2. 首席は……疑われる。
ヴァイスは毎日、教室で唯一、角度的に日の差さない、隅に収まり続けた。そうして、両の眼でクラスを視続けていた。それは観察とも言えたし、監視とも形容できた。
この首席による静かだが、雄弁とも取れる行動を、誰も居心地良しとは思わなかったが、誰も、その異様さに踏み入って、文句を言える者もいなかった。
このヴァイスの沈黙と凝視は、入学して一ヶ月以上経ったいまも変わらず続いていた。
当然、授業も始まっていたが、ヴァイスは黒板を眺めこそすれ、ノートを取ることもなく、教師が投げかける質問に答えた試しもなかった。いまとなってはヴァイスに質問する教師はついにいなくなった。
実技の授業もいよいよ始まったが、ヴァイスはそもそも外に出ない。初回だけ日傘をお供に訓練場まで来たが、すぐに気分を悪しくしたのか、それからは木陰の下で日傘を差し、教室のときよろしく、クラスメイトを眺め続けた。こういう態度だったから、クラスの中でも不信感が立ち上るのは無理なかった。
「なあ、兄さん。ヴァイスって、奴、ほんとうに首席だったのかな?」
「間違いないさ。なにせ試験官をやっつけて、死を操る魔法を使って、父上が秘密裡に復元した古代兵器なんだから」
「兄さん!」
「冗談さ。冗談くらい教室でなきゃ言えないだろう?」
ズィルバーは真面目だな、とゲルトは、自分の金色のとはまた違う深みのある銀の髪をわしゃわしゃと、弟の頭を撫でる。
「やめてくれ! もう子どもじゃない!」
「子どもだよ。お前も、そして、俺も。子どもだよ……」
ゲルトの言葉には含みがあったが、ズィルバーは、その機微を捕らえることはできなかった。
「俺、あいつがほんとうに実力があるのか、信じられない。兄さんより優れているなんてとても思えない」
身体も細く、長袖の布が余っているのを見るに、手足は更に細いことだろう。魔力どうこうの前に、常人並みの元気すらなさそうだ。健常か病人であれば後者のほうが近そうだった。
「だいたい、言葉も発さないじゃないか。どうやってそれで魔法を使うんだろうな!」
ズィルバーはやや声量を上げて聞えよがしに言った。
「優れているから首席なんだろう」
そう答えるゲルトは、なるたけ、その結果についてなにも思うところがないように徹したが、その言葉は出るまでになんどか喉に引っかかった。
「……兄さん。兄さんがそういう態度なら構わないさ。俺があいつと話をつけるだけだ!」
そういうとズィルバーは立ち上がり、その対角線上にあるヴァイスの席まで向かった。
ヴァイスには相変わらず活気がない。しどけない黒髪は目元だけを避けるように顔に貼り付いて、首席のためのクローネのアカデミックガウンもすっかり草臥れてしまっている。
その締りのなさもズィルバーの神経を逆撫でしていた。
「ヴァイス。はっきり言う。俺はお前の実力を疑っている。それは当然、俺だけではない」
ズィルバーは舌鋒鋭く批難したが、ヴァイスは顔色ひとつ変えない。
机をひとつ、叩いてみるが、驚きもしない。むしろ驚いたのはほかのクラスメイトだった。
ヴァイスはゆっくりと視線をおろして、今度はズィルバーが叩いた天板を眺める。
「兄さんはやさしいかもしれないが、俺は違う」
ズィルバーははめていた手袋を外した。その時点で、ヴァイス以外の全員が次の望ましくない展開が見えていた。
その望ましくない展開を象徴する布が、ヴァイスの顔面に叩きつけられた。
「俺と、決闘しろ」
白い手袋はヴァイスの顔に貼り付いたままだった……。




