に呑み込まんとしていた。


「やっとその気になったか?」


 ズィルバーは自分の血が沸騰するのを感じた。やっとヴァイスがこちらを敵視したのを感じて、気分が亢進していた。


「《水流よ、渦巻き、縺れ、敵を呑噬せよ》」


 四本の水柱が湧き出し、互いを絞め殺すように螺旋を描きながら、槍のようにまとまり、空気を貫きながら飛沫を散らす。

 大蛇のような水の槍は、渦巻きながらヴァイスへと向かい、何倍にも大きく口を開き、牙を生やし、獰猛に咬み付いた!

 魔法がヴァイスを噛み砕いたその刹那、いや、正確にはその一瞬間前、彼を襲う大蛇はガラスが粉々に割られるように、水飛沫として霧散した。


「なっ!?」


 これにはさすがのズィルバーも驚きを隠せなかった。

 魔法を防がれるのではなく、逆になんらかの攻撃魔法を当てられて消滅させられたからだ。

 《水流連鎖》は簡単な魔法ではない。ズィルバーも出力を高めて放ったのだ。それを後出しの魔法で瞬間的に消されてしまった。

 ヴァイスの魔法力はこの時点で自分を凌駕しているとズィルバーもわかっていたはずだった。


 ――要するに、ここで降参するのがもっとも賢明と言えた――


「は! これが首席さまってことか!」


 しかし、ズィルバーは杖の先をヴァイスに合わせる。そういう意味でズィルバーは冷静ではなかった。


「《白霧立て、世を覆え》」


 濃い霧が立ち込めて、ズィルバーの姿を隠す。それと同時にズィルバーは走り出した。


 霧隠れの魔法を用いたのには、ふたつ理由があった。

 ひとつは、照準をあわせられないようにするため。これは、攻撃魔法は術者が標的を定めなければ、発動できないからだ。

 もうひとつは、ヴァイスに放った《水流連鎖》がたちどころに消されたためだ。

 あのように《水流連鎖》を消せるとしたら炎魔法か風魔法で、炎魔法であれば、ヴァイスの魔法力は尋常ならざることの証左となる。

 風魔法でも強力なことに変わりはないが、より危険なのは炎魔法のほうである。すこしでも威力を弱めるために霧の壁を張った。


 また、ズィルバーの杖がドルヒであるのに対し、ヴァイスのそれはファッケルである。

 ここで、攻撃魔法というものは術者が標的を意識しないと放てない。厳密に言えば、標的を見据えずに詠唱することは可能ではあるが、どうしても精度を大きく欠くこととなる。

 ところがその弱点をドルヒであれば補うことができる。ドルヒは()()の代わりに()()()()()()に魔法を放つという意識で魔法の展開を補助する。そのための志向性のある魔法石が埋め込まれているのだ。

 ファッケルのように大魔法を展開するのには不向きだが、一対一の戦闘や魔法の撃ち合いではドルヒのほうが優れている。


 さまざまな点において、この霧隠れの魔法は有効であった。ズィルバーの選択は戦略的に正しいと言えたが、しかし――。


 ズィルバーは霧の世界の中を走りながら詠唱を開始する。


「《水流よ、海のように唸り、早瀬のように奔り、敵を呑め……」

 魔力が体内を駆け巡るのを感じる。血が湧き踊るのを感じる。もはや殺傷性の有無など考えていなかった。詠唱を結ばず、魔力を更に練る。


「……()()()()()()()()、……》」


 霧の中だったが、ズィルバーが違反となる規模の魔法を唱えていることに、ルージュは気付いていた。

 杖を構え、ズィルバーがいるほうへ向ける。ゲルトを一瞥したが、自分を止める気配はない。ルージュは拘束魔法を放とうとした――。


 その時だった。

 転瞬倏忽(てんしゅんしゅっこつ)として視界が晴れる!

 軽い水滴の、弱い結合による重々しい霧の層は、影すら見えなくなり、見えたのは自身より大きい杖を構えたヴァイスのみ。

 見上げれば、相手のズィルバーは天井に張り付かん高さまで打ち上げられていた。


「なんだいまのは!」


 さすがのルージュもこの事態には追いつけていなかった。想定もしていなかった。


 ――魔法そのものは、《旋風》のように見えたが、しかし、……規模が大きすぎる!


 ルージュの洞察は正しかった。ヴァイスは標的を「霧全体」に定め、風魔法《旋風》を展開していたのだ。

 ただし、本来《旋風》という風魔法は単一の術者を吹き飛ばすための、局所的な効果を持つ魔法だが、ヴァイスのそれは規模からして尋常と異にしていた。

 ヴァイスにとっての「局所」は尋常にとっての「領域」だった。


 気疎く漂っていた分厚い霧の塊は嘘のように消え、その内側で駈けていたズィルバーの身体は、巨大な《旋風》によって大きく宙に打ち出されたのだった。


 《旋風》で打ち上げられたズィルバーは、内臓が浮かぶ感覚を覚えながらも、なにが起きたのか把握できていなかった。ただ、急に闘技場の天井が視界を覆っていたのだ!


 その視界の異常を、大脳が処理を開始し、その寸刻あと、自分の身に何が起きたかを理解した。

 即座に、身を捻り、地面の方に眼を向けると、ヴァイスがこちらに魔法水晶を向けている。


 ――まずい!


 ズィルバーの心臓が弾指(だんじ)されたように跳ねた。はっきりといま、自分が生と死の際にいることを感じた。


「《盾よ顕現せよ! 我を守り、罪を防げ!》」


 ズィルバーは急速に魔法障壁を展開する。しかし、それよりも早く、ヴァイスの魔法が彼の周囲を取り囲んだ。

 ズィルバーの周囲には火球が散らされていた。そのひとつひとつが爆発系統の魔法だった。


「嘘だろ……」


 ――なぜ、俺の防御魔法より早く、爆発魔法を多段展開できる……!


 すべての火球が一斉にズィルバーを見た。まるで、そのひとつひとつがヴァイスの気色の悪い眼球のように思えた。

 そして、火球は収縮しながら、(かがや)いて……。


「や、やめろ!」


 ズィルバーはその悲鳴もろとも光度の強い爆発に呑み込まれてしまった……。

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