4. その声は……やさしく迷う。
ヴァイスとズィルバーの模擬戦の日取りは、三日後の放課後と決まった。
ゲルトは、学校がルージュの出案を却下することに賭けていたが、あっさり通ってしまったことに頭を抱えたし、野蛮だと苛立ちも覚えた。
更には、ノーブルクラスだけでなく、ほかのクラスにまで広告されていたのだから、もうゲルトの手には負えない。外堀はすでに埋められていたようなものだった。
「兄さん、だいじょうぶだって。俺、ちゃんと勝ってくるからよ」
生徒に配られたチラシを不満げに見ていたゲルトのさまを、ズィルバーはその胸臆を取り違えたまま、そう声をかけた。
「そういうことじゃないんだ。そういうことじゃ……」
ゲルトはヴァイスのほうを見た。ヴァイスは机に配られたチラシを、やはり、眺めていた。
武者震い……なんてするわけもなく、身動ぎひとつもしない。彼はほんとうにいま自分がどのような状況にあるか、陥れられているのか理解しているのだろうか……。
ゲルトは次に教室を見渡して、全員がいることを確認してから、教壇に立った。
「今度、我がクラスのヴァイス君と、愚弟ズィルバーの戦闘訓練がある」
ゲルトは本心で「愚弟」と詰ったつもりだった。けれど、クラスからは笑いがこぼれているところを見るに、その真意は伝わっていない。
「模擬戦闘というからには、『決闘』の意味は帯びない。これは言うまでもないが、魔法の直接戦闘は、その勝敗だけで、その者の魔法的な優劣のそのすべてを決定するものではない。
魔法戦闘は魔法力もそうだが、ほかにも判断力や体力、総合した力が必要となる。
……ああ、要するに、これは模擬戦闘以上の意味は持たないということを承知しておいてくれ。模擬戦闘するふたりもそのとおりだから、思うように訓練に励んでくれ……」
ゲルトはヴァイスを思っての発言だったが、血気のあるクラスメイトは嚆矢の声だと判断して盛り上がった。ゲルトはますます頭を痛くした。
――言葉のほうが詠唱よりずっと難しいのだな。
ゲルトは暗々裡にそう思った。
放課後、ゲルトはヴァイスの前に現れた。
「ヴァイス君。弟が馬鹿なことに巻き込んでしまって申し訳ない」
ヴァイスはゆっくり顔を上げた。黒い瞳孔がすっと開く。
「君の実力は……、疑っていないといえば嘘になるが、しかし、信じている。
とはいえ、さっきも言ったが戦闘訓練とその勝敗は、魔法力に一致しない。勝ち負けは俺もそうだし、みんなも気にしない。
負けたとしても、ノーブルクラスから追放されることもない……。
弟はあれでいて、戦闘に長けている。ひょっとすれば純粋な戦闘であれば俺以上かもしれない。
まあ、これは、俺たち王家のものは、幼い頃からある程度仕込まれているというところが大きい……、ああ、つまり、だから、君が危なくなったら、迷わず降参を選んでくれ。怪我だけは気をつけてほしい……」
ヴァイスは、話していても、相槌はおろか、視線が泳ぐとか、瞬きもひとつもしないので、こちらも言葉がどんどん詰まっていく。
顔はこちらを向いているし、眼も厭わしいほど合うのだが、話はそれに見合わないほど伝わっていないような気がしてしまう。
それでも努めてゲルトは話をした。いずれ自分が治めるべき国民のひとりだと思って。
ただ、この時点で、ゲルトの言からもわかるように、誰一人としてヴァイスが勝つことは想像していなかったのである。
ヴァイスは、首席にしては、誰しもにどこか見下げられていた。
そもそも魔法云々以前に、人として弱い。筋肉はありそうになく、日にすら当たれず、言葉もままならないのか、コミュニケーションもできない。
眠れる獅子も、その威風と爪牙がないのなら、それは愛玩動物と変わりない。
「それじゃ、申し訳ないけど、頼むよ」
ゲルトは言いたいことだけを伝えて、立ち去った。返事がないことはわかっていたからだ。
ヴァイスは相変わらず、きょとんとした顔でゲルトを眺めていた……。




