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魔法的存在者の詠唱は声にならない  作者: 猫ノ毛氈
1章

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2/13

1. 不気味な少年は……眺める。

 貧弱――。

 そういう言葉がふさわしかった。日傘を差し、その痩躯よりも肥えたトランクケースを引きずりながら、不安定な歩度で歩く少年には。


 往々にして、魔法使いは、「頭は良いが身体は弱い」というレッテルが貼られるが、それにしたって、この少年は貧弱すぎるだろう。ただ身体が小さいということではない。紙のように薄っぺらく、袖からちらつく手足も一朶の花の茎のようにか細く、肌も白を通り越してやや青く見える。


 魔法使いだからとはいえ、体力も必要だ。いちばんに必要なのは、言うも更なり、魔力だ。それに次いで知力であるが、それを下から支えるのはどうしたって体力だ。並外れたものは要らないが、尋常な体力は前提で、それが彼にあるようには見えなかった。


 少年は入学前からそういう意味で、奇異の視線を送られていた。


 だからこそ、その細枝のような少年がまさか入学式で壇上に上がるとは、誰も思っていなかったのである。


「新入生代表ヴァイス=ノイン=ノインツィッヒ」


 その名はほかのすべての入学生の耳底に厳かに残った。



 あまりにも貧弱な首席は翌日からすでに新入生の口の端に上っていた。


 ――入学試験で試験官を倒した……

 ――死を操る魔法を扱える……

 ――替え玉したのでは……

 ――あの細い身体を……


 噂の種類は多岐に渡っていた。もっともらしいものから取るに足らないものまで、それこそ枚挙に遑がなかったが、しかし、どれも正鵠を射てはいなかった。


 そもそも、第十席までの生徒が所属するクラス、通称「ノーブルクラス」の生徒しかヴァイス本人に会うことはかなわなかったのだ。ノーブルクラスは学舎がほかのクラスとは別で、王宮内部に設置されている。


 当然、王宮に生徒の立ち入りは許可されていないが、ノーブルクラスの生徒たちは例外だ。しかして、ノーブルクラスの生徒が学舎から出てこない限りは、会う方法も見る方法もない。そして、ヴァイスはその学舎からめったに出てくることはなかった。


 一方で、では、ノーブルクラスの面々はヴァイスについて深く知るようになったかと問われれば、否定せざるを得ない。

 ヴァイスは多くの時間を教室の隅で縮こまるようにして過ごしていた。日傘を差していたことからもわかるように、彼にはその必要があった。


「ああ、どうやら、ヴァイスは日差しが駄目らしい」


 ノーブルクラスの実質的なリーダーは、次席のゲルトであり、彼が中心となってまとまっていた。


 ゲルトはこの国の王位継承第二位の王子である。ちなみに、その弟のズィルバーもこのノーブルクラスで第三席である。


 ゲルトは魔法使いとしても優秀だったが、王族というカリスマ性もあり、すぐに彼を中心にノーブルクラスはまとまった。


 当初は、王族ということでみな恐縮していたが、ゲルトから「自分が王族であることを忘れてほしい」と打診し、ノーブルクラスはひとつの統率力のある集団となった。


 ――ただひとりを除いて。


 それは、王族のゲルトをも凌ぎ、首席という座に輝いたヴァイスである。


「やあ、君が首席のヴァイス、ヴァイス=ノイン=ノインツィッヒ君だね」


 ゲルトは入学直後、最初に話しかけに行ったのがヴァイスだった。ゲルトはこのノーブルクラスをまとめる必要があった。とはいえ、ゲルトは自分がまとめ役でなければならないとは考えていなかった。


 ヴァイスが優れたリーダーであれるなら、あるいは、その素質があるのなら、ゲルトはその補佐として立ち回ることも吝かではなかった。この声掛けはヴァイスを見極めるためのものだった。


 ヴァイスは声のした方を見た。見るだけで、声は出さない。ただ見つめていた、見尽くしていた。

 その瞳は丸く大きい。黒い目を持つ者はそもそも珍しいが、ヴァイスのそれはなによりも黒だった。ゲルトは深淵を覗いているような気分になった。


 ゲルトは咳払いをし、


「俺はゲルトだ。気軽にゲルトって呼んでくれ」


 ゲルトは手を差し伸べた。ヴァイスは次にゲルトの右手を凝視した。


 ゲルトはとても不気味に思った。まず、ヴァイスにリーダーは務まらないことはすぐにわかった。コミュニケーションを取らないし、まるで取り方さえ知らないようにも見えた。


 自分の声も自分の右手もヴァイスは注目すれど反応を返さない。知能の高いが人間ではない動物を相手にしている気分に陥った。


「おい! 貴様! 無礼だろ!」


 ゲルトがヴァイスに手を差し伸べたままでいると、その後ろから怒号が飛んだ。


「兄様、兄さんが握手を求めているのに! さっきからどうして無視を決め込んでいる!」


 ヴァイスの眼球がギョロリとズィルバーに向いた。ゲルトとズィルバーは年齢的には双子である。双子とは言っても、異母兄弟なのであるが……。


 しかし、異母兄弟とは思えぬほどふたりの容貌は似ている。


「ズィルバーよせ。緊張しているだけかもしれないだろう。それに言ったじゃないか。ここでは無礼とかそういうものはないと」


「兄様。しかし!」


 ゲルトはズィルバーの口に指を当てた。


「『兄さん』だろ。ここでは上下の関係はなしだ」


 ズィルバーはそうされるともう引き下がるしかなかった。


「ヴァイスくんもよろしく頼むよ」


 ゲルトはズィルバーを宥めながら、教室の前のほうの席へ向かう。そのさまをヴァイスはやはり凝視し続けていた……。


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