7. 水晶玉は……敵を見据える。
ズィルバーは杖を構え、ヴァイスを見据えた。だが、ヴァイスのほうは地蔵のようにただそこにあるだけだった。戦意が全く感じられず、ズィルバーは窘めるように言った。
「おい、その杖の布、外せよ」
ファッケルは通常、その先を袋に包んだ状態で、戦うときに外す。これは剣で言うところの鞘に近い。
だから、当然、魔法を使うとなれば布は外すべきだ。ヴァイスの杖の先は布が被せられ、革紐で開き口がきつく結ばれている。
この紐がほどかれるような兆候はヴァイスのほうに見られなかった。
「こいつ……」
ズィルバーは、指揮者のように杖を傾ける。それから得意の水魔法を詠唱した。
空気中の水滴が魔法の引力によって一点に引き寄せられ、その高圧により氷塊を成す。氷の礫は鋭さを増し、拳大ほどの大きさになったところで、ヴァイス目掛けて進発した。
氷片は、翡翠のように空気を引き裂き、器用にヴァイスの杖の袋を引き裂いた!
いまだ誰も見たことがなかったヴァイスの杖がはじめて顔を出した。ただそれだけのことなのだが、場内では驚きの声が上がる。
「へぇ、立派な杖じゃねぇか、水晶級か」
杖の先には、球状に研磨の施された魔法石の水晶が。その水晶は一般的なものよりかなり大きく、純粋な結晶であるのだとしたら、博物館にでも展示される域の代物だった。
裏を返すと、ヴァイスはそれほどの杖を扱えるほどの魔法使いであるという可能性も浮上した。
ズィルバーはヴァイスに対する狐疑をひとつ弱めた。もしあれほどの水晶を満足に扱えるのなら、自分はおろかゲルトだって凌ぐ魔術師であることは間違いなかった。
そうであれば確かめるほかはない。
ズィルバーは両腕を拡げて、
「ほら、ヴァイス。なんでもいいぜ。得意な魔法を撃ち込んでこい。一発、受けてやる」と挑発した。
場は挑戦的なズィルバーの物言いに大いに盛り上がった。
「いいね、君の弟。エンターテインメントたるものがなにか、よく理解しているじゃないか」
「ルージュ先輩。あなた、あとで怒られますよ」
ゲルトはギャラリーから降りて、ルージュの横に来ていた。
「なーに。怒られるくらい。いいじゃないか。それよりこっちのほうがずっと楽しい」
「下手したら退学もありえますよ」
ゲルトは試しに自分の先輩を脅してみた。
「退学させられるなら、させてみればいい。そうだろう? リヒトライヒくん」
ゲルトはルージュの顔を見た。彼女は自分に挑戦的な眼を向けていた。
「ルージュ先輩は、すごいですね。俺、王族を挑発する人なんてはじめてみました」
「君だって、そのくらいフランクな話し相手がひとりくらいいてもいいと思っているんじゃないのかい?」
ルージュは口の端を妖しく上げた。
「一方で、あの首席くんはエンタメがわからないようだね。さっきからまったく動こうとしないじゃないか。だいたい、彼、ずっと話さないけど、教師でも?」
ゲルトは言葉で答える代わりに頷いた。
ヴァイスは水晶をさらけ出した自分の杖を眺めていた。
「その杖使って魔法を唱えろと言っているんだ!」
ズィルバーはヴァイスを杖で差す。ヴァイスはズィルバーを見据えはするが、杖は構えず、ただ両の目を開いたまま立っている。相も変わらず顔には出ていないが、当惑しているようにも見えた。
「……おまえ、自分の立場がわかってないようだな」
ズィルバーは刺剣を構えるように杖を立てた。
「《吠えろ、風よ》」
杖の先に気流が生じる。向きを持った圧力が、空気を圧縮し熱流の渦を作る。
これは炎魔法を援用した魔法だった。空気を熱の作用によって圧縮し、高速の空気弾として放つ魔法。先程の氷結魔法と似た機構の魔法だ。
殺傷力は低いが、直撃すれば鈍いダメージを相手に残す。
「喰らえ!」
形を持たない砲弾が、一直線にヴァイスに目掛けて猪突する。ヴァイスはと胸を突かれたかのように、ここではじめてあたふたしたが、もう避けるには間に合わない。
熱空気弾がヴァイスの鳩尾の少し下をえぐり、軽い身体は後方に大きく飛ばされた。
そのさまはさながら風に飛ばされる塵芥のよう。それか、海の中で転がる藻屑のようだった。
ヴァイスは地面を転がり、ただでさえしどけなかったガウンが砂埃でみすぼらしさを増した。
「はん、終わりか?」
ズィルバーは、死にかけたネズミを見るような眼で、ヴァイスを見下げた。
ヴァイスは、杖を大事に抱えたまま、地面にうち捨てられていた。もぞもぞ動いてはいたが、立ち上がれるような気配はない。
このあっけない幕切れに、興醒めの空気が漂っていたが、
「《鈴は鳴り、蝶は舞う》」
不意にヴァイスの周囲に魔法の火花が散った。
ヴァイスは立ち上がらぬまま、魔法を展開したのだった。
そして杖を頼りにして、生まれたての子鹿のように震えながら立ち上がった。
「ほう……」
ズィルバーはそのさまを見て舌舐めずりをした。
おぼつかない足取りだが、しかし、ヴァイスは、敵をたしかに見据えていた……。




